赤い花は何を見た
サーカス団の三人は館の地下にある、牢屋に投獄され遺体も同じ地下の霊安室に保管される、その間も悪霊は笑うだけで何もして来なかった。
「ジョンにエル、二人は此処で解散だ」
「先輩はどうするんです?」
「副隊長に話を伺って来る」
「殺すなよ?」
「そんな事する訳ないだろう?」
「お前の顔はそう言って無いぜ?」
今の彼女の顔を見れば誰も寄り付かないであろう顔をナサルはしている
「では、行って来る、アーロック様はどうなさいます?」
「私はジョンと話しがある、先に行っててくれ」
「分かりました」
そう言いナサルは客間を出て行く
「じゃあ、ボクも今日は休みます。お休みなさい、先生、明日もお願いしますね? お館様もお休みなさい」
「あぁ、お休み、エル」
ジョンは返事を返さない、客間を出て行くエル
ジョンは客間の椅子に座り、溜息を一つ……
「……で? 話とは?」
「明日のマリアの誕生日の事だ」
「仕事はひとまず終わった。行けばいい」
「そうはいかない、彼女達が犯人だとは思えないし、それに彼女の遺体の事もある」
「それは貴方の勘違いだ。彼女達が犯人で間違いないでしょう、遺体に関してはまだあの遺体には悪霊が憑りついている今の状況じゃ親族には渡せないでしょう? 気兼ねなく行ってくれば良いでしょう」
アーロックも溜息を付き椅子に座る、そして暫くの沈黙の後ジョンの顔を見て観念した様に一言
「……分かった」
「なら宜しい、それでは」
そう言いジョンも客間を出る
イロコルーナ広場の上空には白く輝く星が一面に広がりその中でも一際美しく輝く星がある、名を月と言う、ジョンの世界にも同じ形の同じ名の星が有った。
ジョンの世界同様その星は暗闇を照らしイロコルーナという赤い花を鮮やかに飾る
その赤い花が咲き乱れている広場の真ん中に黒い男が座っている、ただ目を瞑り、人を待つ
そしてその男は現れる
「よぉ、待ってたぜ」
ジョンは立ち上がり、やって来た男を見る、男の名はザラ・ラルク、片手には斧を持っている
「……」
「黙ってるなよ、お前が此処で何をやったのか……俺には分かってる」
「何の話だ?」
「すっ呆けるなよ、お前は此処で女を殺した。それもただの女じゃ無い、不倫相手だ」
「またその話か?」
「残念ながら昼の時の様には行かないぜ?」
と言いジョンはポケットから血の付いた布切れを取り出す。その布切れは花柄でとあるイニシャルが刺繍してある
Z・L、D・Tとそうこれはハンカチ、あの遺体の服には手紙と銀貨の他にこのハンカチが入っていたのだ。だがジョンはこのハンカチを隠した。ある目的の為に
そのハンカチを見た瞬間ザラの顔は変わる
「アンタも同じハンカチを持っていたよな? 同じ柄に同じ刺繍が入ったハンカチを」
「それを何処で手に入れた」
「知らないフリか? まぁいい、一応説明して置くこの近辺で死んでいた女性の衣服に入っていた。何故その遺体がお前と同じハンカチを持っているんだ? 納得の行く答えを教えてくれよ、ザラ・ラルク」
「偶然……では通らないか、彼女は見つからない様にキチンと隠したんだがな……」
「何だ? 認めるのか?」
「認めなくてもお前は俺が真相を話すまでしつこく俺に付き纏って来るだろ? 嘘を付いても無駄だ」
「何だよ張り合いが無いな色々と受け攻め考えていたんだがな」
ザラは片手に持っていた斧を両手で構える
「成程、口封じという訳か? 俺を此処で殺せば平穏な日常が帰って来ると思っている訳だな?」
ザラは答えずゆっくりとジョンに近付く
「俺がこの事を他の誰にも話していないと思うのか? 此処に仲間を呼んでいないと思うのか? 無鉄砲過ぎるぜアンタ、そりゃ不倫相手を殺すハメになるわな」
「……」
「興奮して喋るどころじゃ無いか? まぁいい、お前に朗報だ。俺はこの事を誰にも話していないし此処に誰も呼んでいない、俺を殺せばお前は平穏に戻れる
今度は死体をもっと上手く隠す事だな、まぁ俺を殺せたらの話だがな」
ジョンはザラを静かに見据える、ザラは顔を顰めジョンを睨む
殺し合いが始まろうとしている今でも花は呑気に揺れ月はボーと浮いているのみ
ザラは平穏を守る為にジョンは自分の為に戦う、二人は徐々に近付いて行く
そしてお互いがお互いの射程距離に入った時、最初に手を上げたのはザラ、だが遅すぎる、手を上げた所為で顔を守るものが無くなるそこを突かれる
ザラの右頬にジョンの拳が入る、吹き飛ぶザラ
「残念だったな、平穏は戻らない」
蹲り動かないザラ
「浮気をしていないと俺を殴って置いてこのザマか、笑えるな」
「……」
「浮気どころかその浮気相手を殺していたなんてな、彼女はどれだけの期待を持って此処に来たんだろうな? お前と一緒に暮らせると心を躍らせたんだろうな、だがお前はそれを望まなかった。お前は彼女を裏切った」
「俺には妻も子も居る」
「浮気しておいて今更、妻子なんて言い訳に使うなよ、お前はあの女に飽きただけだ。お前があの女にゾッコンだったんなら何の迷いも無く妻子を捨て何処かに逃げただろ?」
「違う……」
「どうだろうな? お前はお前が思っている以上に人に無関心だ。それが妻や子でもな、自覚を持てよ、お前は人と一緒に生きて行ける様な人間じゃ無い」
「ふざけるな俺は家族を愛している」
「どうかな? なら証明して見せてくれよ」
「何だと……?」
「俺はこの真相を村中に言いふらす、だがお前が俺の言った条件を呑めば俺は黙ってやる」
ザラはジョンを見上げ
「条件……?」
「明後日に自ら切った木に潰されて”死ね”」
「な……に?」
「お前が自殺を選べば家族は真相を耳にする事無くお前は夫として父として死ねる、だが逃げれば……俺がお前を必ず見つけ出し晒し者にするその後あの女の身内にでも引き渡して殺させる、お前の家族は惨めな思いをするだろうよ、どうする? 選べ」
花は相変わらず呑気に揺れている
マリアと刺繍されたハンカチをベットに座りながら見て私は憂鬱な気分になっていた。
お父様が何を思ったのか明日一緒に都市に行こうと言い出した。一体どういう風の吹き回しかしら?仕事で忙しいんじゃないの?
何なのよ、怒った私がバカみたいじゃない……こんなの
私は自室のベットで丸くなりながらそんな事を顔を熱くして考えている
何故こんな事になってしまったのかと言うとさっき父が私の部屋にやって来て「……明日は一緒に都市に行こう、用意して置いてくれ」とだけ言って出て行ってしまった。私が怒ってワガママを言ってしまったから私に気を使っているのかしら? でも父には領主としての仕事があるハズだ。ソッチを優先して貰おう
そう思い私はベッドを立ち父の執務室に向かう
執務室の扉をノックしようとするがどうにも決心がつかない、扉をノックしようと手を丸め叩こうとするが一ミリぐらいの幅を残して手が止まる、お父様と二人っきりで上手く話せる自信が無いからだ。入って何と話せば良いのか? 思い浮かばない……こんな事他の人なら簡単に思いつくのに
そんな事なのでそわそわしながら扉の前をあっちこっちとうろうろする
お父様扉を開けてくれないかしら? そうすればこんな思いをしなくて済むのに……
そうよ、そうだわ! 決心がつかないなら勢いに任せてしまえばいいわ!
私は一つの冴えたアイディアを思いつく、それは扉にアタックをするというもの、走って勢いを付け、扉に当たらざる終えない状況を作ってしまえば私も後戻りが出来なくなる! 退路がある、なんて思ってしまうから踏ん切りがつかないのよ!
私は助走をつける為、扉から離れ構える、そして思いっ切り走り出し扉に激突する
私が想像していた以上の激痛が頭に走り悶絶する、もしかして私っておバカなのかしら? 普通にノックをすれば良かった。こんな痛いなんて聞いてないわ……
衝突音が聞こえたのか扉が開く
「マ、マリア一体どうしたんだ!?」
「い、いや何でもありませんわ、お父様」
「だったら良いんだが……」
マリアがそんな事をしている時ジョンは一階、厨房の暖炉の前で椅子に座りながら二枚のハンカチを暖炉の炎を後ろに見ている、片方のハンカチには乾いた血痕が付いている、ハンカチを見ながらザラとの会話を思い出す。
「最後に一つ聞きたい」
「……何だ?」
「最初から不思議に思っていたんだ。何故アンタはそのハンカチを持っていたんだ? 燃やして不倫と殺人の証拠を消さなかった理由を聞きたい」
「簡単だ。お前は勘違いをしている、俺はダルネに飽きてなんかいない、愛している今でもな」
「愛しているのに殺したのか? 斧で?」
「愛しているから”こそ”だ。彼女は近々結婚する予定があった……ダルネが望んでない結婚だ。周りの連中が勝手に決めてな、彼女泣いていたよ
私も彼女を誰かに渡すのなんて御免だった。だからと言って彼女と結婚をする事は出来ない、私は妻も子も愛しているからだ。だが彼女が他の男の手に渡るなんて俺には我慢出来なかった! だから!」
「殺した?」
「……そうだ」
「全く……お前も大概だな、そんなに独占欲が強けりゃ苦労するだろ? 一生心休まない日々を送ってる訳だ」
再び屋敷の一階厨房、暖炉の前に戻る、ハンカチを懐にしまい、ボーと炎を眺める
「あれ? 先生こんな所に居るなんて珍しいですね、お腹空いたんですか?」
厨房入口にはエルの姿が見れる、だがジョンは一切エルを見ず
「お前は?」
「ボクは小腹が空いたのでパンを一切れ貰いに参上した次第です」
「あぁ、そう」
全く一切興味無さそうにしてジョンは暖炉を見ている
「あの、先生いいですか?」
「まだ何かあるのか?」
「ボク少し考えたんです。先生最初あの殺人は不倫相手によるものだと言ってましたよね」
「言ってたかもな」
「不倫で思い出したんです。犯人ってもしかしてザラさんじゃ無いんでしょうか?」
ジョンは此処で初めてエルの顔を見る
「それは俺が「アイツは不倫している」と言ったからか? だったらお前の頭はパー子だな、不倫をしているかも不確かな上にあの男が不倫相手を殺す程の凶悪犯だと思うのか?」
「いえ、それは……」
「証拠はあるのか?」
「ありません……」
「じゃあ、お前もあの男の元に向かってぶん殴られて来るんだな、そうすれば多少マシになるだろ、色々と」
「すいません」
しおれるエル
「まぁ、お前は大人しくしてる事だな、そうでなきゃ今日の俺みたいになるぜ」
「ですね……余計な事を言いました。おやすみなさい、先生、良い夜を」




