ルートB
部屋に流れるのは時計の音、それ意外は無い
部屋の中には礼服を着た男、それに青いスーツを着た男が机を挟むようにして椅子に座っている、二人は対面しており、一人は薄ら笑みスーツの男に拳銃を向けているまた一人は目を充血させ汗を掻き震え片手にはシリンダー内部が横から見えない様に細工されたリボルバーを持っている、それを自分のこめかみに当て、引き金を引く……カチリッいう音と共に全身が崩れそうになる程脱力する、スーツの男、そんなスーツを見て礼服は笑う
「良かったな、あと一発だ。あと一発それでお前は晴れて自由の身だ」
「ほ、本当に逃がす気があるのか? お前に?」
「無ければこんな事こんな時間を掛けてやらない、お前が苦しむ姿を見て楽しんでるんだよ」
「……俺には家族が居る」
「今更、泣き脅しか? おいおい、勘弁してくれよ」
「四発で勘弁してくれ……!」
「駄目だ、五発撃て、でなきゃ今すぐ俺がこの銃でお前を殺す、十分以内に撃て」
礼服の男がそうスーツの男に命令し、時計の目覚まし機能を次の十分に合わせる
「十月二十一日十二時十三分、それがお前の命日なるかどうか……決めろ」
それから沈黙が始まる
時計が十二時七分刺した頃、スーツの男は机に置いていたリボルバーを取る、そして震えた手でこめかみに当てる、手が震え汗が止まらない
「もしそれが”当たり”だった時はお前の命日ぐらいはお前の家族に教えとくから安心しな」
「あぁ、あと一つ聞きたい、お前のお仲間の事だ。ノア、カルロス、ジャックの三人、ノアはベトナム、カルロスは大西洋に浮かぶ島……ここまでは分かったがジャックの消息だけはどうしても分からない、お前知らないか?」
「し、知らない、俺達は別れた後一度も会ってないんだ……」
「そりゃ残念」
息は上がり、呼吸もままならない
「次からは裏切る相手ぐらい選べ、でなきゃこうなる」
意を決す、時は一瞬、引き金に掛けている人差し指に力を入れる、考えては駄目だ。考えていたら引き金を引く事は出来ない
そして声を張り上げ今置かれている状況、緊張全てを吹き飛ばす。これは一瞬の出来事
そしてリボルバーはカチリッと鳴る
それを喜ぶ暇は無い、全身の力が抜ける汗も止まない、呼吸もしなければ
「おめでとう、お前は生き残りだ」
「ほ、本当に?」
「まだ疑ってるのか?」
スーツの男が立ち上がる
「お、俺は行く、もう、二度とお前の前に姿は現さない」
「それは嬉しいね、で? 何処に行くんだ?」
「妻が待ってる……」
「そうだったな、一年前に子供を”事故”で亡くしてから二人暮らしだっけか?」
「何故知っているんだ!?」
「そりゃそうだ、お前の自身の事は勿論、周囲の人間の事も調べ上げた。そしたら面白い事が分かったんだ、お前の子供の死さ」
「面白いもんかよ……」
「お前のガキが本当に事故で死んだくらいじゃそりゃ面白くないさ、俺も注目しない」
「……? 何言ってるんだ?」
「お前の子供、エリック・ミラーは浴室で母親が目を離した隙に溺死したとある、母親、ナサ・ミラーがシャンプーが切れている事に気が付き買い置きを探しに浴室の外に出た時に一歳児のエリックが浴槽の縁に座っていた所お湯が溜まっていた浴槽に誤って転落そのまま溺死……普通最愛の子供を浴槽の縁に置いて行くか?」
「妻の注意不足だった。警察には何度もそう言い聞かせた!」
「そう、警察にも疑われた……最初から殺すつもりでそこに放置したんじゃないのか? ってな、だが動機が無い、最愛の子供を殺す動機がな、だから警察も手詰まりだから事故死と片付いた」
「何が言いたい? 何のつもりだ?」
「俺が言いたいのはその動機が見つかった……という事だよ、メイソン」
「動機?」
「この写真を見れば分かる」
と礼服は懐から写真を取り出し机に三枚放り投げる、それを見るメイソン
そこには妻が家でメイソンでは無い別の男とキスをしている瞬間が写し出されていた
「カーテンも閉めず、不用心だよな」
「何だ……これ?」
「男の名はルーカス・ウィルソン、お前の家のトイレ工事をした作業員さ、その時だろうな始まりは」
「嘘だ」
「その写真は俺の捏造だと? そう疑うんだったら、これを聞けよ、お前の家から生中継だ」
と今まで礼服が着けていたイヤホンをメイソンに投げる
「何だ?」
「ルーカスとナサの激しい喘ぎ声が聞こえるぞ、どうやらお前ご自慢の高級ソファーで愛し合ってるらしい」
恐る恐るイヤホンを取り、耳に着ける、礼服が言った通りの音声が聞こえる
「妻の喘ぎ声は忘れちゃいないだろ?」
「作り物だ……」
「と思うなら早く帰ればいい、今日はお前は出張で帰って来ないと思ってるから驚くぞ」
「……」
「さっきの続きを話そう、エリックの話だ、エリックは沈められたのさ」
「止めろ」
「子供に泣かれたら折角のムードが台無しだ。それに子持ちはモテない」
「止めてくれ」
「しかし警察に浮気がバレなかったのは奇跡だったな、彼女にとってはだが」
「……」
「どうした?」
メイソンは黙って部屋を出ようとする、それを止める礼服
「待てよ、忘れ物だ」
と拳銃を渡す。
「十五発……大事に使え、無理に頭を狙うな、身体を狙え」
黙ってそれを受け取るメイソン
「頑張んな」
走り出すメイソン
そして礼服は机に戻る、一発も入っていないリボルバーと目覚まし時計を回収し、彼も部屋を後にする、そして彼は知っている、最愛だった生き甲斐だった妻を失ったメイソンの取る行動を……
次の一発は六発目、必ず当たる