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伯爵家の菓子職人

深夜テンションで書き上げた。

「いーやーあー!!うえええええん」

 お嬢様が泣きじゃくる声は屋敷中に響き渡りそうだった。

「おと、おとぉさまのばかああああああ」

 子供特有の高い泣き声に、家庭教師の私だけではなく控えている侍女達も困惑している。

 お嬢様は一度泣き出すと暫くは止まらないからだ。

 尚且つ、泣いている理由が理由でこちらも何も言えない気持ちだったりする。


 お嬢様は、父上であるメルツァー伯爵様と母上である夫人と三人で領地にある湖へ遊びに行く約束が反故にされて泣いているのだ。

 伯爵は家族をそれはもう大事にしておられる。様々な事業の展開をしているために忙しい日々を送っているため食事と食後の団らんではお嬢様や奥様との時間を大切に過ごしてらっしゃる。

 時折自身の息抜きも兼ねて領地にある景色の良い、自然の多い場所に家族で遊びに行くのだ。

 明日が、その約束の日だった。

 これは正直言って伯爵様が悪いわけではない。王都からの急ぎの知らせが届き、緊急の対応が必要となったため、明日の予定が取り消しになった。

 伯爵も夫人もお嬢様に謝り、宥めようとしたのだがどうしても泣き止んでくれないのだ。

 泣き止んでも唇を尖らせて拗ねてしまい、誰の声にも耳を貸さない。

 大好きだけれども、一緒にいられない父親と母親との時間はお嬢様にとってそれは楽しみの一つなのだ。

 伯爵の事情も、お嬢様の気持ちも解る。お嬢様は賢い子であるから、きっと頭では仕方ないことだとわかっていても裏切られた気持ちでいっぱいなのだろう。

 だからこそ、私達は困っている。どんな言葉を言い募っても今のお嬢様には響かない。


 こういうときに、私は教師である自信を無くす。親ではないとはいえ、身近な大人として宥めて落ち着かせてあげることも出来ない。

 無力さにそっとため息を付きそうになるがお嬢様に聞かれるわけにはいけないのでかみ殺した。

 そこで扉の向こうからノックの音がした。

 振り向くと、先日この屋敷にやってきた小さな菓子職人が入ってくるところだった。

 ワゴンにお茶とお菓子を乗せて彼は「おやつの時間」にやってくる。

 お嬢様が泣き喚いている姿を見て驚いた彼だが、ワゴンを押していき、座って泣いているお嬢様の傍まで行くとお嬢様に目線を合わせた。

「お嬢様、おやつの時間ですよ」

 ふんわりと優しく笑う彼の声にお嬢様は顔を上げる。

「ふぅぅあ、ミケぇ、おとうさまが、おとうさまがぁ……」

 また泣き出すが、彼は笑顔を崩さずにお嬢様の手を取る。

「お聞きしましたよ。明日のことは、残念ですね。僕も腕を振るうことが出来なくて残念です。でもね、お嬢様。その代わり良いことを思いついたんですよ」

「いいこと?」

 お嬢様は拗ねたように言い、私達も首を傾げる。

「お夕飯は旦那様もお時間は取れるそうですから、お夕飯はお庭でとりませんか。予定していたものとは異なってしまいますが、ここのお庭は綺麗だし、ちょっと遠出した気分も味わえます。お食事の時間は早めになってしまいますがどうでしょう?今の季節は日が長く暖かいので少しだけ、ですが」

にこにこと笑うその笑顔と、言葉にお嬢様は唇を尖らせる。

「遠出は出来ませんが、その代わり次の予定ではうんと遊んでいただきましょう?旦那様も、お嬢様と遠出できなくてお嬢様のように泣きたいんです。だから、今日のお夕飯だけは特別に外で、ね」

 お嬢様のように泣きたい、という言葉で何人かが噴出しそうになっていた。声は出さないものの、肩が揺れている。

「おとうさまも、かなしいの?」

「えぇ。とっても悲しいんです。でも、旦那様は男性で、大人だから泣くことも不満を口にすることも出来ないのです」

「……」

 お嬢様はしょんぼりと肩を落とし、また泣きそうになる。

「わかった。ティアナも、がまんする。でも、お夕飯はミケの甘いものたべたい」

 その言葉を聞いて、彼は頷いた。

「良い子です、お嬢様。我慢できたご褒美に、取って置きのデザートを用意しますね」

「ほんと?」

「えぇ。でもその前に、おやつにしませんか?」

 そう言って、侍女たちがそそくさと整えたテーブルの方を彼は示す。

「今日は、お庭の房すぐりとカスタードソースのホットケーキですよ」

「ふわああああ」

 お嬢様は手で示された方にある、丸くて茶色い板状のケーキに黄色いソースと赤い実のソースがかかったものが入ったお皿を見て泣き腫らした目を大きく開けた。

「さぁ、召し上がれ」

 彼が声をかけると、お嬢様はおずおずとナイフとフォークで切り分けて食べる。

「ん~~~!ミケ!これ、おいしいの!あまいのとすっぱいのがとってもおいしいの!」

 一口一口進むたびにお嬢様の顔には先ほどまでの悲しみは無く、幸せがこぼれてきそうなほど満面の笑顔になった。

 それを見て、彼のお菓子は凄いなと思いつつ、しっかりお嬢様を宥めてしまったことにちょっとだけ嫉妬してしまう。

「ソレーユさん、冷めないうちにどうぞ」

 彼は私にも声をかけてくれる。

「ありがとう、いただくわ」

 丸い板のようなケーキにナイフを入れるととっても柔らかい。黄色いソースは甘く、赤いソースは酸っぱい。その対比は合わせることによって刺激的で、ケーキのふわふわ感も相まってついつい夢中になってしまう。

「おいしいわ、ミケ」

「ありがとうございます」

 ふんわりと彼は笑う。この笑顔と彼の作るお菓子は、きっと誰でも幸せにしてしまうんじゃないかと私は思う。



 その夜、住み込みで家庭教師をしている私と伯爵一家は庭園でも屋敷の中庭で夕食を頂いた。

 ゆっくりとかげり橙に染まる空に、巣へ帰る鳥たちの姿。

 昼間とは違う、夕方の空気を感じながらの食事は屋内のものと違ってお弁当のようだった。おそらく、彼が気を使って特別にそういう風に作ってもらったのだろう。

 ゆっくりと足を伸ばしてくる夕闇の中に染まる雲と輝き始める星たちが姿を見せ始めた頃には、お嬢様注文の甘いものである「スフレ」なる、フワフワで果物の香りがするお菓子もおなかに収まる。

 伯爵一家はその日の朝届いた知らせが嘘のように、穏やかに笑って過ごすことができた。

 その様子を、菓子職人のミケは満足そうに微笑んでいたのを私は見つけた。

主人公は住み込み家庭教師ソレーユ・アンブロウ。

どこからともなくやってきた菓子職人ミケと、メルツァー伯爵一家の物語。

気が向いたら続きます。

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