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プロローグ

犬の心が見えたら。

犬は言葉を使いません。

心を覗けたと言っても会話は存在しません。

どうやったら、お互い理解しあえるか。

理解できれば、いったいどうなるのか。

プロローグ


 細かな格子にガラスがはめ込まれたドアには小さな木の看板がぶら下げてあった。

 その看板の上の方には(RUPAN)の文字と、その下に小さく(YM探偵事務所)と書いてある。

 この看板を裏返すと(準備中)と書かれているのだが、この小さな喫茶店の名前はこの看板以外どこにも書かれていない。

 気を付けていないとそこに喫茶店があることすら気付かず通り過ぎてしまいそうな、目立たないタバコ屋と隣り合わせの古い店だった。

 一人の青年が、そのドアの前に立ち止まると、注意深く辺りを見回しその中へ入っていった。

 少し暗めの店内には、通路をはさんで右手にカウンター、左には三つほどのテーブルの席がある。

 入ってきた青年をカウンターの中からマスターが、そしていちばん奥の暗がりからは大きなアイリッシュセッターが迎えてくれるのだった。

 濃い琥珀色のその犬はマスターの愛犬ホームズだ。

 「おや星さん、いらっしゃい」

 マスターは親しげに青年へ声をかけた。

 青年は星一ほし はじめ横須賀警察署刑事課の刑事だった。

 星刑事は少し真剣な表情で「中村さんは来ていませんか?」

 「ユキちゃんならもうすぐ来ると思うけど、何か用事?」

 星刑事は少し迷うそぶりを見せたが、マスターに打ち明けるように「由紀子さんに依頼したいことがあるんですよ」

 「依頼って、YM探偵事務所に?」

 「はい」

 それを聞いたマスターが少し緊張した表情に変わると「我々のルールは分かっているよね」意識して冷たい口調でそう言った。

 「もちろんですよ、私も仲間ですから」

 そのとき「よっぽど難しい事件みたいだね」いつの間にか隣のタバコ屋の主人、とめ子がルパンの入り口に立っていた。

 「とめさん立ち聞きかい」

 マスターの声を無視するように、とめ子は星刑事のカウンター席の隣に腰を下ろすと「仲間内で依頼だなんて、ちゃんと料金は払ってもらうからね」

 そう言うとめ子の前へマスターはだまってコーヒーを置くと「星さんはレモンティーだったよね」

 「お願いします」刑事の割には、この店のマスターやタバコ屋のとめ子には低姿勢だ。

 とめ子は、隣のタバコ屋とこの店の大家もしている、かれこれ七十にも手の届こうかと言う老婆であるが、いたって血色もよく目付きも鋭い。

 壁一枚隣のタバコ屋の奥に一人で住んでいた。

 その頃、中村由紀子はシベリアンハスキーのマサイを連れていつもの坂道を下っていた。

 由紀子が坂の途中にある小さな社の前に来ると、手を合わせてお願い事をした。

 『どうかルパンが開いていますように』と、開いていることなど百も承知していながら、そうお願いをしてまた坂を下っていった。

 由紀子の傍らのシベリアンハスキー、マサイはリードや鎖もなく、由紀子に寄り添うように歩いている。

 坂を下りきった角の電信柱の根元をマサイは臭いをかいでいる。

 由紀子はそんなマサイにお構い無しにさっさと歩いて行ってしまうが、マサイはこれも由紀子に置いて行かれても気にも留めずに臭いをかいでいる。

 しばらくすると、臭いの確認に満足したのか、右足を大きく上げ電柱にマーキングをし、由紀子を追いかけた。

 由紀子は、その先の最近開店したブティックのショーウインドウを眺めていた。

 少し大人っぽい秋物に由紀子は見とれていた。

 その後をマサイが通り過ぎていった。

 由紀子は今年十九歳、浪人中だ。

 両親には浪人中ルパンという喫茶店でウエイトレスのアルバイトをするということにしてある。

 マサイは先にルパンへ到着すると、前足でドアをひっかいた。

 「おや、来たみたいだね」とめ子は立ち上がるとドアを開けマサイを店の中へいれた「お前のご主人様はどこで道草食ってんだい?」

 マサイは店内を眺めると、店の中の様子と、星刑事の臭いのイメージを由紀子へ送った。

 ショウウインドウに映る物欲しそうな自分に気付くと、由紀子はため息をついてショウウインドウから離れた。

 そのとき、マサイからのイメージがユキこの頭の中へ届いた。

 『あら珍しい、星さんも来てるのね』次に星刑事の臭いだけのイメージをマサイが送ってきた。ルパンまで三十メートルほど手前である。

 その臭いのイメージに由紀子は少し緊張した。

 ルパンへ入るなり由紀子は「おはようございます、星さん私に用事ね、しかもかなり深刻な!」

 こう言いながら入ってくる由紀子を他の三人は不思議そうな顔もせずに迎えた。

 「ユキちゃんに依頼だって、自腹切って」マスターが星刑事のレモンティーを出しながら由紀子へ言った。

 「あら、かわいそうに、でもこれって星さんが決めたルールですからね仕方ないわね」

 「お願いします、今回はマスターととめ子さんにも協力してもらうかもしれません」

 星刑事は緊張した顔で、依頼内容を語りはじめた。

 「この事件は、殺人事件に発展する可能性があります、そして当然この依頼内容は極秘です」

 「でも」カウンターの中からマスターが口を挟んだ「一応確認しておくけど、我々の捜査内容は真実だとしても、証拠にはならない場合があるよ、そこのところは分かっているとは思うけど」

 「もちろんです」そう言うと星はレモンティーを一口すすり、話し始めた。

 由紀子とマサイは、互いの意思を通じ合わせることが出来る。

 この特殊な関係は由紀子が高校二年生の秋に始まる。

 しかし、本当の意味でマサイと由紀子の出会いを語ろうとすれば、それからさらに十二年の月日を遡らなければならない。

 それは、由紀子が幼稚園へ入園する年の春だった。

 横須賀の海を見晴らせる、物干し台でのおばあちゃんとのひなたぼっこからこの物語は始まる。



 

 

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