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魔術師と竜王・小話

リードレント王国のお話。時間としてはラクディス王からかなりの時が過ぎてます。因みに異世界トリップものでございます。本編書く前に小話が出来てる謎!

BL的な発言がちょこっとあるのでご注意を。

1.王妃と魔術師

「ルナ様、いい加減にしてください」

 流石に温厚なイオリも、抗議せざるを得なかった。

 その手に握られたもの。それはルナトリーゼが本を執筆するためのメモである。

「なんのことかしら、イオリ」

 にっこりとルナトリーゼは笑う。

「俺と陛下をそういう目で見ないで下さいと、いつも申し上げてますよね?」

 宰相だろうが国王だろうが平民だろうがなんであろうが、乱暴な物言いをする彼が丁寧な言葉を使っている。それは異様というものだった。しかしルナトリーゼは涼しい顔をして答えた。

「あら、いやだ。それに書かれているのがあなたと陛下の事と証明できて?」

「陛下は気づいておられないようですが、私は気づいてましたよ?」

 ルナトリーゼの言葉に、イオリはメモをぐしゃりと握りつぶす。

「貴女や貴女の侍女がこっそりメモを取ったり目を光らせていたのをね」

「やだ、気のせいよ」

「気のせい、ね……。じゃぁこれも気のせいとでも?」

 イオリはローブの下からあちらでいう文庫サイズの薄い本を取り出した。

 それを見て、ルナトリーゼは殊更嫣然と微笑んだ。

「作者はロンド・カリーナとなってますが、これ貴女の書いた作品ですね?主従の禁断の愛、主につかえる魔術師が忠誠以上の気持ちを抱くが気持ちを押し隠す。一方の主も魔術師に部下以上の気持ちを抱いたことを描きすれ違い、最終的には結ばれる話。つい最近はその関係を隠すために主が妻を娶り、三角関係になる続編が出たとか?」

 ニコニコと笑うイオリ。嫣然と微笑むルナトリーゼ。部屋の気温が下がっている。

「お読みになりましたの?」

「えぇ、まぁ一応」

「いかがでした?」

「物語としてはいいかもしれませんが、こう、途中でぞわぞわするエピソードがありましてね?」

 イオリと国王の会話がそのまま使われていたのだ。二人にとってはなんともない会話だが、小説のシュチュエーションにしてしまうと全く別の会話だ。

「偶然の一致でしょう」

「ルナトリーゼ様、まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言いましょう。この話の執筆を、いや。執筆の為に俺と陛下を観察するのはやめていただきたい」

イオリはあくまでシラをきる彼女に有無を言わせぬ口調で言う。ルナトリーゼは唇を尖らせる。

「観察くらい許してくれたっていいじゃない?そうでなければ読者の方々に申し訳ないわ?」

「ですがね、あなたたちの視線とっても痛いというか痒いと言うかぞわぞわするんですよ」

「見てるだけじゃない……っひどいわ、酷いわイオリ」

「酷くありません。これでもまだ寛大な方ですよ?」

「私に死ねというの?!陛下と貴方の雰囲気を見て萌え死ねというならそういたしますが!えぇ、いいでしょう。次はイオリとベスティア殿の本書いちゃうから!!」

「ルナトリーゼ様……」

イオリはがっくりと肩を落とした。よりによって魔術師団長か。

「やめてくれ、というのが聞こえませんでしたか?」

「えぇ、貴方を萌え対象としての観察はいたしません。その代わり、別の殿方を観察しますもの」

「……でもネタにする気でしょう」

「当たり前で……ぁ」

 ルナトリーゼはしまった、という風に顔をそらす。

「ちょっと陛下に夜の時間長くしてもらうよう頼んでおきますね。陛下ったら奥様に欲求不満を抱かせるなんて悪い人だなー」

「あら!陛下には可愛がって頂いてるわ。でもね、イオリ。それとこれとは別なのよ?」

うふふ、と妖艶に笑う。

「……」

「それにね、貴方と陛下がキスくらいならいいえ、それ以上でも私、許せるどころかもう……昇天しちゃうわ」

 うっとりと両の頬に手を当てる。

 駄目だこの王妃。イオリは仏像のような微笑で遠い目をしていた。

「陛下の手前我冗談でも言えませんでしたが、いい加減にしないと俺が貴女を抱きますよ?」

「やだ……寝取られね」

「オイ誰だ王妃に寝取られとか教えたやつ!エリィか、エリィ貴様か!!」

 肝心のエリィは今居ない。王妃の原稿を持って街に行っている。

「でも個人的にはイオリは陛下を――」

「冗談でもやめていただきたい!!」

ちらりと上目遣いをしてくる王妃に叫ぶ。

「解ってるわ、イオリ、あなたどう見ても受けだもの。誘い受けとか最終的にリバとか大歓迎よ?」

うっとりと見てくる王妃に、イオリは恐怖を抱く。

「だから!そういう対象として見るなと!!」

最早引け腰で叫んでいた。

「いいのよ、イオリ。貴女は陛下に忠誠を誓っている以上は私に手を出さないし、あなたの中でも私を抱くという選択肢は無いんでしょう?フフフフ……」

見透かされているのは知っていたし、確かに冗談だ。だがここまでいわれると腹が立つ。

しかし手出しが出来ないのもまた事実。

「くっ……かくなる上は焚書するしかないのかっ……」

「あら、そういう訳にも行かないでしょう?私の小説、意外にも人気ありますもの」

「知ってますよ!知ってますとも!王都の本屋で入荷しましたという札が並んでますからね!その度に元ネタとしては複雑ですよ!」

「もっと喜べばいいのに」

えー、と言う風に首を傾げる。

「アンタそれでも2児の親か!」

「えぇ、そうよ」

それが?という風に返される。

「兎に角、あまりネタ帖にメモしたり、邪な視線を送らないで下さい!」

「解ったわ、努力する努力をするわ」

王妃は真剣な顔で頷くが内容は真剣ではない。

「そこは極力努力していただきたい」

「もっと気づかれないようにするわ!乙女の妄想力を舐めないでよね?!」

イオリはもう匙を投げるしかなかった。完全なる敗北である。


* * *


2.発作と竜王

 王族の竜化に伴う発作は、始祖であるシリウス・フィオナ・リードレントから続く能力の代償だ。

 もう薄まってもいいほどに血が長く続いているリードレント王家。それでも王族の証が受け継がれる理由は、シリウスの祖母にあたるフィオナ・リードレントにあった。

彼女は古の、神々が地上に居たとされる頃の竜だ。まだ竜族が争い、それを止めた闇竜が血に狂ってしまった時代。彼女は闇竜に血を啜られたが生きていた。唯一、血を啜られても生きていた。それ故か、彼女もまた吸血の発作に苦しんだが夫がそれを支えたと言う。

だが、フィオナは竜であったから[竜化]はしない。シリウスもまた竜に近いため竜化はしなかった。竜化が起こったのはその数代も後。リードレントの王族の証、フィオナの血を継ぐ物の証である銀髪紫眼を持つものは魔法に匹敵する力を持つ代償として竜化と吸血の発作に苦しんでいる。

 クライドもまたその一人だった。

 意識がなく、人の血を啜るのだとクライドはイオリに教えたが正確には違う。

 人の意識は奥底では起きている。体の自由が[竜]の意識にもっていかれて自由にならないだけだ。

 だからこそ罪悪感がある。だから銀髪紫眼の王族は礼を言う。自分は生かされているのだと。

「好きなだけ飲みやがれ」

 イオリの声がする。その顔はこわばっているが、笑っていた。

 自分は彼の首筋に食らいつく。

「っぐ……いてぇなクソっ」

 イオリは痛みに声を上げていたが、奥歯を噛んで極力声を抑えるようにしている。

 深く噛み付き、血を啜る。甘い。魔力が溢れる血のなんと甘露なことだろう。体から隔離された意識だからか、体の感じる感覚がどこか人事のように解る。

「……っぁ……あっ……くっ……」

 イオリの声が聞こえる。血を啜られる感覚がどういうものかは解らないが、なんと甘い声だろう。

 背中に回されていた片腕に力が入っている。

「ぅぁ、っぐ……いい、加減に――あっ……しろっ」

 喘ぐイオリも可愛いものだと他人事に思った。だが、彼にまわした腕は自分の意思ではない。

 体が満足したのだろう、犬や猫のように傷口を舐めていた。

「ひゃ、や、やめっ、やめろっ」

イオリの声が変わる。

「っひゃははははやめろってマジ勘弁っひぃ!ひゃああああっははははは」

 くすぐったさに声を上げたのだろう。何故だろうか、さっきまでのイオリの声が良い。

 頭を撫でられている感覚がある。それが気に入ったのかイオリに甘えるように体を寄せた。

「クライドのクセに可愛いなぁオイ」

 意識があることを悔やんだのは、これが初めてだと思う。まさか男の自分が年の近い男に可愛いと言われるなど!恥ずかしくてたまらない。

 体はぎゅっとイオリに抱きつく。おかしい、ジョンのときはこんなに甘えただろうか。というかやめてくれ[竜]よ。これ以上は人として破綻しそうだ。そんな事を考えていると、意識が急に遠のいた。

 発作はイオリのおかげで三日で終わった。

「おはよう、陛下」

目を覚ますとイオリがいつものようににやっと笑う。

「……あぁ、おはよう」

「よしよし、体の状態も意識も戻ったか。これでお役ごめんだな。休暇もらっていいか?」

 イオリが前髪を掻き分けてくれる。

「あぁ。三日間は自由にしていい。ありがとう、イオリ」

「いいってことよ。約束だからな。侍女を呼んでくるわ」

「まて、怪我の具合はどうだ」

立ち上がったイオリに言うと、振り返って苦笑した。

「別段悪くはねぇよ。ちょっと頭がフラフラする程度だ。噛まれたところは治癒かけてるしな。ま、お互いゆっくり休もうや」

 その顔が、可愛いと頭を撫でてくれたときと同じ顔だったので、クライドは不覚にも真っ赤になってしまった。

「大丈夫か、オイ」

 熱くなった顔を覆ったクライドに、イオリは訝しんで聞く。

「あー、いや、大丈夫だ。すまない」

 そうか、と言ってイオリは踵を返して部屋を出て行った。

 

 まずい、これはまずい。


 クライドに限らず発作の起きた王族は、目覚めたときに自己嫌悪をする。それは血を与えてくれた人へ罪悪感、その発作がある自分への嫌悪感などだ。

 彼はこの時一番自己嫌悪に陥った。今まで血を与えてくれていた騎士へとは比べ物にならない。

 あれは私じゃない、私じゃない、と頭の中で思っていてもよく覚えている。

 イオリにまわした腕、甘えるしぐさ、そして傷跡を舐める……。布団の上で転がらなかっただけ僥倖であるが、彼の精神がこれまでに無いほどの衝撃を受けていて悶えも出来なかっただけともいう。

 これがまだ、神話時代の王族シェーナ・フィオス・リードレントのように完全に竜と化してしまえば自分ではないと割り切れただろうに……!中途半端に姿を残したまま竜化する自分をクライドは呪う勢いだった。

 これから先何度も起こる竜化の発作のたび、クライドはイオリに対する気持ちを整理することに必死になった。

 あれは男、あれは友人、信頼できる部下であり親友だ、私の気持ちにそれ以上は無い!!

 そんな葛藤も露知らずに笑いかけてくるので、クライドは本気で竜化の発作を憎く思ったのだった。



* * *


3.魔術師と結婚

「先生、結婚してください」

 王女は黒髪の魔術師に言う。

「……断る」

 子供相手でも魔術師の口調は変わらない。

「私絶対に先生のお嫁さんになるから!!」

「そういうセリフはあと十年経ったら言え。いや、十年経っても言うな」

 苦々しく魔術師は言う。

「二十七のオッサンつかまえて良く言う。もっと若いいい男捕まえろ。今日は授業も終わったから帰るぞ」

「いーやーでーすー!もうちょっとここに居てくださいー!」

 ローブをつかむ。

「離せ!俺は小児性愛者(ロリコン)じゃねぇ!」

「何をおっしゃっているのですか?!王侯貴族は幼い頃から許婚を決められるんですよ?!二十歳差なんてあって当たり前なんですよ?!」

「それはこっちの世界のやり方だ!俺個人は許婚もいらねぇし二十歳差は他人ならいいが自分はないわ!」

 王女をひきずって魔術師は歩く。転移魔法を使うべきかと考えたが、王女が転ぶのはいただけないと歩いている。

「そうだよ!ファティマ、お前まだ既成事実も作れないだろ!」

 バンっと扉を開けて入ってきたのは母親そっくりだが父の色を受け継いだ王子だった。

「マセガキどもめっ」

 魔術師は苦々しく呟いた。王子は今年で11歳、王女は8歳である。

「王子、そういう知識を持っていることは咎めねぇってか俺が教えたが軽々しく口にすんなと言ってるだろ」

「良いじゃないですか、先生。ここには三人しか居ませんよ?」

「侍女たちもいるだろうが!」

「やだなー、そのくらい流せる大人じゃなきゃ王族付の侍女になれないですよっていたいいたいいたいたい」

 魔術師が王子の頭を拳骨ではさんでぐりぐりと動かしたのだ。

「慎みを持てと!言っているんだ!それに別の授業中のお前が何故ここにいる!」

「いたいいたい!先生不敬罪ですよいたいいたいいたい」

 王子は悲鳴を上げるが魔術師は一向にやめない。

「躾ってのは不敬罪覚悟でやるもんなんだよ!」

「解りました!ごめんなさいー!」

 王子はさすがに頭への刺激が耐えられず涙目になっていた。

「解ればよろしい」

 魔術師はあたまぐりぐりを止めた。

「……うぅ、バカになったらイオリのせいだー」

「やだ、お兄さま。それはお兄さまがバカだったことに他ならないと思いますわ」

「イオリをかばうのはいいけど酷いよファティマ……」

 もうやだこの八歳児……とイオリは遠い目をした。

「あー、とりあえず聞きたいんだがな、レオン。何故お前がここに居る?」

「授業が早く終わったから先生に会いたくて」

 てへっというしぐさをする。イオリは不審の目を向けた。

「確かこの時間は歴史の授業だったなぁ?」

 授業の内容を思い出してにやぁ、とイオリは笑う。

「え、うん」

 意地の悪い笑みにレオン王子は一歩下がる。

「おかしいなぁ、レオン。歴史の授業はこんなに早く終わるものだったか?」

「今日は、特別にはやく終わりました!」

「んなワケあるかッ!!リードレント王族には最重要の授業じゃねぇか!おら、戻るぞ!」

 イオリはレオンの襟をつかんで扉に向かう。

「ファティマー、助けてー!イオリが君の部屋から逃げようとしているよ!」

「何を言ってるんだお前は」

 助けてといいながら妹を釣ろうとするなとイオリは言いたかった。

「お兄さま、少しは抵抗したらいかが?とはいえ逃がしませんっ」

 再びローブを引っ張られる。

「やめろ!引っ張るな!ああもうお前らホント王族か?!まったくもおおおおお!!!」

 そういいながらイオリは王女も巻き込んでレオンの部屋に転移した。レオンの部屋には困ったようにウロウロした老人が居た。

「ガジュルさん、お届けものです」

 まるで宅配便のようにレオンを差し出す。

「イオリ殿!王子様!……と王女様?」

 ガジュル老は最後に首を傾げる。

「せっかくだからいっしょに勉強していけ。俺は戻る」

 そう言ってイオリは再び転移した。

「あーん、イオリのばかぁ!私、諦めないから!」

 王女は逃げるように居なくなった魔術師に叫んだ。


「お前の子供はおかしい!どういう教育をしたらああなるんだ?!」

 あの後休憩してから護衛を交代したイオリは休憩中の王に文句を言った。

「レオンが逃げ出したのは知っているが……」

「それじゃねぇ、それも問題だがお前の娘はあの年で年上趣味なのか?あぁ?」

 渋い顔をして言う。

「ファティマが?」

「そうだ。結婚してくれと言われた」

「いいんじゃないか?」

 何の問題が?と王は首をかしげる。

「良くねぇよ。俺はロリコンじゃねぇ」

「小児性愛者でも私はイオリを愛しているよ」

ははは、と笑う。イオリは心底嫌そうに叫んだ。

「やめろ寒イボたったわ!!ロリコンでもホモでもねぇ!」

「王妃のおかげで同性愛疑惑はぬぐえていないようだがな」

 王はアッサリと言う。

「あれはもう病気だ!性癖だ!ほっとけ!」

「まぁ、否定はしない……最近やたら熱っぽく色々聞かれて私も辛い」

「アンタはいいだろ……ネタ提供だけなんだから。俺なんか『総受けですねわかります』なんて言われたんだぞ」

 王妃と王妃付きの侍女に真顔で言われたことを思い出す。

「総受け?」

「……王妃に聞け」

 意味が解らず聞き返す王に自分の口からは説明したくない。これ以上からかわれてたまるか、とイオリは思っていた。

 後日王妃から語られた「イオリは総受け」の意味を知ってクライドは深く納得したのであった。最も、それを言うと恐らくイオリは泣きたくなるだろうなと思い心と記憶の底にしまっておくことにしたのだった。

「まぁ、冗談はともかくファティマがなぁ」

「父親としては複雑だろ?」

 そうであってくれといわんばかりのセリフだった。

「複雑だが、お前のその力を王族として手に入れられるならそれも手かもしれん」

「子供はもっと大切にしろ?な?ファティマがあと七年たったらどうだ?俺は三十四だぞ?充分オッサンだぞ?」

「十五と三十四なら問題はないだろう。子供も産める年だしお前も衰えては無いだろうし」

 さらっと流す。

「あのな、王としてじゃなくて父親として話せよ」

というより、自分が何を言いたいか気づいてるならいい加減にしろとイオリは言いたい。

「ヘタなボンクラよりはいいと思うが」

「お前いい加減にしろ!」

だんっとイオリは思わず壁を叩いた。

「俺はロリコンじゃねぇし!そもそも結婚しようと思ってねぇし!」

「だがな、イオリ。ファティマのことは置いておいても、結婚しないと一生言われかねんぞ?」

「何がだよ」

「私に『身』も心も寵愛された魔術師だと。歴史に残っても知らんぞ」

イオリはさっと蒼くなる。それだけはごめん被りたい。

「あぁ、俺嫁探しするしかないのか」

イオリはがっくりと肩をおとした。

「という訳で、そこの机の上のものを持っていけ。お前に来た縁談の話だ」

と言ってソファの前にあるテーブルに詰まれた山を指す。

「……俺に縁談だと?」

「そうだ。取り込みたがっている輩は多い。それに一応、家柄などは無害そうで一利位はありそうなのを選んでおいた。暇なときにでも見ておけ」

「勘弁しろよ……」

と言いつつ山の一番上に手を出して開いて見た後、すぐに山の隣においていく。

「……そもそも、俺に貴族のお嬢様はあわねぇと思うの」

 山をひとつずつ削りながらイオリは言う。

「そうか?お前はなんだかんだと大切にしそうだが」

「貴族だったら自分の地位が親のおかげだと気づいてて慎ましやかだがそれなりに主張するけど仕事に口出ししない、自分をしっかり持った女がいい」

「理想が高すぎる」

クライドは呆れたように言う。

「顔も家柄も大事だが結局は性格だろ。後は価値観だ。価値観のあわねぇ女との結婚ほどクソなモンはねぇ」

「イオリ、君は既婚者だったのか?」

「俺じゃねぇよ。俺の両親だ」

 そっけなく言うが、そのそっけなさが逆に本気をうかがわせる。

「仲が悪かったのか」

「そんなもんじゃねぇ。憎み合い蔑み合いだ」

 両親の毎日の喧嘩と愚痴。八つ当たりに怯えたときもあった、スレた時もあった。殺したいほど憎んだこともあった。

 それでも、彼らが反面教師として立っていなければ気づかないこともあった。それを見つけることが出来たのは幸いだったかもしれない。だが、もう二度と会うことの出来ない存在だ。それはある意味救いでもある。イオリはふん、と鼻をならす。

「だから結婚しないと?」

「俺も俺で自己中だからな」

「じこちゅう?」

「自己中心的ってことだ。自分のことしか考えてねぇ」

 山を消費しては積み上げる。

「……それは本気で思ってるのか?」

 クライドは目を瞠った。どの口がそれを言う?俺の為だとか言いながら無関係の自分を助け、危険を冒したのはどこのどいつだと彼は思う。

「当たり前ぇだろ。それに今の立場で結婚するなら理想も釣りあがるってもんだ」

「それでもジョンは結婚してたが……」

「そりゃあのオッサンは俺ほど結婚や女に偏見があったわけじゃねぇし奥さんがイイ女なんだろ」

「しかしだな」

「あーもーアンタの寵愛受けた魔術師でいいわ俺。ホモでもなんでも好きなようにいえよチクショー」

 ついに山を全て移動させ、イオリは向かいのソファーに倒れこむ。

「そもそも結婚して何が楽しいんだよ。王族でもねぇのに結婚しない選択肢がないってのがおかしいだろー」

 行儀悪く二人かけのソファーにごろごろと転がる。

「人を愛するっていうのは悪くないぞ?」

「恋愛感情は別だろうが」

「お前は恋愛からもう冷めているのか……」

「ぇったりめえだろ。俺の両親は恋愛結婚して憎みあってんだ。冷めねぇ方がおかしいだろ」

クライドはそれもそうかと諦めのため息を吐いた。

「他人が好き勝手恋をするのは構わねぇ。幸せになるのもならねぇのも本人次第だし、お互い本気で将来を考えるなら応援してやるよ。でもそれを俺に言われてもな。愛せる自信もなければ愛される自信もねぇ。相手を尊重する意思が無い相手と結婚しても相手が不幸になるだけだし、こっちも邪魔なだけだ。だったら初めから拒絶しておくべきだろ」

「誠実だな」

「言い訳だよ」

 ふてくされたようにイオリは言う。

「だが、そんなお前に愛された女は幸せになれそうだな」

「愛す前提かよ。俺はそういう意味では愛せねぇっつってんだろ」

「どうだか」

 クライドは苦笑する。

「愛せねぇよ、愛したくねぇ」

 気持ちが悪い、と魔術師は言う。

 醜いイキモノになってまで人を愛したくない。

「そうか。難しいな」

「そ、人は難解な生き物なんだよ」

はは、と力なく笑う。

「だからお前は夜会などで受ける視線をことごとく無視しているのか」

なるほどなとクライドが言うと、イオリはきょとんとする。

「なんだって?」

「夜会で令嬢たちから秋波を送られてもお前、無視してるのはわざとなんだろう?」

クライドは首を傾げて言う。

「……俺にそんな視線きてたのか?何かやたら見られてる気はしたが、物珍しさだろ?」

 駄目だコイツ、ただの鈍感だった。クライドは思わず天を仰ぎ目頭をおさえてしまった。

「お前に恋する令嬢が哀れだ……」

「はぁあああ?!俺に恋するバカがいるのか?!」

「沢山居るぞ……」

「マジか。それは……時間の無駄なこって。俺にそんなことしてるんだったら他のいい男見つけたほうが何倍も有益だろうに」

「恋というものはそう簡単に割り切れんのだろう」

「命短し恋せよ乙女ってか?」

「なんだ、それは」

「命短し恋せよ乙女、紅き唇褪せぬ間に、熱き血潮の冷えぬ間に、明日の月日は無いものを~っていう歌があるんだよ」

 イオリは軽く歌ってみせる。その柔らかな音程が心地よい歌だった。

「恋や愛に興味ない割には良く知っている」

 クライドは微笑みながら言った。

「ほっとけ。俺の国では割と有名な曲だからな。それに一番しか知らねぇ」

 実際、フレーズは有名だが歌える人間は少ない。

 イオリにとって、その歌は苦い思い出とともにあるものだ。

 両親はお互いの気まずさから溝を深めるように仕事に打ち込み、イオリは祖父母の家に預けられていた。 祖父母は何かと優しく、その頃はまだイオリも可愛い子供であった。

 祖母が良く歌っていた歌。何度も聞いて、いっしょに歌っていた。イオリは祖父母が居なければ、今のようにはなっていないだろうと思っている。この頃与えられた優しさが自分が自分であるようにしてくれていると。

 祖父が病気で逝ってから、祖母は後を追うように亡くなった。イオリは祖母の最後を看取り、祖母は歌を口ずさんで亡くなったのだ。祖母の葬儀の時、自分はまたあの気持ちの悪い場所に戻らなくてはならないのかと辛く思い、どうして置いていってしまったのかと祖母に問いかけたかった。今では苦い思い出となった、幼い頃の記憶。

「はっ柄じゃねぇ」

感傷的になってしまい、思わず自嘲した。

「イオリ」

クライドは名前を呼ぶ。

「なんだよ」

「そんなお前を愛してるよ。私だけでなく、ルナも子供達も、お前を愛してる人は多い」

「……ありがてぇな、全く」

こっちの世界へ来てから自分は自分に一生懸命になれた。信頼と信用を寄せてくれた人々が居る。人を信じる事が出来なかったイオリにはもう、それで充分だった。

「アンタのその言葉だけで充分だわ」

イオリは泣きそうなのを誤魔化すように、顔をゆがませた。


「俺も、アンタたちを愛してるよ」


魔術師の言葉に、国王は深く笑んだ。




人物紹介的な。


イオリ

日本から異世界トリップしてきた、傍若無人なふるまいをする青年。しかしなんだかんだで面倒見が良く、好意をもつ人間と動物には優しい。

しかし基本は人嫌いであり、日本ではあまり親しい人間を作らなかった。


クライド

時のリードレント王。イオリの振る舞いを新鮮に感じている。腐った貴族をどう排除しようか考えていたところ、イオリに助けられる。しかしそれからが運の尽きであり、色々と頭を悩ませることに。それでもイオリは良い友人であると思っている。

民に評判が良い。二児の父。


ルナトリーゼ

クライドの妻。二児の母。彼女は他国から政略結婚で嫁いできたがクライドとはすこぶる仲が良い。

そして侍女のエリィは何を隠そう日本からトリップしてきた腐女子である。エリィがルナの侍女になってからルナが腐女子となり、薄い本みたいなものを国に居るときから出版、王妃になってからも執筆しさり気なく人気。


レオン

クライドとルナトリーゼの息子。長男。

ゆるふわな銀髪と紫眼をもつ可愛い男の子だが、性格は愛すべき馬鹿というギャップが城のお姉様方に人気。

イオリになつく。


ファティマ

クライドとルナトリーゼの娘。レオンの妹。

真っ直ぐの金髪と紫眼をもつ幼いながらも美しい少女だが毒舌。

イオリは初恋の人。


本編書けそうにないのでこちらに。

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