‡愛を失った夢見る傀儡―D.O.L.L―‡
この世界に来て、ユリアが出会ったものは人の姿をしていた。天使や悪魔も、大方人の姿をしていた。人以外の生物もこの精霊界に存在することは知っていたが、出会う機会がなかった。アロウもクロウも、ノアも、人とともに町で暮らしていたからだ。
だから、正直最初は驚いた。
「な、なによこれ……」
「可愛いでしょ?みぃ~んな、私の家族だよ☆」
サフィの家は町外れの森の中だった。そこで住んでいるのは彼女だけではない。見たこともない生物たちがたくさんいた。幻獣とよばれる部類であった。彼女は召喚術を得意とする、幻獣使いの魔女だったのだ。
「まずは召喚術について教えるね!召喚術って言うのは、大きく分けて三つあるんだ。」
その一、と言いながらサフィは人差し指を出した。
「契約を交わした幻獣や精霊を呼び出すこと。簡単に言えば、強制的な転移術みたいな感じ。」
その二、と言いながらサフィは中指も立てた。
「異世界から呼びだして、その場で契約を交わす。ユリアを呼びだしたのはこれね。誰かと契約したわけではないから、ちょっと特別な形だけど。」
その三、と言いながらサフィは親指を出した。
「そこにある物質からマナを呼び起こして具現化させる。ゴーレムなんかはこの類に入るかな。」
笑って言っているが、簡単に理解できるものでもない。
「三つ目はクロウの魔導具形成みたいな感じ?」
「良い線だね☆ 違うのは、造り出すのが無機物じゃなくて有機物ってこと。心を持った妖精を生み出すことは魔導具より難しいと思うよ。」
サフィの言っていることはもっともだ。魔導具はあくまで道具であるが、召喚は他の生物が関わってくる。生物であると言うことは、生命を持っていると言うことである。
「まずは幻獣と契約して、その子を呼び出せるようにするのが一番かな♪ 転移魔法は使えるの?」
「理屈は理解してるけど、地理が出来てないからあまり使わない。箒に乗ってる方が好きだし。」
「あはは、あたしも箒の方が好きだよー。」
転移魔法を使えば箒に乗って移動する理由はない。けれど、ユリアは箒に乗ることが好きで、好んでそれを選んでいた。
初めて空を飛んだときのことを、今でも覚えている。アロウとクロウに教えてもらい、何度も何度も失敗して、落ちて、転がって、それでも諦めずに大地を蹴り上げた。箒は風を捕まえて空高く飛び上がった。まるで自分の背中に羽が生えたような錯覚だった。夜空から見た精霊界はとても神秘的だった。闇に包まれた場所、淡い光で包まれた場所、人の温もりが漂う場所、自分が生まれ育った場所とは本当に異なる場所へ来たのだと、改めて感じることになった。
「じゃあ、契約する幻獣……、探しにいこっか!」
「え?」
あまりにも突然のことに、ユリアは目を丸くした。いったいどこへ、そう聞くよりも早くサフィはユリアの手を握って走り出した。
「この際何でもいいや! 適当に森で最初に会った仔に頼んじゃお☆」
道中、サフィは召喚術について様々なことを話してくれた。召喚術はあくまで契約した相手を呼び出す技術。それを使う上で重要となるのは契約の方だ。自分より強者でも弱者でも、契約の仕方によれば言うことを聞かせることが出来る。主従関係を結ぶことが出来るのだ。だが、無理強いで行われる契約の場合、従者となるものは反感を覚えることが多い。それ故に殺されてしまう者も少なくはないのだという。だからこそ、サフィは契約する上で、大切なのは互いを思いやる気持ちなのだという。ただそれが度を超えているため、家があんなことになってしまっているのだ。
「っていうか私、幻獣とか見るの初めてなんだけど……。」
人の言葉が通じるのか、そう尋ねるとサフィは笑って「まっさか!」と否定した。
「あの仔たちはマナとか雰囲気とか愛情とか、そう言うので人を見分けるからちょっと違うよ。言葉を理解する仔ももちろんいるけどね。」
そう言うと、ガサッと森の草木が揺らめいた。
「来た♪」
ビンゴ、と指を鳴らしてサフィは構える。身に纏うマナが一気に張り詰めた者に変わるのをユリアは感じた。その切り替えの速さに驚きつつも、ユリアも構えた。いったい何が飛び出して来るのか、想像も出来なかったからだ。ある程度のことでは驚かぬよう、様々な想定をした。
「!」
けれど、出てきたのはどの想定をも超えた存在だった。
「女、の子?」
何かを思い出すような、身体を突き抜けるような錯覚。体中傷ついて、助けを求めるような、震えた瞳。重なる視線が、二人の時を止めた。この出会いが絶対のような、そんな気持ちになったのだ。
「――――っ」
少女が口を開こうとしたときだった。
「いたぞ!」
「今度こそ逃がすか!!」
追って現れたのは二人の大きな男だった。足を止めてしまっていた少女は振り返るや否や走り出そうとするが、その手を掴まれて捕まってしまった。
「あーあ、どこからか逃げ出してきた子かな?」
哀れみの目でサフィが少女を見る。「それにしてもあの子……」と呟いた言葉の意味はユリアにもわかった。
「止めろ、離せ!!」
暴れる少女の身体を見ればわかる。彼女は、ただの少女ではない。
「お前を処分しないと俺たちが親方様にお叱りを受けるんだ!」
「人形なら人形らしく、大人しくしていればいいものをっ」
その言葉に、抵抗した少女はその腕を振りほどき、今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳で、憎しみの念を込めて、叫んだ。
「私は、私は人間だぁ!!」
その叫びは惨めに聞こえた。彼女は少女の姿をしながら、人間ではないと、その容姿が語っている。ワンピース一枚では、隠しきれていないのだ。その、球体関節を。
「D.O.L.L.なんて処分に困るってわかってるんだから、最初から造らなきゃ良いのに。」
ユリアも聞いたことがあった。D.O.L.L.―ドール―と呼ばれる魔術人形。正式名称は《Dream Object Lost Love》、意味は、愛を失った夢見る傀儡。魔術人形に全く別の魂を宿らせると言うものだ。あまり使い勝手もよくなく、好まれてはいない。
「何を、ただの人形のくせに!!」
男たちが再び少女に手を伸ばした。
「止めて!!」
「ちょ、ユリア!?」
しかし、その間に割って入ったのはユリアだった。
「あんたバカでしょ!? なんでわざわざ厄介事に首出すのよ!?」
サフィが後ろで叫んでいるが、ユリアは退く気にはなれなかった。
今でも思い出す。自分の力を持ってすれば助けられたかもしれない生命。あの少女の涙と笑顔は、今もユリアの心を締め付けていた。
今度こそ助けたい。そう、あの日が重なる。
「そ、そうよ。何してるのよ、バカでしょあんた。私なんか助けたって、何の意味もないのに。」
同じような口調で、少女はユリアを見上げて言う。
「違う、違うよ。貴方を助けたいのは、私のためだから。」
首を振ってそう答えた。こんなのただの自己満足だ。お節介だ。それがわかっていても、退くわけにはいかないのだ。
「邪魔者が! お前ごと処分してやる!」
そう叫び男たちは黒い翼を広げて攻撃を仕掛けてきた。
「うわー、厄介な。あれって悪魔貴公子の使い魔じゃない。」
ため息をつきながらも、サフィは笑っていた。何か手を出す出もなく、二人を見て一歩下がった。
「さぁユリア、あなたはこれからどうする?」
にやりと笑って、事の行き先を待つことにした。
「っ、!!」
悪魔たちの攻撃を避けるため、ユリアは少女を抱えて飛び上がった。箒に跨り、しっかり掴んでいるように少女に叫ぶ。
「お前、魔女か!」
逃げ続けるユリアに悪魔の攻撃はやまない。
(どうしよう、こういう経験初めてだし、戦い方なんてわかんないし!)
ゆっくり考えて魔法を使うことは出来るが、アロウやクロウの術を、今ここで応用してどう使えばいいのか、ユリアにはわからなかった。ただ必死に、この子を守らなければと言う使命感だけで飛びだったのだ。
そう迷っているときだった。
「なんなのあんた!勝算もなにも無しに飛び込んでくるなんて本当にただのバカじゃない!」
叫んだのは少女だった。
「私に恩きせたって何にもならないわよ!自分のためなんて、バカみたいな嘘信じるわけないじゃないっ」
「嘘じゃ、ないから。」
ユリアの箒を握る手に、力が籠もる。
「貴方を助けることで救われる自分がいるの。誰かのためなんて、図々しくて出来ない。」
そして振り返り、笑った。
「ちょっとだけさ、私に良い思いさせてよ。」
「っ、」
人のためではなく自分のためだと言って笑ったユリア。そんなユリアの言葉が、心が、空っぽの身体に溶けていく様な気がした。嬉しくて、満たされるようだった。
そしてユリアは先ほどと同じように夜空を箒で駆けめぐった。
「ちょこまかと!」
「鬼ごっこは終わりだよ!」
飛び回っていたユリアは箒をピタリと止めて、空高く飛び上がった。月を背にしたユリアはにやりと笑う。
「凍てつく氷の刃よ、降り注げ!」
「「!?」」
浮かんだのは巨大な魔法陣だった。箒で飛び回り、その魔法陣を描いたのだろう。
光を帯びた魔法陣から、巨大な氷の刃が何本も勢いよく降り注いだ。おそらくはアロウの術を応用したものだろう。大気中の水分を、魔法で凍結させたのだ。
それらは悪魔たちの翼を貫き、撃退させた。無論、殺したわけでも殺そうとしたわけでもない。
「くっ、この魔女がっ」
「この子は私が預かるわ。主には殺したでもなんでも言っておけばいい!」
力の差を感じるところもあったのだろう。負傷した二人の悪魔は互いに顔を見合わせた。
「まぁまぁ、そこまででいーいんじゃない?」
そう言って手を叩きながら出てきたのはサフィだった。
「サフィ……」
ユリアはため息をつくように彼女の名を呟く。結構本気で殺されるかと思ったのに、最後まで出てこなかった。結果的にそれでよかったのだが……。
「サフィ? まさか、6番目の魔女サフィ=トレート!?」
「あったり☆ 今の今まで気づかないってホントお馬鹿さんね☆」
まさか一緒にいた少女が6番目の魔女とは思いもしないだろう。そして、
「だいたい、あんたたちみたいな低級悪魔があたしたちの愛弟子に勝てるわけないでしょ!」
ユリアの存在にも。
「ま、まさか……」
「噂の、7番目の魔女?」
二人の悪魔はユリアを凝視する。疑いのまなざしにユリアはてへっと笑って応えた。
「主に伝えなさい。貴方のD.O.L.L.は7番目が管理するから安心して捨てておきなさいって。」
サフィの言葉に二人は頷き、去っていった。
「~~~~~っ、」
緊張の糸が途切れ、少女は身体を抱えてしゃがみ込んだ。
「……………お節介して、ごめんね。」
目の前にしゃがみ込み、目を合わせるようにしてユリアは言う。
「ホント、お節介よ。お人好しにもほどがあるんじゃないの? ばっかみたい。」
少女は目を合わせようとしない。どんな顔をしているのかわからない。一瞬、本当に迷惑を掛けてしまったのかと思った。けれど、それはユリアの杞憂に終わった。少女の顔は照れくさそうに真っ赤だった。
「ねぇ、貴方の名前は? 私はユリア。」
「……………」
そう尋ねると、少女は再び重々しい顔で俯いてしまった。
「無理よ、ユリア。D.O.L.L.に昔の記憶はただ邪魔なだけ、すべてなくなっているわ。」
「でも、覚えてる。あたしは人間だった!」
サフィの言葉に少女は強く訴えた。自分がどこで生まれ、どこで育ったのかは覚えていなくても、確かに人間であったことを。
「さて、そんな貴方に一つ提案があるの。」
「え?」
行き場を無くした少女に、サフィは笑顔で語りかけた。
「ここでユリアと契約を交わす気はない? この子、最強の魔女になるための修行中で、ちょうど召喚術を覚えようとしたとこなのよ。ほら、相手が必要じゃない?」
「召喚術……」
「最強の魔女になればいつかは記憶を思い出したり、人間に戻れるかもしれないじゃん☆」
「ちょっ、サフィ! そんな無責任なこと言わないでよ!」
いつになるかわからないことを、約束できない。変な期待を持たせてしまったらどうするのだと、ユリアは声をあげた。しかしサフィは、“いつか”は最強になるのだし、D.O.L.L.なら年を取らないから関係ないじゃんと、いつもの語尾に☆がつくよう軽く言った。
「何より、話してみればわかるよ。あなたとユリアは、とても似た境遇だって。」
ほんの少し、いつもより大人びた声でサフィは呟く。
「サフィ……」
7番目の魔女になるために人間界から召喚され、邪魔になるからと最低限の記憶を封じられたユリア。傀儡を動かすための魂として人間界から召喚され、同じように記憶を消された少女。二人の境遇はあまりにも似ていて、誰にも理解されない辛さや寂しさを共感できる立場だった。
「…………仕方ないわねぇ、」
「え?」
二人が言い合っていると、少女は立ち上がった。
「ユリアってなんか抜けてそうだし、お人好しだし、誰かが傍にいなきゃ無茶苦茶しそうだし。………あたしが、傍にいてあげるわよ。」
「!」
「べ、別にあんたのことが気に入ったとかじゃないからね! 行く当てもないんだし、借りを作ったままじゃ、あたしが気にくわないだけなんだから!」
勢いよく顔を逸らすものの、様子をうかがうように少女は視線を戻した。驚いたユリアであったが、少女のその言葉が嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
「さぁ、そうと決まったら契約の儀をさっさとやっちゃお☆ まずは名前!」
びしっと指を差してサフィは言う。
「これはどんな世界でも共通することなんだけど、名前ってその存在を示すすごく大切なものなの。名前を知ってるだけで呪いとか召喚とか出来ちゃうわけだしね。『四魂の名』についてはもう勉強してる?」
「しこんのな?」
ユリアの反応を見て、その様子じゃ知らないのね、とサフィはため息をついた。そして彼女は“名前”について語ってくれた。
「名前にはね、4つの種類があるの。」
『砌名』 今を生きる自分に与えられた名前。自分が自分として認めている名前。普段使っている名前である。
『聖名』 己の力を増大することができる、他より受けた名前。それは愛称や異名、二つ名である。
『契名』 神に命を与えられてから最初につけられる名前。魂と呼ばれる、肉体を失っても存在し続ける命の本体につけられる名前である。
『真名』 この世に生を受けて一番最初につけられる名前。自分の最大限の力を引き出せる真実の名前。
同じものもあれば違うもののある。変えられるものがあれば変えられないものもある。
「いつ誰が決めたわけでもないけど、一番重要になるのは『真名』なのよ。生命を持って生まれた限り名前は与えられるからね。」
これらは『悠久の書』と呼ばれる本の表紙に書かれているのだという。その本には、その魂の淵源から終焉まで記されているのだという。もちろん、実際にそれを見た人物など存在するわけではない。
「じゃあこの子の真名はわからないってことだよね。契名もわかるわけないし、今の名前がないなら砌名か聖名がないと契約できないってこと?」
ユリアが尋ねると、ご名答!とサフィは指を鳴らした。
「ただ、考えられるに聖名にはD.O.L.L.が記されてるわ。なら、砌名で契約すればいい。必要となるのは、今の自分という存在を現す名前。」
それは、D.O.L.L.である少女に存在しない物。
「ユリアが与えるもよし、あんたが自分で決めるもよし。さ、どうする?」
早く契約の儀を済ませてしまいたいサフィは、二人に名前を考える十分な時間を与えるつもりはないらしい。笑顔で早くしろと急かした。
「あたしは………、思いつく名前なんてないから。ユリア、あんたが決めてくれたら良い。」
「え、私なんかで良いの?」
そんな重要な役目を頂いても良いのだろうかとユリアは不安になる。きっと少女にも、生まれたとき両親がたくさん考えて与えてくれた名前があるのだ。それを、この一瞬で決めろと言うのか。
「あんたが面倒見てくれるんでしょ。名付け親くらいになりなさいよね。」
少女の言葉にユリアは笑った。この少女は強がりで素直じゃないけど、とても優しい子なのだとわかる。
「じゃあ、――――――…」
ユリアは決意した。小さな身体で、赤い髪で、優しい少女。彼女に与える名前をそっと、呟いた。
それを聞いた少女は目を丸くする。そして、恥ずかしそうにするユリアをみて、笑った。涙が溢れるくらい嬉しそうに、笑った。
これが、二人の出会いであった。これから先、ずっと二人は共にいることを約束した。それは主従関係ではなく、友人としてである。互いに独りぼっちであった二人は、なくてはならない存在になった。よき友人として、家族として、足りない部分を補いながら成長していくのだった。
召喚術についてサフィの元で学んでからしばらく経った。
ユリアは召喚術についてもどんどん知識と術を増やしていった。普通の召喚術はもちろん、具現化術ももう完璧と言えるまで成長した。ただ一つ、サフィが教えるのを渋ったのが異世界からの召喚術である。彼女はそれをユリアに教えることによって、ユリアの封じられた記憶が蘇ってしまうのではないかと怪訝したのだ。しかし、それはユリア自身が乗り越えた。そんなことにはならないし、望まないと。
「ユリアはバカでお人好しだから気づいていても言わないのかもしれないけど、召喚術があれば送還術も存在する。」
毒薬には必ず解毒剤があるように。
「あんたたちは結局、ユリア一人に全部押しつけて、全部背負わせて、逃げ道なんか最初からなくて……」
今、この場にユリアはいない。いるのは少女とサフィの二人だけだった。
「どうしてユリアなの? どうしてユリアが選ばれたの!?」
空は重く厚い雲に覆われて、雷がごろごろと唸っている。荒々しい風が木葉を飛ばし、窓を叩きつけていた。
「………あたしたちが呼びだしたのは、魔力を持った未完成な少女。」
あの日の儀式は、“ユリア”を呼び出すものではなかった。呼び出されたのが“ユリア”だったのだ。それは偶然であり必然で、運命だった。6人の魔女が独自の術を使って選んだ少女が、彼女だったのだから。
「あの子だけに全部押しつけて、全部背負わせる。最初からそのつもりだよ。」
そう言うサフィは子どもの姿をしていても、どこか大人びた雰囲気があった。魔女なんて、見た目と実年齢が同じであることのほうが珍しいのだ。
「そう……、あたしたちの知恵と術を、あの子が本当に全部受け継いだ時、あたしたちが存在する理由もなくなるんだから。」
「!」
空が光り、瞬いた。稲妻が見えると同時に雷鳴が響き渡り、次の瞬間、豪雨が大地に降り注いできた。
サフィの言葉が何を意味するのか、少女にもわかった。
7番目の魔女が他の6人の魔女の知恵と術を手に入れたのならば、他の魔女がいなくても目標は達成できる。6人を犠牲にして、たった一人を作り上げるのだ。その選択をするほど、世界は危険に迫っているのだ。
「だから、あたしたちがいなくなってもあんたは傍にいてあげてよね! ユリアはバカでお人好しで、寂しがり屋だからさ!」
「っ、」
ずるい。なんてずるい人なんだ。魔女は何を考えているかよくわからない。冷たい瞳をしながら人情深かったり、部外との関わりを好まないくせに生命を掛けたり、何が彼女たちにそうさせているのかわからない。
(なんでそんな瞳するのよっ)
ユリアが可哀想だ。そう言ってやるつもりだった。なのに、サフィと話すとそうは思えない。最初がどうであれ、今のユリアは魔女になることを望んでいるし、他の魔女たちによくしてもらっている。ユリアは彼女たちに愛されて、芽吹いた魔女だ。
すると、ガチャッと扉が開く音がする。
「あ~、もう! 急に降ってくるんだから!!」
扉が開くと同時に雨の音とユリアの声が家の中に飛び込んできた。
「二人ともいるの~?」
家の中が暗いことに疑問を持ちながらユリアは玄関から呼びかける。
「い、今タオル持って行くからそこにいなさい!」
慌てて少女は叫ぶ。ユリアのことだから、ずぶ濡れになったまま中に入って来るに違いない。傍にあったタオルを手に取り、一度だけ振り返る。
「早く行ってあげなよ。」
サフィはにっこりと笑っていった。少女は何も言わず、ユリアの元に向かった。
玄関まで行くと、そこには思った通りずぶ濡れになったユリアがいた。サフィのお供たちも雨に打たれたらしい。みんな雨水をまき散らすように身体を震わせていた。
「こら、それ以上動くな!」
そう言って少女はサフィのお供たちにタオルを投げつけ、ユリアにもタオルを渡した。
「だいたい、今日は雨が降るってサフィが言ってたのに、何でこんな遅くまで……」
「そう言わないの! 今日はどうしても森に行きたかったんだ!」
タオルで顔を拭きながら、ユリアは「はい」と持っていたものを少女に渡した。
「………何これ?」
突然なにを、と渡された袋の中を覗き込んだ。
「ほら、私たちって契約してても証も何もないでしょ? だからお揃いのものとかあったらいいなって思っててさ!」
「ピアス?」
一対のピアスが中に入っていた。橙色のような、黄金色のような、煌めいている石だった。
「森の声と稲妻の煌めきを込めたやつなんだ。こっちは私、そっちはハナの!」
ちょっとの無茶をしてでもそれを渡したかったのだろう。ユリアは少女に、ハナと名付け契約を結んだ少女に、一対の片方を渡した。
「あたしの?」
そうだよ、とユリアは笑っていった。
(だから、何でこんなに優しいのよ。)
憎めるような子じゃない。見捨てられるような子じゃない。少女にとって、もう、ユリアはなくてはならない存在だった。
「あ、ありがとう。」
とても小さな声でハナは礼を述べた。だが、すぐに表情は変わる。
「でも勝手に無茶するバカがいる? また危ないことして、怪我でもしたらどうするの?」
今日もハナのお小言はなくならない。けれど、ユリアにとっては、自分といつも一緒にいてくれることが嬉しくて、傍で見守ってくれることがくすぐったく思えたのだ。
(ハナ、貴方は魔女じゃない。だから、ユリアの支えになれる。)
サフィはそんな二人を見て目を瞑った。願わくば、D.O.L.L.である彼女が、唯一の魔女の支えとなってくれることを。