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人形の夢

精巧な球体関節人形を作る人形師と、彼に出会った少年少女や、彼の人形に魅了された大人のお話。ツイッターで垂れ流したのに加筆修正しています。

 一人の人形師が居た。大切な人が見つかるまでの友として、大切なものを見つけるまでの友として、一人一人の心の穴を埋める人形を作る優しい人形師が。人形師の作る人形は、「おはよう」という彼の声で自我が生まれるという。彼の子らは、ただ一人のために生まれてくる。ただ一人に、夢を見せるため。




 天才と呼ばれる少年が居た。彼は成長するにつれ両親の不和の原因が自分であることを知り、憂鬱な気持ちで日々を過ごしていた。

 ある日、駅の場所を聞いてきた青年に出会う。彼は「いやぁ、考え事していたら通り過ぎたみたいで」と照れ笑いしていた。この町には友人を訪ねてきたようだ。

 お礼にと奢られたアイスクリームはとっても美味しくて、初めて何かを美味しいと思った気がして泣いてしまった。涙のわけを聞かれて思わず零してしまった事を思い出して、彼は苦笑したものだった。

 幼い彼が再び青年に出会ったとき、黒髪の美しい少女人形を渡された。

 誰にも見せてはいけないよ、知られてはいけないよ。この子は君だけの、大切な人だから――青年は言う。

 少年は人形にヘレンと名づけた。そして夢を見る。同じ年頃の、人間のようなヘレンと共に遊ぶ夢を。

 しかしある時にヘレンは見つかってしまい、妹に渡されてしまった。大切な人を奪われた彼はやがて家族を拒絶し始める。そんな時でさえ、ヘレンとの甘い夢の逢瀬は続けられていた。

 彼の妹は微笑しているはずのヘレンが、段々と泣いているように見えた。16になって初めて彼女は夢を見た。

 美しく、どこまでも続く寂しげな花畑で蝶のようにくるくると回るように何かを探すヘレン。足を止めて、輝くように笑った彼女の足元に起き上がるのは、見たことも無い優しい笑みで彼女に笑いかける兄であった。

 目覚めた妹はヘレンを抱きしめた。ごめんなさい、兄から貴方を奪ってしまってと呟きながら。兄の腕に戻ったヘレンはただ静かに微笑んだ。

 それから数年たって、彼はヘレンそっくりの女性と結婚することになる。


『私はあの人から、あの人の妹に奪われたわ。でも、私はあの人のもの。あの人の心の隙間を埋めるために私は生まれたの。綺麗な花畑で私達はいつも出会ったわ。あの人は私を、私はあの人を抱きしめた。

お別れなんてない。だって、あの人の大切な人と私はまるでそう、”同じもの”だから。』

――ヘレンの夢




   *   *   *   




 初め人形師はその以来を断ろうとした。気分が乗らない依頼は、最低な出来になるからだ。しかし依頼人の説得と、依頼人の娘への慰みとして人形を作ることにした。

 少女は病気だった。その部屋と窓の外が彼女の世界。その世界に、御伽噺のお姫様のような人形がやってきた。人形はミシェルと名づけられた。

 少女はミシェルにベッドを作ってもらった。昼は共に本を読み、夜はお互いベッドで眠る。空を飛ぶ鳥の話をしたり、窓から見える列車の話をしたり。

 ミシェルは人形だけれど、二人は姉妹のように、恋人のように時を過ごしてきた。甘く切ない幻想の時は、少女が寝台に崩れ落ち少女の腕からすり抜けた姫人形の指が欠けてしまったことで現実へと戻された。

 幾度と無く起きた発作だったが、少女は助からなかったのだ。

 嘆いた両親は、人形師のいいつけを守らず少女の思い出としてミシェルを部屋に残してしまった。欠けた指も大切に取ってあった。

 だが、最愛の娘を亡くした両親はその悲しみの果てにミシェルを手放すことにしてしまった。

 人形師はその事を、ある雑誌で知ることになる。オークションでの高額取引となった自分の人形が写真つきで載っていたのだ。

 可哀想な、哀れなミシェル。彼女は自分の“大切な人”と共に逝く事が出来なかったのだ。写真に載った可愛らしく微笑む人形が、泣いているように人形師は思えた。


『白い部屋の住人は、私を姫と呼んだわ。彼女の世界は私の世界よりも狭かったけれど、私は彼女と見る狭い部屋も、窓から見る空も嫌いじゃなかった。それは彼女が笑うから。

でも、彼女は二度と帰らざる旅路へと向かってしまった。置いていかないで、私の大切な人!ねぇ、私はどうすればいいの?』

――ミシェルの夢




   *   *   *   




 その才能を妬まれ苛められ、指を痛めた少女。

 大好きなピアノを弾きたいのに、私にはそれしかないのに、この指は動いてくれない。少女は泣きながら上手く動かない指を必死に動かす。両親に八つ当たりして家を飛び出た時、ある青年にぶつかった。その青年は泣きじゃくる少女の頭を撫でてくれた。

 君の力になってくれる子を連れてきてあげる――そして亜麻色の髪の人形を貰った。

 少女は人形にエリーゼと名づけた。かの有名な曲からだ。

 少女は夢を見た。動かない指をさすって「大丈夫、大丈夫だよ。貴女はまだ歌えるから」と愛しげに微笑んでくれる夢を。翌日から、少女は憑き物が落ちたかのように穏やかになり、嘆くこともなく八つ当たりすることなくリハビリの痛みと闘った。

 暫くしてその家に旋律は戻った。ぎこちないながらも鍵盤で音楽を奏でられる嬉しさに、少女は涙した。


『ねぇ、聞かせて貴女の音色。大丈夫、私が居るわ。辛いことも苦しいことも私に話して頂戴。ねぇ、貴女を彩る旋律は死んではいないわ。私には聞こえるのよ。そこのクラヴィア(ピアノ)も貴女を待っているわ。ほら、大丈夫。もっと聞かせて、貴女の音色を。優しい優しいその歌を。私はずっと待っているわ。』

――エリーゼの夢




   *   *   *   




 その少年は人を酷く怯えていた。全てが恐ろしかった。

 見たくも無い世界。そこかしこに散らばる黒いもの。家族も、自分も、他人も、世界に息づくもの全てが恐ろしく、光もあるというのに、その光さえ怯えた。

 外に出ることも怖かったけれど、親は少年がそう思っていることを知らないから送り出してくれる。

 ある時、急に大きな恐怖が襲ってきて少年が立ちすくんだときにある青年と出あった。怖い世界にいるのに、初めて怖さをあまり感じない人だった。

 青年は、敵を知るにはまず自分から、ね――と言って少年人形を彼に渡す。自分でありながら自分ではない人形は、何故だろうか全く怖くなかった。その人形はリヒトと名づけられる。

 鏡を見て、自分をはっきりと見つめた。何時以来だろうか。自分はまだ、子供で、それが何故怖かった?それから外を見て。穏やかなその景色に、初めて怖くないと思えた。彼は漸く歩き始める。

 夢の中で言われた、もう一人の自分の言葉を思い出しながら。


『君は、何が怖いんだい?みんなみんな怖い?そうだね、僕も怖いや。だって、僕はお父様と君しか知らないから。僕を見る君は綺麗だね。真っさらだよ。だから怖いんだね。

大丈夫、傷つくことは生きている証。さぁ行って。僕はお土産話を楽しみに待っているから』

――リヒトの夢




   *   *   *   




 その人形を目にしたとき、酷く心を奪われたと彼はいう。着飾った宝石姫の一人ははまるで自分を待っていたようだと錯覚すらした。

 ある場所で行われた展示会。様々な出展者の中でも注目をされていたのは滅多に表に出ない人形師と、最近名を聞くようになった宝飾職人の合同展示。息づくようなその人形達は多くの人間に息をつかせた。

 虚空を見つめながら微笑む姫、半眼で微睡む姫、棺の中で眠る姫。

 中でも微笑む姫に彼は一目惚れしてしまった。愛しい彼女を迎えに行こう、彼女を攫いに行こう。

 裏の家業では盗みをしている彼だったが、宝石姫の親に捕まってしまう。

 そんなに欲しいなら、堂々と僕に言って欲しかったかな――そういいながら、白いベールを被せた人形を差し出してきた人形の親に、彼は面食らったものだ。いいのかと問えば、この子が決めたことだからと返される。とは言うものの、彼はきちんと提示された金額を払うことになる。それは人形師だけの作品ではないからだ。

 彼の傍では、宝石姫が満足そうに笑っていた。


『あら、貴方が私の大切な人?お父様はね、酷いのよ。私と妹たちには”大切な人”をくださらなかったの。でも、そうね、私の大切な人は貴方だわ。きっとそうだと思うもの。だから早く迎えに来て頂戴、私の愛しい人。待っているわ。その腕で私を抱きしめて頂戴』

――ジュエル型アインの夢




   *   *   *   




 人の手で作られたものに、これほどまでのカタルシスを覚えたか。男は言う。

 この姫こそが私の望んだ娘、私は彼女を手に入れるために生まれたのよ。女は言う。

 眠る姫君、まどろむ姫君。彼女達の夢は彼らの為にあるのだろうか?

 私は、誰のために生きればいいの?人形姫達は無言で問うた。その言葉が届いたのだろうか。微笑むアインは花嫁となって“大切な人”を見つけた。

 微睡むツヴァイは自分に向けられた眼差しを思い出して、眠るドライは自分に向けられた眼差しの夢を見る。

 人形師は言う。彼女達が満足そうだし、対価を払ってお好きにどうぞ。男と女は苦笑した。


『お姉様は愛しい人を見つけたわ。私?私は微睡むだけよ。大切な人なんて居なくていい。あぁ、だけれど見つけてしまったわ。貴女は私にまるで傅くようだったわね。良いわ、連れて行って頂戴。私の微睡みの中にいらっしゃい。共に有りましょう?大切な貴女。』

――ジュエル型ツヴァイの夢


『私はずっとお父様の傍に居たいのに。お父様、貴方は私達を手放すために生んだのですね。解っています、お父様のために私は嫁ぐのです。この方は貴方に似ています。優しい瞳、優しい声。でもお父様と違うのは、そこはかとない闇を持っている所。この人こそが私の大切な人なのですね。』

――ジュエル型ドライの夢


ここにはありませんがかつて拍手お礼で出していた「人形の夢」という作品のシリーズでもあります。

ジュエル型のジュエルがドイツ語になっていないのは相方の宝飾職人が日本人で「(自分に)解りやすくしてね」ということで英語になりました。(どうでもいい話)

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