ひきこもりはミタ。
僕は今日もベッドの快感から逃れられずに昼まで惰眠をむさぼる。
ああ、幸せだ。
世間がせこせこ働いている時に、こうして家でゆっくり寝れていられるんだから。
「高志~、ご飯おいとくね」
「……」
僕は母親といつも口をきかない。
もし顔を合わせたらなにを言われるかわかったものじゃない。
うまい。
卵焼き、シャケ、おにぎり、梅干。単純な食材だけど、これだけあれば僕は満足だ。
本当に満足かは別だけど、今この瞬間だけは僕は充実している。
先のことや世間で起こっていることなど、僕のしったこっちゃない。
その夜、僕は冷や汗をかいて目を覚ました。
ベッド際のテーブルに置かれた時計をみると、まだ深夜二時だ。
僕はベッドから這い上がると、スリッパをつっかけてキッチンに音もなく歩んだ。
周りの人間と鉢合わせしたくないからだ。
キッチンの扉を開けて室内に入った。
その直後俺は全く動けなくなった。
キッチンに誰かいるのだ。
それも、全然知らない男が座っている。
だ、誰だ、こいつは。
俺が何も言えず立ち尽くしていると、40がらみと思われるさぶちゃんカットの中年の男は言った。
「今泥棒中なんだけど、腹へってね、食事しているところなんだ」
よくみるとテーブルの上にはカップラーメンが置かれている。白い煙が立ち上り、室内にはをあの独特の食欲を誘う匂いが充満している。
「うまいねーこれ、おじさん大好きなんだよ。
○ッシンのカップラーメンは本当おいしい。家でもよく食べるんだ」
気さくに話してくるおじさん。
でも食べながらも、その視線はいてつくほど冷たく鋭い。
「親にいいにいってもいいんだよ」
「あ、う……」
「ただし、親も一緒に殺しちゃうけどね」
俺は絶句した。完全にこの一言で、親を呼ぶタイミングを失った。
おじさんは最後のラーメンをつるつるっと口に吸い込むと言った。
「じゃあいこうか」
「へ? 」
「おじさんはね、顔を見られた相手は殺すことにしているんだ」
と一言いうがはやいか、一足飛びで僕の後ろに回り口に何かを巻きつけた。
ぼ、ぼく、殺されるの?
「なあに痛くはしないよ」
僕は目隠しもされて静かにおじさんに連れて行かれた。その手際は見事なもので、音一つたてることもなく玄関を出て、どこかへ僕を連れて行く。
家族は全く起きてこなかった。
外に出てもこの辺りは人気がないので、誰も僕を見つけてくれないだろう。
このままこのおじさんに殺されてしまうんだろうか……?
車でがたがた揺られてどこかへ運ばれる途中、僕は恐怖していた。
あのおじさんは、異常だ。
泥棒にはいっているのに、あのふてぶてしい態度がとれるところも、軽快な口調も、まさに狂人のなせる業だ。
何でこんな人間によりによって家で出くわしたんだろう。
これなら、家族と顔あわせるほうが数倍、
いや、数百倍ましだよ。
僕は情けない気持ちと、家族がどれだけ僕に対して優しく温かい存在であるかを実感し、今ある絶望に涙していた。
しばらくして、トランクに伝わる車体の振動が収まった。
彼のアジトに着いたのだろうか?
考えていると、思ったとおりトランクがふいに開いた。
「さぁいこうか」
おじさんは僕を立たせると猿轡だけ外した。
僕はそれを最後の機会だと思って、だめだとわかっていたが、命乞いの言葉を吐いてみる。
「ゆ、ゆるして……」
恐怖のあまりのどがつかえて声が出にくかったが、なんとかそれを押し出した。
「た、たすけて」
「大丈夫、おじさんは、痛くしないから、すぐだよ」
その淡々とした語りは返って僕の恐怖心を煽り立てた。
「ほら、こい! 」
右手を引っ張られて、僕はどこかに連れて行かれる。
もうだめだ。
僕の人生終わりだ。
足を運ぶ先から、何かの機械音が聞こえてくる。
ま、まさか、旋盤かなにかで、僕をばらばらにするきじゃ!
僕は死ぬんだ。
何処の馬の骨とも分からない男にこのまま殺されるんだ。
誰か助けて!
重い金属の扉がきしむ音がむなしく響く。
「さぁ、着いたぞ」
俺は目隠しをぐいっと剥ぎ取られる。
そして、そこでみた風景に愕然とした。
「母さん、父さん! 」
「高志、驚いたかい? 」
俺のすぐ隣にはあのおじさんがニコニコ笑って突っ立っている。
「騙してごめんよ、君をここへ連れ出すには、こうするしかなかったんだ」
――――俺は母と父に騙されたのだった。
いつまでもひきこもっていて、外に出ようとしない。これでは仕事につくこともできないだろう。それを悲観した父母は、ある日、このおじさんの工場で僕を雇ってもらおうと考えた。
しかし、僕はひきもりだから、そう簡単にこの工場に連れてきておじさんと引き合わせることはできないだろうと考え、今回の強引な方法をとったのだった。
やり方はきたなかった。
最初は憤りを感じて、誰が行くもんかとおもった。
「岡山君! これの加工お願いね! 」
だけど、案外仕事は楽しい。
金属加工の仕事だが、旋盤をつかったり、バーナーで焼ききったり、案外こう言う仕事は向いているみたいだ。
それに……
「岡山君……あ、今人いないか、たかちゃん、
仕事終わったら、一緒に飲みにいこうよ! 」
「うん、いいよ」
と、小声で返して、彼女のほっそりとした肩に触れる。
僕にはもったいないくらい明るく優しい同じ職場の彼女。
付き合い始めてもう3ヶ月になる。
家に篭っていたあの時には彼女ができるなんて想像もできなかったなあ。
今となっては、父母が僕を騙してここへつれてきてくれた事に感謝している。
とにかく、僕は今、幸せです!