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side Hajime part2

こんばんわ、白カカオです。少しアクシデントがあり更新が遅れました。もっと早くお見せできる予定だったんですが…。

 次の日、総合病院の霊安室に「ヒロを除いた」いつもの面子で向かった。そこに先に来ていたヒロは、顔に白い布が掛かっていた。

「ヒロ…本当に死んでるんだよな…」

 思わずそんな馬鹿げた事を聞かなくてはいけない位、ヒロの寝顔は綺麗だった。

「あぁ…もう…ヒロは動かねぇんだよ、ハジメ…俺もまだ信じられねぇけど…」

 ヘイタが言葉に詰まりながら、俺のしょうもない質問に律儀に答えてくれる。その声は、ヘイタの物とは思えない位掠れていたが。

 聞いた話によると、ヒロの死因は頭蓋骨骨折による脳挫傷だった。バイト中に酔っ払いに絡まれたヒロは、他の客や同じく入っていたバイトの女の子の迷惑にならないように外に出たそうだ。そして口論の末、その酔っ払いは車道側にヒロを突き飛ばし、運悪くそこに大型トラックが突っ込んできたらしい。その酔っ払いは何かを喚き散らした後逃げ出したが、すぐに逮捕されたと言う話だ。

「ったく、ヒロらしいよ…」

 そう零した言葉は誰の反応を待つでもなくひんやりした空間に消えていった。腐敗防止の為か強風にかけられたクーラーの音だけが、やけに耳障りだった。

 春花は、一言も口をきかなかった。




「ヒカルぅ?ちょっと今日暗くない?」

 意識はなくても、人は惰性で職場に辿り着けるらしい。今日は客を呼ぶ気がない俺は、キョウイチさんのヘルプについている。仕事に私情を持ち込みたくないから、表面上だけでもピエロを演じれるように努める。しかしキョウイチさんのお客さん、ミレイさんの言葉から察すると、それもどうやらボロボロだったらしい。

「そんなことないッスよー。アレやりましょうよ、いつものアレ」

 ミレイさんが来ると、毎回やっていたゲームを提案する。とりあえず、これならミレイさんも喜んでくれるだろう。

「おいヒカル、それは今さっきやっただろ。酔っ払ってんのか?」

 キョウイチさんが笑いながら助け舟を出してくれる。が、あの目だけ笑っていない表情は、確実に逆鱗に触れた時の表情だ。

『担当に迷惑を掛けるヘルプは、いない方がましだ』

 キョウイチさんがミーティングの度に口酸っぱく言っている言葉だ。俺もそう思う。そして今日の俺の出来は最低だ。

「まだまだ全然余裕ッスよ。でもちょっと失礼しますね」

 おどけながら席を立つ。キョウイチさんのテーブルには、もう一人ヘルプがいるから大丈夫だろう。トイレに入り、気持ち悪くも無いのに酒を吐き出す。吐く時に喉を切ってしまったのか多少血が混じっていた気がするが、そんなことはどうでもいい。周りの声が全く頭に入ってこない。何があったのかすら記憶に残らない。ヒロが死んだということが、理解出来ない。

「おい、ヒカル。いるんだろ?ちょっと出て来いよ」

 乱暴に扉を叩く音が聞こえる。案の定、キョウイチさんが切れているらしい。力なく扉を開けると、いきなり胸倉を掴まれた。

「おい、お前寝ぼけてんのか?それともナンバー常連に入って日和ってんのか?」

 俺の鼻先で、キョウイチさんが静かに恫喝する。この人は決して感情に任せて怒鳴り散らしたりしない。ただ、何年ものキャリアからの威圧感だけでびびるに値するのだが、それすら頭に入ってこない。

「お前、営業前にミレイが来るから着けって言ったら、了承したよな?なんだあの腑抜けたザマは。ミレイも久しぶりにお前がヘルプつくって喜んでたんだぞ?」

 あぁ、それは悪いことしたなと、キョウイチさんの眉間の皺を見ながらぼんやり考えていた。

「…もういい。お前は外すから一旦席に戻れ」

 俺を突き飛ばすと、キョウイチさんはテーブルに戻っていた。普段の俺なら逆に切れ返すところなのだが、そんな気力は今はない。力なくテーブルに戻ると、間もなく俺を外す声が背後からかかった。





「どうしたの?珍しいじゃない、ヒカルが店に私を呼ぶなんて」

 仕事にならない、しかし店にはいなければいけない。そんな状況で、俺は苦渋の決断として普段は店に来させず、店を介せずに金を直接貰う、通称裏っ引きとして使っているヤヨイを店に呼んだ。この女は隣に俺がいるだけで満足してくれる、実に使い勝手のいい女だ。だからこそ、こういうときに呼んだのだが。

「別に…なんでもねぇよ。とりあえず、ビール五セット」

「ホント…何かあった?」

「うるせぇよ。今日はただ飲みたい気分なんだよ」

「普段はビールなんか飲まないくせに…」

「あっ?」

「ごめんなさい…」

 ボーイが、瓶ビールの小瓶を十本、五セット分運んでくる。テーブルの上はそれだけで埋め尽くされた。

「…お前は、ショウと話してろよ」

 ショウは俺の変化に気づいているのか、ヤヨイと二人で盛り上がれるよう上手く話を持っていってくれる。

 そういえば、ヤヨイもあの時ヒロについて貰ったんだな…。

 例の周年イベントの時…右も左もわからないヒロに一番最初につけさせたのが、ヤヨイだった。俺の親友だからというだけで、無条件でヒロに手ほどきしていたヤヨイを、隣で眺めていたのを今でも覚えている。今目の前にいるショウ程上手くないが、一所懸命にヤヨイと会話するヒロに、ヤヨイも好感を持ってくれていた。しかし、今目の前にいるのはヒロではない。ヒロは、目の前どころかこの世から居なくなってしまった…。

「ビール、もう三セット追加」

 涙目になりそうなのを煙草の煙で誤魔化し、更にビールを追加した。そしていつの間にか、視界が暗転していった。




「…さん、ヒカルさん」

 暗い世界で、俺を呼ぶ声がした。

「おい、ヒカル」

 別の声ではっきりそう聞こえると、いきなり水をかけられた。

「ちょっと、キョウイチさん?落ち着いてください」

「うるせぇ。ムカつくんだよ。この幸せに寝てるこの馬鹿がよぉ」

 頭の傍で、ショウとキョウイチさんの言い争う声が聞こえる。俺は、いつの間にか横になっていたようだ。

「ショウ、キョウイチさん…すみません、今何時っスか?」

 上手く回らない頭を上げると、店の中は煌びやかな照明を落とし薄暗くなっていた。

「二時前だ。営業時間中に三時間も寝やがってこの馬鹿野郎が」

 キョウイチさんは、少し落ち着いたのかさっきまでの棘が無くなっていた。

「キョウイチさん…さっきは、ホントすみません。ミレイさんにも、今度謝らせてください…」

「そのことは何とかなったからいいんだよ。何か、あったか?」

 今度は、諭すように俺に話しかける。

「すみません…私情なんで、大丈夫っス…」

「馬鹿野郎。どんだけお前の世話見てきたと思ってんだ。お前は、俺が信頼出来るまで育て上げたホストだ。そのお前が、あんななるなんてよっぽどのことだろ?話せ。ショウ、ちょっと席外してくれるか?」

「あっ、はい…」

 尊敬して、憧れてきて、やっと肩を並べれる存在になったキョウイチさんの言葉に、不覚にも涙が出そうになる。まだ酒が残っているのか、情緒不安定になっているのかもしれない。

「あっ、いいっスよ。ショウも、俺の可愛い後輩っスから」

「ヒカルさん…俺も、話を聞くこと位は出来るっスから…」

「実は、昨日…昨日…」

 嗚咽で声が喉に詰まり、上手く外に出てきてくれない。ショウの腕時計の秒針の音が、音楽を切った店内に響く。

「親友が…親友が、事故で…死んっ…死んだんス…」

 二人が、黙って俺の独白を聞いてくれる。言葉に出し、自覚してしまった事実に、堰を切ったように限界を超えた思いが次々と吐き出されていく。

「親友だったんス…ずっと、ずっと、一緒にいて…そのヒロが…昨日…」

「ヒロって、去年イベントに連れて来たヒロさんッスか?」

「あぁ、あのちっこい子か。お前のあんなガキみたいな笑い顔、初めてみたから覚えてるよ」

「あっ…あぁ…」

 嬉しかった。俺達の他にも、俺がつけたダサい仲良しグループの名前、チーム「H」の他にも、ヒロの事を覚えていてくれたことが嬉しかった。勿論ヒロの職場の人とか親戚の人とかも覚えているだろうが、俺の世界にもヒロを覚えていてくれた人がいたことが嬉しかった。ヒロがこの世界にいたことの証明になるようで、嬉しかった。ただ、そのヒロがもういないことだけが悲しかった。

「先週だって…あいつの部屋で一緒に飲んで…でも、もうあいつの声が二度と聞けなくて…もう、あいつの笑ってる顔が見れないなんて…ヒロと、もう会えないなんて…こんな…こんな話…」

 もう、声を出して泣いていた。言葉にならない想いが、でも涙になって止まらなくて、俺はただただ子供のように大声を上げて泣いていた。

書いている途中に、昔を思い出してちょっと私も涙が出てきた今日この頃です。まぁ皆さんの予想通りのアレだと思いますが。あと、ホストの世界って誤解されがちですが、意外と仲間意識は強いです。たしかに悪いイメージ通りのクラブも少なくありませんが、いいお店もちゃんとあります。もしかしたら、仕事の辛さ共有してきたからこその連帯感かもしれませんが。これを読んでいただいている方の、水商売に対する偏見が、少しでも緩和されたらいいなとかちょっと考えちゃってます。では、また来週。

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