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古の魔女  作者: ルシア
10/11

‡古の魔女‡

 ユリアが7番目の魔女として召喚されてから幾年が経つ。その間、あまり動きを見せていなかった黒妖将はなんと人間界にいたのだという。そのためしばらく精霊界は落ち着いていたが、その代わり人間界は荒れていたのだという。大地も、人々の心も。人間界と精霊界の時の流れ方は違う。精霊界に比べて人間界はとてもゆっくりとした時間が流れているのだ。だからこそ、黒妖将が人間界にいる間にユリアは至高の魔女となることが出来たのである。

 その黒妖将が精霊界に戻ってきたとき、魔女隊は出動した。

 黒妖将の引き連れる悪魔や天使、魔物たちと戦った。苦戦を強いられながらも魔女隊は進み続ける。そして、黒妖将のもとまでたどり着いた。

 そこに来て、初めて魔女たちは黒妖将の真の姿を見た。黒妖将は、自分たちと同じ魔女だった。なるほど、だから精霊王は自分たちに黒妖将を封印するように仕組んだのだ。同胞の尻ぬぐい……ではなく、仲間意識の高い魔女たちだからこそ、同胞がこのような事態を引き起こしているのが許せないのだ。そして、同胞であるからこそ、封印できる。

 黒妖将は人間界を自分のものにしようとしていた。人間たちが苦しみ、争う姿を見て楽しんでいたのだ。混沌を人間界にもたらすために、精霊界の力を手にしようとしていたのだ。自分が楽しければよい、そのためになにを犠牲にしようと構わない。それが彼女だ。彼女の所為で滅んだ村も少なくはない。

 ユリアを除く6人の魔女は、黒妖将との戦いで致命傷を受けた。立ち上がることも出来ず、最終的にユリアは黒妖将と一騎打ちとなる。人間を召喚して作り上げられた至高の魔女、ユリアのことを黒妖将も知っていた。興味深かった。どちらが至高の魔女か、どちらが世界を手にするに相応しいか、決着をつけようと。

 ユリアは戦った。魔女として様々な知恵と術を得ていたユリアでも、黒妖将には歯が立たなかった。けれど、負けられない理由がある。ユリアの存在意義が、これなのだ。ここで負ければ帰ることも、生きることも、出来ないのだ。


 なのに―――――……、勝てない。


 ユリアが諦めかけたときだった。足下に六芒星の魔法陣が浮かび上がる。それには黒妖将も驚きを隠せないようだった。すでに瀕死状態で倒れていた魔女たちが最後の力を振り絞ってこの封陣を作ったのだ。

 黒妖将を前に、ユリアは笑みを浮かべた。

 魔法陣の中心で、ユリアは黒妖将を貫く。そして内側から魔法をかけた。黒妖将の叫びが響き渡り、世界は光に包まれる。ユリアの意識も、白い世界に消えていった。











 白い世界は、とても温かかった。


 たくさんの温もりで溢れていた。


 とても優しい光が身体を包み込んだ。


 “ありがとう”と“ごめんね”をたくさん聞いた。


 あぁ、そうだ。


 私は一人じゃない。もう寂しくなんかない。


 大切な仲間がいる。


 この世界には、生命を掛けてでも守りたい人たちがいるんだ。



「――――――」


 重たい瞼を開けた。身体を包み込むのは白い布団。目に映るのは見知らぬ天井と、揺れる瞳だった。


「ユリア!!」


「おねえちゃん!!」


 ユリアが目覚めると同時に、ハナとカボスがその名を叫んで抱きついてきた。傷を負ったような痛みは感じなかったが、全身に鉛をつけられたような倦怠感の所為で寝転がったまま二人を抱きしめるのが精一杯だった。


「ハナ、カボス………、」


 心配掛けてごめんね、そう言うと二人は首を振った。そして起き上がるのを手伝ってもらい、ユリアはベッドに座った。


「………みんなは?」


 自分だけがどうしてこんなところで寝ているのだろう。きっと他のみんなも同じはずだ。いや、みんなの方が重症のはずである。そう思い尋ねると、ハナとカボスは顔を見合わせた。そして、カボスは黙って俯き、ハナはユリアの腕にそっと手を添える。


「いい、ユリア。よく聞いてね。」


 いつも強いハナの瞳はどこへ行ったのだろう。彼女の瞳も、酷く揺れていた。泣き腫らしたのであろう、赤くなっている。


「あなた以外の魔女は、自分の命と引き替えに黒妖将を封印した。」


「――――――っ」


 なんだろう。とても、とても重い何かが落ちてきた。全身にのし掛かる鉛なんて、軽い。もっと重い何かが、降ってきたのだ。ユリアの身体を、心を、押し潰そうとしている。


「ただ、」


 衝撃を受けているユリアに、ハナが言葉を続けようとしたときだった。


「ユリア!」


 勢いよく扉が開かれる。その幼さを残す声は、今まで聞いたことのない声だった。驚いてその方を見ると、一人の少女が壁を支えに立っていた。見た目ではハナやサフィよりも年上の少女だ。見たことも会ったこともないはずなのに、ユリアは親近感を覚えた。

 緑青の美しい髪、透き通るような青い瞳、その可愛らしい声。重なる影。もし彼女が老いれば……、一人の老婆が思い浮かんだ。


「アネ、モネ?」


 その言葉にハナとカボスは目を丸くする。まさか目の前にいる少女が、一番目の魔女と呼ばれた老婆だと言うのか。


「よかった、間に合ったか……」


 ふらつく身体でよろよろとアネモネはユリアに近づく。彼女は必死に手を伸ばし、ユリアもベッドの上からその手を取ろうと手を伸ばした。二人の手が触れると、アネモネは力を失ったように膝をつく。


「っ、こんな姿ですまないな。わしにはもう、幻影術を使うほどの力は、残ってないんじゃ。」


 おそらく、今までの姿は術で変えていたのだろう。幼いその姿から、魔女らしい老婆へと。きっと以前のユリアならその理由などわからなかっただろう。だけど、今ならわかる。きっと一番目である威厳を保つためだ。


「ユリア、他の者は黒妖将を封印することで自ら契約した悪魔を失った。契約魔が死したことで、みな生命を落としたのじゃ。」


「………………」


 6人の知恵と術を得た至高の魔女、それがユリアだ。アネモネの言葉が意味することも、この計画の行く末も、気づいていた。


「うっ、あ……、ああっ」


 けれど、わかっていても、溢れ出す涙が止まらない。


「うあああああああっ」


 わかっていた。どうして自分が至高の魔女になったのか。どうして6人の知恵と術を得たのか。全てを持った一人の、至高の魔女が存在すれば、残りの6人は存在する意味がない。否、存在しなくても至高の魔女さえいれば、全てが受け継がれる。自分いなくなっても、ユリアがいる。そう、みんなわかっていたのだ。


「ユリア、わしたちの可愛い娘……」


 アネモネはユリアを抱きしめた。


「卑怯なわしたちを許しておくれ。契約魔を持たぬお主を異例の形で魔女に仕立て上げ、全てを押しつけたのも、全て終わったとき、お主だけでも生きてくれていればと、わしらの勝手な願いじゃ。」


「わかって、た……、みんな、死んじゃうんだって。私に知恵と術をくれるのは、自分がいなくなっても大丈夫なようにって。みんなの生きた証なんだって。だから私は、至高の魔女に……」


 誰も言葉にはしなかった。でもわかっていた。理由はひとつ、みんな魔女だからだ。


「黒妖将は封印された。お主が世界を救ったんじゃ。人間界も、この精霊界も。」


 アネモネの言葉はとても優しかった。けれど、世界を救ったところで、大切なものをたくさん失ってしまった。


「………どうしてアネモネは、死ななかったの?」


 カボスが尋ねた。するとアネモネは申し訳なさそうな苦笑いをして、答える。


「わしは、他の魔女とは違う。」


そう言って、胸元を見せた。そこには薄れた黒い蝶の刻印があった。黒い蝶の刻印は魔女の証である。契約魔を失い死んでいった魔女たちの刻印は、跡形もなく消えていたはずだ。


「わしは悪魔と魔女の娘。わしの契約魔はわし自身なんじゃ。」


「!」


 その言葉にはユリアも驚いた。アネモネが悪魔と魔女のハーフであることも、自分自身が契約魔であることも。かつて見たアネモネの契約魔ジングは、アネモネ自身と言うことだ。悪魔としての彼女の姿だったのだ。


「自身である契約魔を失ったわしは、今はなんの力も持たぬただの人間と同じじゃ。長生きは出来ぬだろう。」


 それはきっと、人としての生を終えるよりも早く終焉は来る。けれど、もう十分生きたと彼女は言った。


「ユリア、もう全て終わったんじゃ。お前の役目は終わった。」


 黒妖将も封印され、人間界と精霊界に平和が訪れた。


「約束通り、お主を人間界に帰そう。」


「「!」」


 ハナとカボスは目を丸くして、ユリアを見た。ユリアが人間界に帰ると言うことは、大好きなユリアと離ればなれになることだ。今まで彼女がどれだけ辛い思いをしてきたのか、傍にいた二人はよく知っている。彼女がどれだけ故郷を思っていたのか知っている。それでもユリアと離れたくないという思いが強かった。


「……………」


 当の彼女は黙ってアネモネを見ていた。先ほどまで流れていた涙は止まっていた。頬に残る雫を拭い取り、拳を握った。


「アネモネ、私は帰らない。」


「……………」


 その言葉に、アネモネは驚かない。


「私は至高の魔女だもの。全部終わったからって投げ出すことはしない。アネモネのことだもん、頼んでもないのに帰ったらこっちでの記憶を消すんでしょ。」


 たとえ今の彼女にその力がなくても、力を失う前に準備しておけばなんの問題もない。

 ユリアの言っていたことがあたったのだろう。アネモネは眉をしかめた。


「みんなのことは私が覚えてる。黒妖将だって、またいつ復活するかわからないもの。」


 ユリアは笑った。これは、もうずっと前から覚悟していたことだ。魔女たちの決意に気がついたときから、全力で彼女たちに応えようと、心に決めていた。


「わしらは、全てが終わればお主に幸せになって欲しいと願っていた。」


「たくさんの素敵な師匠に恵まれて、傍にいてくれる家族がいて、支えてくれる友だちがいる。それだけで、もう十分だよ。」


 故郷への思慕が完全に消えたかと聞かれれば、首を横に振るだろう。けれど、この世界に長く滞在しすぎた。もう、この精霊界が故郷のようなものである。


「ありがとう、アネモネ。」


 ユリアはアネモネを抱きしめた。自分があの一番目の魔女を抱きしめるなんて、思いもよらなかったことだ。驚いたのはアネモネも同じである。


「っ、ありがとう、ユリア……」


 きっと彼女も寂しかったのだろう。アネモネはユリアに縋るように抱き返し、涙を流した。今まで共に生きてきた仲間を失い、悪魔である半身を失い、魔女である自分を失った。もう、彼女が彼女であるアイデンティティがなくなったのと一緒である。そんな彼女の中で、今となってはユリアだけが自分が自分であった証だった。かつて、1番目の魔女と呼ばれた自分が存在していた証なのだ。




 こうして世界は救われた。世界を揺るがしていた黒妖将は封印され、人間界と精霊界は落ち着きを取り戻した。

 命をかけて黒妖将を封印した魔女隊のことは、後世に語り継がれることになる。6人の魔女は封印により命を落とし、その知恵と術を受け継いだ至高の魔女は黒妖将と一騎打ちの勝利の後に姿を消したと。今もどこか、森の奥深くで、独り寂しく生きているのだと。

 そう、とても長い年月の中で、この話は伝説と化していく。果たして本当に至高の魔女などいたのだろうか。ただの人間が、召喚された子どもが、6人の魔女の知恵と術のすべてを手に入れることなど可能なのだろうか。もしかしたら、至高の魔女などどこにもいなかったのではないのだろうか。そんな噂が流れるようになった。

 それもそのはず。その事件以降、至高の魔女は表舞台に姿を出さなくなった。魔女の集会であるサドにも顔を出していない。誰に聞いても、どこにいるのかわからなかった。

 だからこそ、彼女の存在は伝説となった。

今ではその古き功績と存在を讃えられこう呼ばれている。



―――古の魔女―――


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