‡魔女見習い召喚‡
“古き英知と術によって、今ここに召喚の門を開かん”
“我が声に応えて来たれ”
“呼びかけに応えよ”
6人が作る六芒星の魔法陣が光る。そして、空間が歪んだ。爆音とともに白い煙が上がる。一瞬の歪みは既になくなっていた。
成功か、誰かがそう呟いた。わからない、とまた誰かが答える。その答えはあの白い煙の中に存在するはずだ。
「い、ったぁ~……」
煙の中から聞こえたのは、まだ幼さが残る少女の声だった。
「何よ、爆発? いったいなにが起こったの?」
次第に煙は消え、そして現れたのは声から想像できる姿そのもの。一人の少女だった。
「え……」
顔を上げた少女は目を丸くした。自分を囲むのは黒いローブを身に纏った者たち。そして、見たこともない服装をしている大人たち。
「い、いや……、なに?え?」
少女は身体を小さくして自分の身体を抱きしめた。訳もわからぬ状況に恐怖を感じているのだろう。
「とりあえずは成功かしら?」
そう言うと黒いローブを着た女性はフードを取った。
「!」
見たこともない様な綺麗な髪をしていた。普通に染めただけでは、あんな色にはならないだろう。それに、あんなに綺麗な瞳を見たことがない。カラーコンタクトをつけていても、あそこまで綺麗には映らないだろう。外国の人ならともかく……。
「この者が本当に7番目の魔女なのか?」
「どう見ても、ただの人間ではないか。」
けれど、彼らは自分と同じ母国語を話しているではないか。あんな流暢に話されたら、同じ国の者だと思ってしまう。ならばここはどこだ、と疑問を覚える。一瞬前のことのはずなのに、記憶が混乱していてよく覚えてはいない。
「ただの人間に見えるなら、まおーさまも落ちぶれちゃいましたね♪」
「もう年だからのぉ、さてどうしたものか。」
一人の少女がそう言うと魔王と呼ばれた人は「ははははは」と笑って答える。
「貴方の名前を聞いても良いかしら?」
別の女性が少女に歩み寄ると、屈んで尋ねてきた。
「ダンドウ……」
少女は小さく、震えた声で答えた。
「ダンドウ? 可愛いわりに厳つい名前なのね。」
あらまぁ、と女性は首を傾げた。悪気はないのだろう、怖さも何故か感じない。
「……………弾道、百合亜。」
少女はもう一度、自分の名前を告げた。弾道は名字で、名前は百合亜。
「ユリア? ユリアって言うのね。やっぱり、可愛らしい名前ね。」
女性は嬉しそうに笑って、ユリアに手を差しだした。ユリアはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「私たちも自己紹介するわ。」
そう言って女性は他の者たちの輪に入り、一列に整列した。
みんな同じような黒いローブを羽織っていて、それでいて見たこともないような綺麗な髪と瞳を持っていた。
「1番目の魔女、アネモネ。契約魔はジング。」
「2番目の魔女、クレアローズ=マリン。契約魔はゲーテ。」
「3番目の魔女、ノア=ブレス。契約魔はリヴィ。」
「4番目の魔女、アロウ=ス=リス。契約魔はトレント。」
「5番目の魔女、クロウ=セ=リス。契約魔はフィングラ。」
「6番目の魔女、サフィ=トリート。契約魔はフラーレン。」
6人がそれぞれの名を紡いだ。共通するのは二つの言葉。
「………魔女? ケイヤクマ?」
ユリアは震えた声で、聞き返すように呟いた。
「貴方にはここで、7番目の魔女になってもらうことになる。」
「私たちの知恵と術をすべて学んでもらって、ね。」
なにを、言っているのだろう。よくわからない。ユリアには何一つ理解できなかった。
「ちょっと、待って、よく、わからない……」
目の前がぐるぐるする。どうやら自分は不思議な組織に連れ込まれたらしい。
「すぐに理解出来ぬのも仕方あるまい。見せてやるから、ゆっくり考えるがよい。」
そう言って1番目の魔女、アネモネは人差し指と中指を揃えてユリアに向けた。そこから何か光が出たと思った瞬間、突然ユリアは睡魔に襲われた。
ガクン、と全身の力が抜けて再びしゃがみ込む。
「な、なに……?」
目は開いているのに、意識はちゃんとあるのに、頭の中に浮かんでくるビジョン。再生されるのは見たこともない辺境の地と、羽や尾の生えた生き物。動物ではない生き物。争い、虐殺、混乱、反乱、それらはまさに、混沌。
この世界は自分の住む人間界と並行して存在する精霊界。そこで起きた混沌の所為で人間界も、天界や奈落も混沌の影が忍び寄っている。
そしてそれらの元凶たる存在、黒妖将。それを倒すべくために立ち上がり滅びていった者たち。為す術なく、漸くの手だては奴を封印すること。その強力な封印をするのは7人の魔女たち。しかし、封陣を作れるほどの魔女は6人しか存在しない。完璧な封陣を作るために必要とされる7番目の魔女。異世界から召喚し、今までとは違う新たなる魔女の誕生。
「それが、私……?」
頭の中に流れ込んできたそれも魔法か何かなのだろう。よくわからなかったはずなのに、一瞬でわかってしまった。まるで、頭の中をこじ開けられ、勝手に整理整頓されてしまったようだ。
「7番目の魔女見習い、ユリアよ。」
その部屋にいた別の者が立ち上がっていった。
「お主に選択の余地はない。6人の魔女の元で立派な魔女となり勤めを果たすのだ。」
そう言って、6人の魔女を残し他の者は背を向け、消えた。
「消えた。」
どうやら、本当に異世界につれて来られたらしい。
「…………いや、嫌よ。」
ユリアは頭を抱えた。
「だって、私はただの人間で、家で、お父さんもお母さんも待っ………て? あれ?」
ユリアの思考が止まる。
「そう、だよね?お父さんもお母さんも待って、る?きっと、友だちだって、心配?する?の……。学校、行かなきゃ、先生?だって、みんな……」
震える手、溢れる涙。
「みんなって、だれ………?」
「「!?」」
魔女たちは目を丸くした。
「なんで、顔も名前も、思い出せないの?そこにいるのに、ちゃんと、わかって……」
その存在が傍にあったことは確かに覚えている。けれど、その人たちの名前も顔も思い出せないでいた。モザイクが掛かったように、記憶に霞が生じていた。
「アネモネ!貴方という人はっ」
アロウがアネモネにきつい視線を浴びせた。
「祖国への思慕を軽減するよう配慮しただけじゃ。すべてを隠そうとも思ってはおらぬ。」
「だからって、こんな強制的な!」
「仕方ないじゃん。7番目に逃げられるわけにはいかないんだし~。」
サフィが腕を頭の後ろで組みながら言った。
「アロウ、クロウ、しばらく落ち着くまで貴方たちが面倒を見なさい。」
「年も近そうだから、いろいろ相談に乗ってあげてね。」
クレアローズもノアも、サフィの言葉を否定しなかった。アネモネを責めることもしなかった。考えていることは同じなのだろう。
(とんだとばっちりじゃないの。)
アロウはユリアを支えた。こんなにも幼い少女に、自分たちはすべてを託そうとしているのだ。自分たちの人生も、この世界の命運さえも。
「アロウ、ユリアをつれて帰ろう?」
クロウがアロウの肩に手を添えていった。
「…………そうね。」
一番辛いのはユリアだ。何もわからず、何も関係ないのに、世界を救うために選ばれ、連れてこられた彼女なのだ。
(私が守ってあげなくちゃ。)
アロウは心に決めた。他の誰がなんと言おうと、自分はユリアの味方になるのだと。7番目の魔女見習いは自分が守るのだと。
その後、ユリアをつれて家に戻ったアロウとクロウ。そこは町の中にある一件の家だった。ユリアをアロウのベッドに寝かせ、彼女が眠っている間に彼女の部屋を新調した。これからしばらく、彼女と暮らすことになるだろう。
目が覚めたユリアは、すべてを理解した状態だった。
自分は黒妖将を封印するために、魔女になるために、精霊界に召喚された。もとの世界に帰ることは、使命をやり遂げるまで出来ない。幸いにも、親しい者たちの顔が浮かばないため帰宅願望も少ない。やるからには、やるしかない。
「ユリア……」
心配そうにアロウがユリアに歩み寄る。
「大丈夫だよ。私は魔女になる。魔女になって、いつか絶対、自分の家に帰るの。」
誰かはわからないけど、待ってくれている人がいる。きっとお父さんとお母さん。きっと仲の良い友だち。きっと、いる。見えないけれど、霞がかっているけれど、私の帰るべき場所に、帰りを待ってくれている人がいる。その人たちのいる世界を守るために。
「ご指導よろしくね、アロウ!」
ユリアはとびきりの笑顔で言うのだった。