53.次元旅行~宇宙の果て~
ロウソクの灯りが暗闇を淡く照らす。
しゃかしゃかしゃか・・・・・
その物音は、少しずつ暗闇の向こうからこちらに響いて、僕らの目の前に姿を現した。
”暖炉”の向こうに現れたのは、銀色に鈍く光り輝く大きな”ムカデ”だった。
ムカデはその無数の足をなめらかに踏みしめ、巨大なトンネルを音もなく駆け、僕の目の前でしなやかに動きを留めたのだ。
しゅーしゅーと関節の節々から煙が立ち込める。(辺りは霧にたなびいている)
『”宇宙の口”~”宇宙の口”~・・・当列車は”宇宙の果て”に向かいます。ご乗車のお客様はお乗り過ごしのないよう、お急ぎ願いまーす!』
ムカデの頭に乗っていた小さなカブトムシが僕達に向かってアナウンスを繰り返していた。(カブトムシは切れ込みの鋭い手足でしっかりとムカデの頭を掴んでいる)
ウサギの王様がゆったりとカブトムシに近づき、懐から三枚の四角い紙切れを取り出した。
『チケットだ。客人をよろしく頼む』 王様がそう言ってお辞儀をすると、カブトムシは恐縮して羽をぶんぶんと鳴らせた。
『お、王様!なんという光栄!』 カブトムシは黒光りするその頬をぽっと茶色く染めると這い蹲るようにひれ伏した。
『顔を上げておくれよ』 よしよしとカブトムシのツノをつまんで王様が労うと、彼は感動に身をよじって喜んでいた。
(ぶぶぶっとカブトムシが黄金の羽を振るわせるのを僕らは見守った)
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『客人様のご乗車を確認いたしました。皆様、道中ごゆるりとお寛ぎくださいませ。・・・それでは”宇宙の口”を出発いたします!』
カブトムシは教えてくれた。
彼はこの”列車”(移動式高速ムカデ)の車掌さんなのだと。
王様が”列車”に客人様を乗せるのは非常に珍しいことらしい。
(鷹でさえ『知らなかった』と言ったのだ)
”ムカデの列車” その内部はしっかりとした客室としてあつらわれていた。
ビロードのカーテンは出入り口や座席付近を格調高く飾られており、時折宝石のかけらが散りばめられている。
僕とセアンはわくわくした表情で車窓を流れる風景に目を奪われていた。
(鷹は目を大きく見開いて頭をくるくると廻していた)
車掌さん(カブトムシ)が解説を加える。
『只今、列車は宇宙の”口”を出発し”食道”を通過中でございます』
「食道?」 僕は思わず聞き返した。
「こちらの世界に入ってからずっと気になっていたんだけど、これってまるで・・・人体そのものに見えるよ」
そうなのだ。”真の世界”(検閲者の語るところの)なるこちらの世界が人体そのものを現しているように思えてならないのだ。
『その通りです』 と車掌が大きく頷いた。
『タロさんもお鷹様も、もう既に気付いていらっしゃるはずですよ』
車掌の言葉を受けて、胸の奥から何かがじんわりと温まるのを、僕は感じた。
「そういうことなんですね? 宇宙全体も、星も、人も、おそらくはアメーバですら、細胞レベルで世界を共有している。”世界”とは命そのものなんですね。」
あぁ、そんな単純な事なのか、と僕は納得したのだ。
もっとずっと昔に、僕はもう気が付いていたのだ。 それはとても単純すぎて、それ故に理解できずにいたのだろう。
結局のところ、と僕は思う。全てが一つの”命”なのだ。
だからこそ、命は等しくかけがえがないのだ。
「宇宙は真の世界を体現し、宇宙が様々な世界を内包し、世界に含まれる全ての”命”には”宇宙”が体現されている」
鷹が僕の想いを言葉にすると、車掌が嬉しそうににっこりと笑った。
『やはりあなた方は特別だ。検閲者が認めただけのことはある』
車掌に褒められて僕はくすぐったいような気持ちになった。
(セアンだけが首を捻っていた)
『タロさん、あなたの目的はなんでしたかな』
車掌がそうささやいたのは列車がトンネルを抜け、とても大きな空間に出たところだった。
-宇宙の”胃”- と描かれた看板が目の前を通過する。
『わたしは検閲者から指示されておりました。タロさんが真理を理解した時、旅は終着するのです』
車掌はとても優しい微笑みを浮かべて僕を見つめた。
(鷹も僕を見つめていた)
僕は一度瞳を閉じて深呼吸をすると、ゆっくりと後ろを振り向いた。
旅の終着を迎えるために。