竜の縫いぐるみ
リードレント王国のお話です。ノリで出来上がってしまったので深く考えずお読みください。ふわふわもふもふは最高です。
「姫様、リードレントのユーリス王子から贈り物が届いておりますわ」
そう言って、モニカ姫の侍女は三つの箱を抱えてきた。
「あら?私の誕生日はまだ先なのに?……宴にはいらしていただけないのかしら」
モニカは首を傾げて呟いた。
箱を開けてみると、そこにはリードレントに多く生息するというクルト山羊の毛糸を使って編まれた柔らかな肩掛けと、色糸を使って模様を編みこんだひざ掛け、そしてかわいらしいボンボンがついた白い手袋があった。
「やぁん……」
姫がたまらず変な声をあげると
「ユーリス殿下なんてものを……」
「流石解っていらっしゃるというか」
「リードレントの王子、恐るべし」
と、部屋に控えていた侍女たちがざわついた。
何を隠そうモニカはこのクルト山羊が大好きである。
それは以前、リードレントへ留学したときのこと。現在婚約者であるユーリス王子に誘われて一緒に視察についていった時にクルト山羊を触らせてもらいそれからその大人しい気性と柔らかな毛並み、螺旋を描くその角が大好きになってしまった。それこそ顔面崩壊の域へ達する程に。
「はぁん、この手触り……たまらないわァ……」
ため息をつくその顔は最早デレデレである。
「姫様、こちらを」
無表情侍女がハンカチを差し出してきてモニカは我にかえる。
「いけないわ、せっかくの贈り物が」
どうやら口の端から涎が垂れかかっていた模様。その姿に侍女たちは生温い目を向けた。
肩掛けの下から手紙が出てきてモニカはそれを開いて読む。
内容は少し早めの誕生祝の言葉と、誕生祝の宴で会える事を楽しみにしている旨、そしてこの国がリードレントより早く冬が訪れるので贈った肩掛けやひざ掛け、手袋で風邪を引かないで欲しいということが書いてあった。
「あぁ、どうしましょう。私、ユーリス様を見て抱きつかない自信が無いわ」
肩掛けをぎゅっと抱きしめて頬ずりしながら言う。
その幸せそうなモニカ姫を見て、無表情が常の侍女でさえも口元を緩めたのだった。
モニカ姫は宝石や貴金属は人並みに好きなのだが、書物などで知識を蓄え実際に見て感じることの方に魅力を感じる。自国民には“変だけど良いお姫様”、“知的で美人な姫”という認識をされている。
が、隠しに隠していることが一つある。もふもふ、やわらか、ふわふわが大好きなのだ。クルト山羊のような動物だけでなく、縫いぐるみやふかふかのクッションなども大好きだ。
お陰で真面目についていったクルト地方への視察では、王子とその護衛の前でクルト山羊に抱きつきその柔らかな毛並みを歯止めがきかない状態で堪能してしまった。はっとしたときにはもう遅く、自分の護衛と侍女は膝をつき、ユーリス王子はやたらいい笑顔をしていたのをモニカははっきりと覚えている。
その時から、さり気なく『ふわふわもふもふの何か』を贈り物に紛れ込ませてくるユーリスの策略にまんまとハマってしまっている。
若干悔しい思いをするものの、どうしてもふわふわ・もふもふ・ふかふかの誘惑には逆らえない。端、というより侍女たちから見ていてユーリスを愛しているのかユーリスのもたらすふわもふを愛しているのか区別がつかない。勿論、モニカはふわもふ以外の要素でもユーリスを愛している。
しかしモニカは知らない。ユーリスの策略がまさか、ユーリスの従兄の親友である一介の針子からもたらされていることなど。贈り物に紛れ込ませてくるふわもふの縫いぐるみや小物がまさかすべてその針子が「こんなのどうよ」と差し出して「よし贈ろう」と即決されているものなど。
蛇足だが、モニカがこのとき受け取った肩掛けとひざ掛けは嫁いでからも使用された。手袋はボンボンが取れてしまうと、リボンつけられて嫁入り道具として娘に受け継がれたのだった。
* * * *
「その笑顔ですと、喜んでいただけたようですね」
彼はお忍びで自分の店へやってきた王子に言う。
「あぁ、おまえのお陰だなサディアス」
銀の王子は満足そうに笑っていた。
「ありがとうございます。腕によりをかけて作らせていただきましたからね」
サディアスと呼ばれた男は頷いた。
「喜びすぎて蕩けるどころか顔面崩壊だった」
「……それは、ようございました」
あんまりな言い様に彼は生温く笑う。それだけ喜んでもらえたのなら、職人として嬉しいことは無い。
「姫が褒めていた。温まると、まるで生きているクルト山羊そのものの柔らかさで編まれた模様や編みこみが素敵だ、と。手袋も飾りが気に入ったそうだ」
「気に入っていただけたようでよろしゅうございました。次はこれ(・・)でも贈ってみますか?
サディアスはそう言って手の中で遊ばせていたものを差し出した。
それは大き目の南瓜くらいの大きさをした、デフォルメをさせた竜の縫いぐるみであった。この世界、縫いぐるみと言えば簡素な布人形かデフォルメされた幻獣のものが多いが竜は資料も少ないので珍しい。
黒曜石の丸い瞳がくりくりとしており、鬣がふわふわで体は起毛の布で作られている。抱き心地もばっちりである。
「お前は姫を殺す気か?」
王子は声をあげて笑った。
「お嫌でしたら店に飾っておきますよ。あぁ、でも目は紫水晶のほうがよろしいですね。もう一体作って城へ届けましょうか」
「それはいい案だ。だが、二体頼む。目の色は紫と緑にしてくれ」
「姫の瞳は緑でしたか。解りました」
サディアスはふむ、と頷いて机の上にメモを残した。
「期限は姫の輿入りの前までだ」
「了解しました。ところで、殿下の婚礼衣装はちゃんと華やかなものになさりましたか?」
ふ、とサディアスはユーリスに聞く。
「心配せずとも勝手に派手にやってくれている。私はもっと静かで簡素なものが良かったのだが」
王子は肩をすくめた。
「いくらご自身が派手とは言え、静かで簡素など着飾らせる方としては断固として許せません。と、言うわけで殿下、頼まれていた次の夜会服はこれでいきましょう」
彼の差し出してきた絵にユーリスは眉をひそめた。
「派手すぎるだろう」
「いいえ、派手ではありません。あなた自身が魅力的になるという意味では寧ろ控えめな部類です。王宮の針子に任せたらこの倍倍以上に派手ですよ。大人しく着飾られていなさい」
「ではせめてこの飾りをはずs」
「そこをはずしたら何も残らないでしょうが!むしろ!主な飾りですよ?!」
王子の言葉を遮って言う。
「じゃぁこちr」
「そしたら全体的に釣り合いがとれんでしょうが!!」
「結局そのままではないか!派手すぎる!描き直せ!」
「はぁ?これが派手でしたら新しい侍従服の方が派手ですが?!王族が使用人より地味な格好してどうするんですー?」
サディアスが片眉をあげて挑発するように言うので流石のユーリスもいらっときた。
「そもそも着飾るという発想が正直無駄なのだ!と言うより何故私が着飾らねばならんのだ?!だったら騎士の礼服で出るぞ?!」
「騎士の礼服と同じくらいに押さえてるでしょうが!この我侭王子め!」
不敬罪と言っていい言葉が飛び出すがいつものことなのでユーリスも咎めることは無く口論が続く。
むしろ、この会話を聞いてしまったサディアスの弟子と店の会計係の肝が冷えていた。
さて、出来上がった二体の竜の縫いぐるみは姫の部屋を整える際にさり気なく置かれた。
ユーリスが彼女の部屋へ訪れたときには既に、姫の両腕には紫の瞳の竜と緑の瞳の竜が抱かれていた。でれでれの彼女を見て一瞬生温い顔になってしまったのは秘密である。
「ユーリス様、なんですの、なんですのなんですのなんですの?!この、この可愛い子たちは!!」
モニカは縫いぐるみを見た瞬間に鼻血を噴出していなかったのが不思議なくらいに興奮していた。
「あぁ、知り合いが特別に作ってくれたのだ。気に入ってくれたか?」
「わ、私にこの子達を下さるのですか?!」
興奮も最高潮である。
「無論そのために部屋に飾っておいたのだ」
「あ、あ、ありがとうございます!!ありがとうございます!愛しておりますわユーリス様っ!!」
縫いぐるみごとモニカに勢い良く抱きつかれたユーリスは、サディアスへの褒賞を上乗せすることにした。
【オマケ】
「君は、あいつのためによくやるね」
銀の髪に青玉の瞳を持つ、ユーリスに良く似た男が苦笑した。
「いい案もいいお金も貰ったからね。縫いぐるみは滅多に作らないからいい勉強になったよ。あ、これ君たちの分」
そう言って二体の竜を渡す。その目は勿論、夫婦の瞳の色と同じ瞳をしていた。
複雑な顔をして受け取った男が家に帰ってそれを妻に渡すと男の妻は「なにこれかわいいいいいいいいいいい」と笑み崩れながら抱きしめて離さないという事態に陥った。
後に王太子妃と公爵夫人から始まって貴族の女性たちの間で竜の縫いぐるみの話題が広まっていたが、サディアスは親友である公爵に聞かされるまで知らなかった。
洋裁店店主のサディアスと最後に出てきた公爵は学院小等部で同じクラスになってからずっと仲が良く、良く夜会服を頼んだりしている設定。ユーリスとは公爵とのつながりで中等部くらいで知り合ってからの仲なので割りと気さくに話をしています。サディアスの口調は体裁を整えているつもり。