4.運営――人集め(前)
赤く染まったエンカルヴィの龍湖を捨て、白い龍が創った龍湖の周辺へ住居を建てる。
ディードを含め氏族の人数は33人。内女性は13人だ。
「氏族の運営はカザに一任する」
「はい。お任せください」
カザ達が生業としているのは畜産――養鶏と養豚だ。女性が養鶏を、男性が養豚を担当しているらしい。燻された肉を齧り、ディードは僅かに頬を綻ばせる。
「やっぱ美味いモン食うとやる気が出てくるな」
飢える心配がないと言うのは最高の贅沢だ。肉や卵の生産量も33人全員が食べていける分も余裕である。もう少し人数を増やしても問題無さそうだ。
「食糧の心配は今のところ問題ねぇが……どうすっかな」
飯の次は力だ。しかし、力を得るための土台が無い。武器がない、騎獣もいない、兵もいない。いっそ笑えてくるほど素寒貧だ。そうなると――。
「なぁ、カザ」
「やめましょう」
ディードの考えている事が分かっているかのように笑顔で釘を刺すカザ。
「一度でも龍に頼ってしまうと、氏族が育ちません」
龍は氏族の人数が100人未満だと外敵と戦ってくれる。だが、100人を1人でも超えると龍は手を貸してくれない。
この100人という数字。ディードの氏族の約三倍と言えば多そうに見えるが実際のところ大した違いはない。
人数が増えれば増える分だけ必要な資源が増える。それを賄うべく人手が取られる。そうなってくると下手をすれば現状よりも人手を自由に動かせなくなる。
100人は氏族盛衰の分水嶺と言える。つまりは一つの壁だ。これを超えなければ世界を捧げるどころか氏族の運営さえ危うくなる。
「龍の力は強大ですが、頼ってはいけないのです」
「……じゃあ、同盟とかは?」
「無理ですね」
これもカザは切って捨てる。
「そもそも我らと手を組もうとする輩は十中八九食糧を自給すらできない脆弱な氏族です。こちらにメリットがありません」
何かを育てる以外にも、狩りや採取といった方法で食糧を得ることは可能だ。そしてディードの氏族の強みは畜産――つまりは肉類。狩りで得られる食糧と被っているのだ。
普通の氏族であれば肉目当てに同盟を結ぶなどあり得ない。それに同盟を結ぶにあたり最重要とも言える懸念事項が存在する。
「それに、供物によってはこちらに害しか及ぼさない可能性もあります。正直な話ディード様がやられたように、同盟を結ぶよりも氏族を乗っ取った方が早いのです」
お互いの龍が求める供物。この世界における同盟が難しい理由の最たるものだ。
供物が一致しているのであればまだいい。だが、もしお互いの供物噛み合わなければ――それはただの枷でしかない。
「我らに残された選択肢は二つです。奪うか、呑み込むか」
現状維持を捨てると結局のところは他から持ってくるしかない。ディードは渋面を作るもその他の文句は口から出てこない。吐いたところでどうにもならないと本人がよく分かっていた。
「そんなに考え込まなくても大丈夫ですよ」
「気楽に言ってくれるじゃねえか」
「気楽ですから」
笑顔でそうのたまうカザ。
「もちろん無策ではありません。まぁ、僕に任せてくださいよ――はっきり申し上げますが、長の年季が違います」
「……」
反論など許さない。優男を装っているがとんでもない男のようだった。
だが、事この状況においては頼もしい言葉だ。そう思うことにしたのか、ディードは頷いてカザに全てを任せたのだった。
そして数ヵ月後には氏族の人数が約三倍に膨れ上がった様を見てディードが絶句するのは余談である。