58.夜明けの月に誓って
--- 2:00 am ---
「退院祝い」と言う名の宴会は盛況のうちに幕を閉じ、栗木家には再び静寂が訪れていた。
僕は片付け終わったマコさんの家の居間にいて、窓からまん丸で大きな月が中天を横切るのをソファの上でのんびりと眺めている。
隣にはマコさんが僕の肩に頭をもたれかけ素敵な微笑みを浮かべている。(それは深夜にふさわしい素敵な趣きを伴っている)
テーブルを挟んだ向かいには彼女の父・武さんが揃いのソファに腰掛けている。彼もまた同様に窓から覗く月を眺めている。
部屋の明かりは消えているが、窓から差し込む月明かりは必要十分に居間を照らしていた。
「お父さん、話ってなあに?」 ふうふうと酔い覚ましの紅茶を冷ましながらマコさんが口を開いた。
(武さんは宴会に訪れた人々が帰る時、僕に泊まっていくようにと引き止めたのだ)
-Imitacao- Marcia Lopes
小さな音量で流れる優しいボサノバ調のバラードは深夜によく馴染んでいた。
武さんが窓に向けていた顔をマコさんに向け、その後で僕を見た。
「た、タロさん」 彼はただでさえ細い目をさらに細めて僕を見つめて話し始める。
(あるいは彼は僕の後ろの壁にかかった紫陽花の絵を眺めていたのかもしれない。だが、もちろん彼は僕を見ていたのだ。大切な話をするために)
「ま、マコが帰ってきた。あ、あ、あなたのおかげだ」 武さんはつっかえながらそう言うと、マコさんが差し出す紅茶を一口飲んだ。
「そ、それから」 そこで彼はどう口にしたものか考えあぐねていたがようやく言葉を紡いだ。
「君のお父様のおかげでもある」
そうして武さんが話してくれたのは、次のようなことだった。
マコさんを探して僕があちら側(世界の果て)へ彷徨っていたあの数日間の間に、武さんの夢枕はにぎやかなことになっていたらしい。
奇跡のネコ・エレーンが訪れては僕とマコさんの近況を語り、森の長老が訪れては近況を語りつつにぼしをねだり、なぜかセアンも訪れては意味不明な外国語を語り、最後に”鷹”が訪れたのだ。
”鷹”は武さんの部屋の天井でしばらく羽ばたいた後、僕の父の姿に戻って枕元に正座をしたという。
『始めまして栗木武さん。私は幸一の父です。このような形で現れる事をどうか許して頂きたい。なにぶん幸一が小さい頃に天に昇ってしまったものでして。
さて、今日お邪魔しましたのは他でもないマコさんのことなのです。どうやらマコさんと幸一は結ばれる運命にあるらしい。どうか武さん、二人を信じて見守ってほしいのです』
こちらこそよろしく、と武さんは頭を下げた。そして再び頭を上げると、僕の父は枕元から消えていたそうだ。チェロの音色と共に。
「だ、だからタロさん。ま、ま、マコをよろしく頼むよ」 そういうと武さんは器用にウインクをして見せた。
「こちらこそです。お義父さん、どうぞよろしくお願いします」
「お父さん、ありがとう」 僕が背筋を伸ばして武さんに頭を下げると続いてマコさんも同じように頭をさげた。
僕らはそうして幸せになることにしたのだ。
窓から見守る夜明けの月に誓って。