‡魔女の集会―サド―‡
ユリアがこの世界を訪れてしばらく経つ。この世界での暮らしも、この町での暮らしも、慣れたものだ。人間に見える人たちがそうでないことも、人間と同じような分類の人もいることも、人間とは明らかに違う者もいることにも、驚くことはなくなった。
「ユリアちゃん、今日は珍しく一人で買い物かい?」
八百屋で野菜を見ていると、店長が声をかけてくれた。
「明日は魔女の集会―サド―だから二人とも忙しいの。なんか準備するんだって。」
「じゃあユリアちゃんも気が気じゃないね。毎月のサドはユリアちゃんの評価会でしょ?」
そう言われ、ユリアちゃんは苦笑いで答えた。
魔女の集会。ユリアがこの世界を訪れて以来、そこでの話題は7番目の魔女の成長具合だった。成長がゆっくりである分、世界のどこかで混沌は広がりつつあるのだ。
「聖界は落ち着いているからわからないだろうけど、早く立派な魔女になってもらわないと困るって言われちゃいますから。」
ユリアが訪れてから初めてのサドにはユリアもつれていてもらった。けれど、そこは決して居心地の良い場所ではなかった。冷たい視線は、心を凍り付けにされるのかと思った。そこには他の4人の魔女もいて、ユリアを庇ってくれた。未熟だから仕方ないのだと。そしてアロウとクロウも自分自身を責めていた。まだ、ユリアをこの場に連れてくるべきではなかったと。
「ほら、これ付けとくから元気だしな!」
「ありがとうございます。元気だけどもらっちゃいますね♪」
会計を済ませ、急ぎ足で家に帰る。二人は明日のための最終打ち合わせをしている。逃げるように帰ったのは、明日は特別だからだ。
「ただいま!」
「おかえりユリア!」
家に帰ると、クロウが走って出迎えてくれた。
「ご飯は私がやっておくから、早くアロウのとこ行って最終調整してきな!」
わかった、と買ってきた物をクロウに託し、ユリアはアロウがいるであろう裏庭に向かった。
「アロウ、帰ってきたよ。」
「おかえりなさい。」
庭の中心にアロウが立っていた。
「それじゃ、明日の手順を言うわよ。」
そう、明日は特別。明日はユリアが二度目に参加するサドだ。そこで今までの成果を披露することになっている。
ここに来て、アロウとクロウに習ったのは力の使い方だ。自分の中にあるマナを放出する力。まずは、箒を使って空を飛ぶことからだった。
そんなことわかるか!と反論したものだ。見えないものを見ることも扱うことも出来ない。そのことに関してはクロウが教えるのが適任だった。
魔女にも得意分野はある。魔女隊の6人も、それぞれ得意分野は違った。アロウは自然の力を自在にコントロールすることに長けていて、クロウは魔導具を作ることに長けていた。だからこそ、空を飛ぶことは自然の力を味方につけることで、より高く飛ぶことが出来る。
クロウに明日のことを確認し、最後の練習に入った。今まで通りにやればいい、そう言われた。最初の頃より、もうずっと時間も経って、魔女としての力の使い方も学んだ。長い時間、そう、何年もかかって身につけた。
満月が夜空に輝く。月の光に導かれるように、3人は箒で夜空を駆けていた。
そして、黒いローブを身に纏った人々が集うその場所に降り立った。ざわめきが起こり、視線が集まる。
「さて、主要人物も集まったところで、さっそく始めるか。」
ゆっくりと腰を上げていったのはアネモネだった。
「ユリアよ。クロウとアロウが魔女としての礎をお主に教えたこの幾年の成果、ここで見せてみせよ。」
アネモネに言われ、背中を二人に見守られながら、ユリアは前に出た。
「………………始めます。」
この幾年で築き上げた魔女としての礎。そして、アロウに教わった知恵と術。自然を自在に操る力。
ユリアは膝を地面につき、両手もついた。
目を閉じて、心を落ちつかす。大地のマナが、手を通して伝わってくる。地面の下を流れる水の調べが聞こえる。ドクンと大地の鼓動が聞こえる。草木が、新たなる生命の煌めきが見える。
(応えて。)
一瞬だった。
ユリアの手に魔法陣が広がる。魔法陣が光を放った瞬間、もの凄い風が魔法陣から吹き上がった。そして、風とともに伸びできたのは枝だった。何本もの長い枝が互いに絡み合い、天高く聳え、緑の葉でその身を包み込んだ。
巨大な一本の大樹が、そこには聳え立っていた。
「おおおおっ」
誰もが声をあげた。このような大樹を、誰も見たことがなかった。大地の中から成長できる種を探し出し、水と大地を呼び込み、その時を動かし、この大樹を作り上げたのだ。
こんなこと、並の魔女では不可能だ。アロウが行うにしても、それなりの準備と集中力、そして魔力がいる。時間だって必要だ。
「種を見つけ、芽生えさせる。自然を操る力をここまで使いこなすとは……、」
「それなりの時間が掛かってしまったけれど、十分でしょう?」
アロウはユリアの傍に歩み寄り、その肩に手を添えた。
「なるほど、人間が魔女に近づくとはこういうことなのか。」
「いいえ、これはユリアの才能と努力の成果です。」
もう片方の肩にクロウは手を添えた。
「「ユリアはもう、魔女見習いなんかじゃない。」」
立派な魔女だ。そう、それほどの時間が経ったのだ。彼女は人間としての姿は変わっていないが、変わってもおかしくないほどの時間が経っているのだ。
「私は7番目の魔女です。来たる封陣に控え、今もまだ修業の身ですが、全力を尽くさせていただきます。」
ユリアはそう言って一礼をした。
「見事じゃユリア。この短期間でよくここまで成長した。」
「短期間……」
アネモネの言葉にユリアは小さく呟いた。
「ユリア、クロウにもいろいろ教わったんでしょう?」
傍に来たノアもユリアに話しかけた。
「簡単なものでも良いわ。他の魔女さんに見せてあげなさい。」
「…………………………鬼。」
ただでさえ疲れているというのに、何てことを言うのだこの人は。魔女か。簡単なもので良いと言いながら、他の魔女をあっと驚かせるものを出せと暗に言っている。
「月の雫を一滴、幻影の泉に零しましょう。星屑の煌めきを集めて流れ星を閉じこめてしまいましょう。」
言葉を紡ぎながら、両手を祈るように組み合わせた。
「祈りを捧げて。どうか、いつかの君へ祝福を。」
そしてゆっくり、その手を広げると中から光が溢れた。
「アミュレット、形成。」
「「おおおおおっ」」
再び驚きの声が上がる。そこに現れたのは、金細工にはめ込まれた青い石だった。その中にはまるで夜空が閉じこめられているようだった。
どこにでもあるような、誰にでも作れそうな魔導具。しかし、それを手にした魔女たちは目を丸くしていた。
「いや、なんとここまでのものが作れるのか!」
「すごい、すごいよユリア!」
同じ魔女だからこそわかる、その魔道具の精密さと込められたマナ。強く、美しく、悪魔たちも好む純粋さだ。
「流石ね、ユリア。」
「いや~、ノアさんにあんな圧力掛けられたら頑張るしかないじゃないですか。」
ユリアが笑って言うと、ノアもふふふ、と笑った。そして、アロウとクロウに向かって言う。
「さて、そろそろ次の修業に移っても良さそうね。」
疑問形ではない。悠長にしている時間など、最初からない。魔女としての礎を築き、アロウとクロウの知恵と術を受け継いだユリアは次のステップに進む必要がある。
「次は私のところにいらっしゃい。」
「ノアさんって確か、薬とか補助魔法とか得意なんですよね?」
ユリアの問いにノアはそうよ、と答える。
「今までは感覚でやることが多かったかもしれないけど、薬に関しては覚えることもたくさんだから覚悟しておいてね。」
うわ~、とユリアは苦言しそうになるのを飲み込んだ。ノアはいつも笑っているが、その笑顔の裏で何を考えているのかよくわからない。こき使われそうだな、と思いつつ、ユリアは頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
逃げるわけにはいかない。自分は立派な魔女になるのだから。
「よぉし、じゃあ今日はぱーっとして、明日は帰ってお祝いね!」
「それくらい良いでしょ、ノア。」
クロウは喜び、アロウはノアに尋ねる。ノアはいつもの笑顔でもちろんだと答えた。
この世界に突然呼び出されたユリアが、まだこの世界にいて魔女になろうと思っていてくれるのは、少なからずアロウとクロウのお陰だろう。彼女たちが全力でユリアをサポートしてきたからだ。その身も、心も。
「ありがとう、アロウ、クロウ!」
ユリアは二人に抱きついた。二人は優しくユリアを抱きしめる。
(お礼を言うのはこっちの方よ。)
本当なら、憎んでもおかしくないのに。本当なら、逃げ出してもおかしくないのに。それなのに、こうやって感謝してくれるのだから、ユリアは本当に優しい子だと二人は感じていた。短いようで長い時間一緒にいて、心から、大好きだと思えるようになったのだ。
月に一度、満月の夜に行われる魔女の集会―サド―。それは、精霊界に存在する狭間の森で行われていると言われている。聖界と魔界の狭間、混沌の蠢くそこに近寄る者などほとんどいない。そして、そこには今、一本の大樹が聳え立っている。
森の入り口からでも見えるその大樹は、狭間の森の象徴となった。まるで遙か昔からあるようなそれは、森の誰よりも新しいと誰も信じなかった。そして、後の世で語り継がれることになる。あの大樹は魔女が造り出したのだと。そう、あの伝説の魔女が――――…