ジン・バーレンの受難
私、ジン・バーレンは、近頃とても困っている。
「ジン様、今日の菓子は実は私が作ったものですの。お口に合いますか?」
「……あぁ、」
うん、分かったよ。分かった。
お菓子作れることはよく分かった。しかも、上手だと思う。
でもさ、期待に満ちた、キラキラした顔されたら、毎日毎日おやつがボリューム多すぎるんですけど、というか、そんなに甘いもの好きじゃないんだよねとは言えない。
周りの侍女達よ、私が甘いもの好きじゃないの知っているだろう?いじめなのか?嫌われているのか?
幼い頃に、私は何故か前世の記憶を思い出した。
それは衝撃であった。
前世というものがあることは勿論、自分が今生きている世界とは全く違う世界に、それはそれは大きな衝撃をうけた。
なにより、前世の私は、女だったのだ。
それにより、前世の記憶を思い出して以来、私は自分が女という意識が芽生え、やがて強くなってしまった。
おそらく、前世の自分の意識と、今の自分の意識が、ぐちゃ混ぜになったのだと思う。
男でもあるし、女でもある心になってしまったのだ。
男であると同時に、男でない。女であると同時に、女でない。
妙に、アンバランスで、しっくりこない感覚は、一生続くのであろう。
しかし、そんな感覚など、慣れれば大した事ではない。
むしろ、前世を思い出してから、勉学により励めるよりになり、また、音楽の才能にも恵まれた為、幸運とも思えてしまうのだ。(前世の私は頭が良く、また音楽の専門的な技術を勉強していた。)
だが、私にとって、大きな壁となってしまったのは、恋愛だった。
男も、女も、どうしても恋愛として、異性として好きにはなれないのだ。
当たり前なのかもしれない。自分でも、男なのか女なのか分からないのだから。
相手を異性として意識しようとしても、男としての自分が男を拒否し、女としての自分が女を拒否してしまうのである。
おかげさまで、体は男であるのにも関わらず、今となっても、あの部分が興奮した状態になったことがない。どう考えても、不能になっている。
のらりくらりと結婚を避け続けていた。
幸運にも次男であるし、独り身でもいいじゃないかと、堂々と生きていたのがまずかったのか。
遂に、先月、私は結婚した。結婚させられた。嫌だと言ったが、私に拒否権は無かったようである。さすがに兄上の権力には、負けてしまうのだ。
そして、その結婚相手こそが、私の悩みの張本人である、ルーナ・シェトルである。
「本日のお茶は、ジン様の好みだと思いますわ。すっきりしていますし、優しい味でしょう?こないだ友人が紹介して下さったのです。このお茶は東の国が産地で、」
あははははは、どうしよう、この場から離れるタイミングがみえない。
聞いてるフリをして、ぼんやりと遠くを眺める。
はっきり言ってしまおう。
ルーナは、私のことが好きなのだ。
私は、見た目は端正だから、女性からとても好かれる。中身は、こんな感じなのにね。やっぱり、人間顔か、ちくしょう。
よく、美しいとか、麗しいとか言われるのだが、こっちからすれば、聞き飽きた。の一言である。うん、そんなの知ってるよってね。幼い頃から言われてるし、自分でも整ってるな~とたまに思うぐらいだ。
昔からなにかとお得であった容姿が、今回は仇となった。
シェトル家の方が貴族としての格が高く、断りきれなかった。
そして、結婚してからは、ひどくルーナにアピールされるし、長い時間このように拘束されてしまうのだ。
本当に困った。しかも、苦手なタイプだから余計困る。私は、そっと私を見守ってくれるような慎ましやさがあり、言葉にせずとも、態度や雰囲気で察してくれる利口な女性がタイプだ。
しかしルーナは違う。言葉で伝えなければ、全く伝わらない。(前に、わざと嫌そうに顔をしかめたのだが、全く気がつかれなかった。)しかも、すごくアピールしてくる。
かと言って、あんまり邪険にしても、何か問題になったら大変だし。
私は、ため息を出さないように意識した。
「ルーナ、」
「はい!」
目を輝かせながら、ルーナが私の言葉を待つ。まるで子犬のような、健気さがある。
うーん、悪い子ではないんだが、私には面倒なのだ。
「悪いが、これから仕事なんだ。」
「えっ、そ、そうですの…。いつお戻りに?」
「やらなければいけないことがあるから、城に泊まる。」
「そう、ですか…。」
「では、行ってくる。」
侍女や執事の咎めるような視線を無視し、私はその場を去った。
あの子、怖い。怖いよー。いつの間にか、屋敷の人間を味方につけてるんだよな、ははは、今じゃ私の味方いないんだけど。どうするよ、これ。