冗談の様な事実
朝、館前にて馬車が止まっている、御者はガルス
「やぁ、おはようございます。ジェイク団長」
「ガルスさん、団長は止めて下さい、昔の様にジェイクと呼んで下さいよ」
ジェイクはこの館では見せた事の無い程、腰を低くしてガルスに接する
「申し訳ありません、本来なら私が馬車の運転をしなければいけないのですが……」
ジェイクの横に居たキュベルは何時もの様に腰が低い
「良いのです良いのです。この老体にはこれぐらいしか役立つ事が出来ませんからな」
自虐してホホホッと笑いながら顎髭を摩るのが彼の日課
「本当に大丈夫なの? マリア……お母さん心配だわ」
そんなジェイク達の後ろではマリアが居り、そのマリアを心配そうに見送っているのはマリアの母のリリとアーロックこの二人も学校の件はナサルから聞いていたのだ。
「大丈夫です! 心配は要りません」
と元気に振る舞うマリアだったが内心は不安で一杯だった。
ジョンがまだこの場に姿を現さないのも不安の一つであった。
ネルヒムやジェシカ、キャロ達やローラを始めとした騎士達も見送りに来ていたがジョンは来ない
(な、何をしているのよ、あの人は!)
とマリアが焦っていると館の正面玄関の扉がバンッと勢い良く開く
ジョンが来たのか!? と期待を半分持ち玄関を見るがその玄関を開けた者を見た瞬間その期待は吹き飛ぶ
バーング・ワルピス
彼女はこの館の騎士で主に魔法分野を担当している女性だ。彼女は普段、部屋に閉じこもり、騎士の職務を疎かにして”個人的”な魔法についての研究をしている
本当に部屋から出ないので普通に館に住んでいれば彼女の姿を見る事は無い、ジョンも彼女に会ったのはマリアが倒れた時の一回だけである、食事も扉の前に料理を持って行けばいつの間にかに空になった食器のみになっている、この当番は普段ナサルとファング、エルが交代で行っている
「私も連れて行け」
そんな彼女が勢い良く扉を開き、不機嫌そうな顔でそう言うのだ。
「な、なんだ? バーング……都市に行きたいのか?」
「色々あっちで買いたい物が有ったんだ。お前達が来てくれて助かったよ」
と言ってズカズカと馬車へ乗る
馬車の種類は箱馬車と言われる種類でガルスの乗る運転席は無いがマリア達の乗る客席の上には雨を遮る屋根が有り、客席の横には風を遮る壁が有る
なので客席に入るには扉を開かなくてはならない
そしてその扉には小さな小窓が付いている、その扉は箱型になっている客席の両側に付いている、客席の窓は後ろと運転席が見える前にも付いている、こちらの窓は扉の窓よりも数段小さい
最大で六人程乗れるぐらいの大きさ
その一つの席にバーングが乗った。残り五人
そこにマリアとジェイクとキュベルが乗り残り二人、馬車のドアはまだ来る人の為に開いている
「それで? ジョンはどうしたんです?」
「さ、さぁ? 分からないわ」
「私が様子を見て来ますか?」
「良いさ、その内来るだろうしな」
とジェイクが言った時また玄関が開く
ナサルだ。
片手には荷物を持っている
「私も行く」
「え!? ナサルも行くの?」
珍しくローラが驚く
「何か問題でも?」
「……良いけどさ」
「団長、問題は無いだろ?」
「……まぁ席も二つ空いてるしな、良いぜ」
マリアの隣に座るナサル
「お嬢様、私も手伝います。よろしくお願いしますね」
今まで仏頂面だったナサルだがマリアに顔を向ける時だけ笑みが浮かぶ
ジョンが現れたのはその一分後の事
「よぉ、お元気ですか?」
「遅いわよ! 何をしていたの!?」
「これから都市に行くんでしょ? だから張り切って服を選んでいたんですよ」
「貴方その黒服しか持っていないじゃない!!」
「ありゃ、そうでしたね、クククッ」
「さっさと乗れ」
ジョンは開いてる扉の前に立って乗ろうとしない
「この人だらけの馬車の中にか? 此処で二日間を共にしろと?」
この村エーベックから都市まで馬車で二日掛かる
「……そうだが、何か不満か?」
ジェイクがジョンを睨む
「こんな中に居たら俺の心臓は止まる、間違いなくな」
これは比喩や冗談では無く、事実
「じゃあどうする気だ?」
「俺は馬車に乗らず徒歩で都市に向かう、地図や食料も持ったしな」
「え? 本気で言っているの!? ジョン!!」
「えぇ、本気ですよ、マジです」
ジョンの発言に呆気に取られるその場の全員
ジョンの言った心臓が止まると言った事を冗談や比喩や皮肉だと思ったその場の全員には信じられない言葉だったがジョンは違う
「……勝手にしろ」
正気に戻ったジェイクが気に入らなそうにジョンを見て言う
「そうさせて貰う……席が一つ空いたな、誰か都市に行きたい人、今がチャンスだぜ」
「じゃあ、私が行こうかな」
手を挙げたのはローラ、ローラはナサルの様子が気に掛かったので手を挙げた。
「じゃあ、私が留守の間はジークに任せるよ、宜しくね」
「いや~そうかい、分かったよ、これから忙しくなるなぁ~」
等と言っているが何処か嬉しそうなジーク
「お酒、飲み過ぎないでね、もし帰って来た時この館が滅茶苦茶になってたら……分かるね?」
「ハハハッそんな事言われなくてもちゃんとやるさ、気にせず行っておいで」
ローラが最後の席に座る
「本当に大丈夫ですかな? ジョン殿、歩きは危険ですぞ、特に夜は」
「気にしないでくれよ、こういうのは慣れてるからな」
馬車はジョンを乗せないまま出発した。
最後まで心配そうにジョンを見詰めるマリア
(本当に大丈夫なのかしら……?)
「さて、それじゃ俺も行きますか」
ジョンも自らの足で都市に向かう
呆れられた視線を背負いながら
黒服の男とドレスを着た黒髪の少女が草原を歩いている、舗装された街道では無い
「良い天気だな、あぁ! あれを見ろ! 青い蝶々が飛んでいるぞ!」
子供の様に無邪気にはしゃぐメイヴィス
そこに千年の威厳は無かった。
もう少し貫禄を持って欲しいと思うジョン
「何でお前何時もの様に影に隠れないんだ?」
「ずっとあの中に居るのは息が詰まるんだ。良いじゃないか外に居たって」
「良くねぇよ、俺は」
「ふん、お前の事など知らん」
と言い放ち旅を楽しむメイヴィス
「カランダーン様の元にずっと居ったからなこんな風に旅をするのは久しぶりだ。楽しいな~なぁ? ジョンもそう思わないか?」
「俺は全く楽しく無い、全くな」
「何だ。楽しくない奴め」
ジョンはさっきから仏頂面で黙々と歩いて居た。
それに気を悪くするメイヴィス
しかし相変わらずあの虫を見ろあの花を見ろあの雲を見ろとジョンに言って指差す。
それを全部無視をしメイヴィスは気を悪くする、それを十回繰り返した頃、草原から森に移る
「気を付けろよ、ジョン」
「ご忠告どうもありがとよ、感謝感激だぜ」
言われなくても分かっている、というニュアンスがこの言葉には含められていた。
それを察知するメイヴィスだったがこれには気を悪くする事は無かった。メイヴィスもまたジョンの悪態に慣れたのだ。
森を警戒しながら進んで行く二人
「しかし、お前なんでオシャレして来たんだ?」
「何でって、そりゃするだろう都市に行くのだからな、オシャレの一つや二つ」
「あぁそうかい、そうかい」
オシャレという言葉とは無縁のジョンには一切理解できない思考であった。
「今内心で我の事を馬鹿にしただろう?」
「驚いたな、人の心を読む能力も有ったとは恐れ入った」
「そんな能力は無い、能力が無くとも分かるわい」
他愛の無い話をしているとジョンがメイヴィスを腕で制止させる
(誰かこっちに来るぞ、人だ)
という事前にメイヴィスと決めていたジェスチャーを送る
ジョンに先に察知されてしまった事に若干劣等感を感じたメイヴィスだったがすぐに切り替え戦闘に備える
ジョンは既に臨戦態勢
二人は木の上に隠れ敵襲に備える
しかし最初に現れたのは盗賊には見えない若い十台後半ぐらいの黄髪の少女だった。服から推測して冒険者だなと推測するメイヴィス
その少女は追われていた。二匹の黒い狼に
必死に逃げている少女をメイヴィスは放って置かず木の影を利用して黒い狼二匹を捕まえる、暴れる二匹
追われていた黄色髪の少女は最初はそんな事になっていると気が付かず五秒程して必死な顔で後ろを振り返った時その異変に気が付いた。
「へ?」
と間抜けな声を出し、気が抜いてしまったのか次の瞬間転んでしまう
「大丈夫か? お嬢さん?」
と声を掛けるメイヴィス、戦闘態勢の緊張によって自分が生粋の人見知りだという事は忘れている
メイヴィスは木から降り少女の元へ駆け寄る
「うぇ、え?」
顔を地から上げ見た顔が自分より年下であろう少女の顔だったので驚く
「君、いや貴方が助けてくれたんですか……?」
「まぁ、助けたと言う程の事じゃないさ、ほら手を貸そう」
と起き上がろうとしている黄色髪の少女に手を貸そうとするメイヴィス
その小さな手を見て一瞬手を貸して貰うのを躊躇う
が結局メイヴィスの手を借り立ち上がる
「ありがとうございます! あ、あの……!」
少女は何か言いたげにメイヴィスを見る
「まぁまぁまずは落ち着け、我はメイヴィスそなたの名は?」
「アリシナです……私の仲間がこの先で襲われたんです! だ、だから! だから私が助けを呼びに呼びに来たんです!! だ、だから」
「分かったぞ、お前の仲間を助けよう、急いだ方が良い案内してくれ」
「は、はい!!」
ジョンの事も忘れアリシナの後を追うメイヴィス
木の上に置いてかれるジョン
メイヴィスがその現場に着いた事にはアリシナの仲間は満身創痍の状態であった。
仲間は三人居て狼数十匹に囲まれておりその内の二人は狼に噛まれ戦闘不能
負傷していない二人がその二人を必死に護っている所だった。
しかしメイヴィスの登場によって戦況はひっくり返る
何の山も谷も無しに影を人の手の様な形にしそれを狼に伸ばし掴み狼全員を捕まえ無効化した。
呆気なくその場は治まってしまいアリシナもその仲間も呆気に取られる
呆気に取られた原因はその呆気なさも理由の一つで有ったが自分達の窮地を助けたのが自分達より若い若すぎる少女だったからという理由が大きい
その場に居たアリシナの仲間はアリシナとそう年齢は変わらないであろう青年、少女の集まりだったがそれでもメイヴィスは若かった。
「み、みんな!!」
急ぎ仲間の元へ駆け寄るアリシナ
「アリシナ! 無事だったの!? 良かった……」
と仲間の内の少女一人が言う
「みんな!!」
アリシナは仲間の元へ走って行く
「アリシナ助けを呼んでくれたんだね? ありがとう」
「ううん、私は何も……」
「なに言ってるのよ、貴方が居なければ今頃全滅していたわ」
「それにしてもこの魔法、何の属性なのかしら……? 見た事が無いわ」
「君はそんな事気にする前に治療をするから傷を早く見せて!」
それからしばらくして事態が収集し全員落ち着き始める
それと同時にメイヴィスも緊張が解けある事を思い出す。
全員がメイヴィスの元に来てお礼をそれぞれ言い出すがメイヴィスは何の反応も返さない、返せない
「あ、あれどうしたんですか? もしかして何か調子が悪いんですか?」
困惑し始める四人
それぞれ顔をのぞき込んだり肩を触ったりしてメイヴィスの無事を確かめる
メイヴィス完全停止、四人の知らぬ人間に囲まれ緊張で固まってしまったのだ。
(ジ、ジョン早く来てくれ……)
「大丈夫なの? この人……」
顔に仮面を付けフードを被っている少女が言う、顔は見え無いが声と仕草で少女と分かる
「あ、あの僕達お礼をしたいのですが、私達の荷物は全部盗まれてしまって……何もお返しが出来ないのです……」
申し訳なさそうにそう言うのは気の弱そうな金髪の少年
「貴方の魔法の属性は何なの? こんな事が出来る魔法使いなんて聞いた事無いわ」
さっきからメイヴィスにそうしつこく言う赤髪のロングの少女、彼女はメイヴィスを物珍しそうに見ている
そんな彼女を「命の恩人に失礼でしょ!」と言って制止しているのは黄髪のアリシナ
彼等はこの四人パーティで此処まで旅して来た様である
そんな事が分かった所でこの四人パーティが危険では無いと確信したジョンは木から降りて来る
ジョンはコッソリとメイヴィスの後を追っていたのだった。
「よぉ、お元気? 四人組さん」
行き成り黒服の男が木から降りて来たので驚く四人
その中で一人仮面を付けた少女が武器を取り出しジョンを警戒する
「俺はこの女の仲間だ。そんな警戒しないでくれよ」
ジョンが現れた途端、メイヴィスはジョンの後ろに隠れる
「彼女はこう見えてもシャイでね、気を悪くしないでくれよ」
目の前に現れた黒服の男に動揺する四人だったがメイヴィスの仲間だと聞き安心する者が三人
それでも警戒を解かない仮面の少女
「馬鹿! 嘘かもしれないでしょう!!」
「それは無いわよ、だってもし嘘だとしたらメイヴィスさんはこの人に近寄らないと思わない?」
「グッ……」
アリシナがそう言った。
仮面の少女は一見冷静に場を読めている風に見えるがそうでは無くこの場で一番取り乱しているのが彼女
とぼけて居る様に見えて実は冷静に状況を見れているのが赤髪のロングの少女
それをアタフタしながら何か言おうとするが結局何も言えず仕舞いなのが金髪の少年とアリシナ
「話はまとまったか?」
「……フン」
仮面の少女はジョンを気に入らなそうにソッポを向く
「ごめんなさいね、この子少し前からピリピリしていて……」
「別に気にする事は無い、どうでも良い事だ」
「そう言って貰えると助かるわ」
メイヴィスがクイクイとジョンの服を引っ張る
「何だ?」
何か言いたげな顔をしているのでジョンがしゃがむと耳元に寄り何かコショコショと話す。
「……それを俺に言えってか? 自分で言えよ」
思いっ切り首を横に振るメイヴィス
呆れるジョン、仕方が無くメイヴィスの言う事を聞く事にする
「おたくら子供が何故こんな所に居るんだ? 見たところ冒険慣れしている様には見えないが、護衛も居ないのか?」
「五月蠅い! お前には関係の無い事だろ!!」
激怒するのは仮面の少女
「セルフィ! そんな言い方は無いよ!」
そんな仮面の少女セルフィ・メッサーラを制止するはアリシナ・カルメン
「ごめんなさいねぇ、この子悪気は無いのよ」
「僕からも謝ります! 許して下さい」
と何処か高齢を感じさせる謝罪をする赤毛の少女ララ・フェーク
必死に謝るのはカーナ・ウルシテッド
「分かった。分かったから落ち着けって」
カーナの熱意に押され後ろへ引くジョン
「あ、ごめんなさい……」
シュンと鎮火される熱意
「で? 話て貰えるのか? 何故お前達だけでここに来たのか?」
「嘘を付いても仕方のない事だから正直に話させて貰うわ」
「是非そうしてくれ」
「私達は今エスカルドの都市に向かって居るの聖剣を届ける為に」
「うわ、面倒くさそうな話になりそうだな……一応聞いて置くが聖剣とは何だ?」
頭を掻くジョン
「伝説の三賢者の一人ローラ・ウルシテッドが所持されていたとされる剣の事よ」
「三賢者だと……?」
三賢者
クローンのローラやナサルの元になった。人物達の事である
「そしてこの子がその三賢者ローラの末裔」
とカーナを指差すララ
「なるほどねぇ……で? 何処から来たんだ?」
「此処からずっと南に有る、レッシーザと言う村からここまで来たの」
「レッシーザだと!?」
ジョンの後ろで顔を白くし黙っているだけだったメイヴィスが声を上げる
「その驚き様からすると相当遠い所なんだろうな、レッシーザは」
「此処まで来るにも一か月は掛かったハズだぞ」
「あの体たらくで良く持ったもんだ。相当の豪運の持ち主か別の理由が有るのか」
「その疑問は当然ね、元々は私達、護衛を雇っていたのだけどその人達に道中で裏切られてしまって……とある村で置いてかれたのしかもその人達聖剣とお金を盗んだのよ、最初からそのつもりだったみたい」
「そりゃ災難だったな」
「それで今はこうして途方に暮れている所だったという訳よ」
「まぁ聞けることは聞いたな、それじゃ達者でな」
と手を振りその場を去ろうとしたジョンの頭を影の手で叩き身体を戻す。
そしてジョンの耳元でまたコショコショと話をする
「……さっき普通に話してただろうが……」




