52.次元旅行~宇宙の口の王様~
王様の背後からパタパタと耳を揺らしてあのウサちゃんが顔を覗かせた。
『改めて紹介するわ。お父様、彼がタロさんよ、そして彼がセアン、そしてこの方は・・・』
ウサちゃんの紹介を受けて鷹がお辞儀をすると、王様は顔をほころばせて両手を広げた。
『おぉ、”お鷹様”ではないか!随分と久しいなあ』
王様の頭に載せられた金色の王冠が嬉しげに弾み、太くてふわふわしたしっぽに飾られたプラチナのアンクレットは優雅に煌いた。
『覚えていらっしゃったのですね。光栄です、王様』
鷹は王様の抱擁を受けて嬉しそうに瞳を細めた。
『さあ皆さん、お寛ぎください。食事とお酒をお楽しみください!』
ウサちゃんが僕達にそう告げると、色とりどりの料理がテーブルに運ばれてきた。
一匹の孔雀が高い天井から優雅に舞い降りて虹色の羽を広げるのを合図に、ウサちゃんが鼻を膨らませてかわいく唄い始めた。
- きょ、お、わ~。とっても、すってきなパーティね♪
- あたしうーれしいのぉ♪
- だって、タロさんのおんがくがきっけるんだもーーん♪
- だ、か、ら~。おっねがい、タロさんきっかせってよぉ♪
- すってきなおっんがくを~♪
『はっはっは!ウサ子はかわいいのう』 王様はわが子の歌声に長いヒゲをひくひくさせて喜んだ。
『タロさん。わしからもお願いしたい。よかったらわたしらにも・・・聴かせてくださらぬか』
王様は言う、この世界では音楽に触れる機会がほとんどないのだと。
“世界の口”ではここ数百年の間、”虫歯族”を防ぐ事にあまりにも忙しすぎたのだ。
ウサ子ちゃんの願いを叶えたくても誰も歌一つ唄えない事が、王様の悩みだったらしい。
そうして僕は再現したのだ。彼らの願いを受けて、心に残る音楽を。
主よ人の望みよ喜びよ(Jesu, Joy of Man's Desiring) -J.S.Bach-
パイプオルガンの奏でるゆったりとしたその曲は、一説には神の音階が刻まれているともささやかれていた。
音楽の全てはここに集約されていると、僕には思えるのだ。
最後の一音が消えた後、王様もウサちゃんもナイト達も、みんなうっとりと目を閉じて余韻を味わっていた。
『・・・ありがとう。あなたは随分と綺麗な心をお持ちですな』
やがて目を開けた王様は、僕の手をしっかりと握り締めた。(彼の瞳からは涙があふれていた)
---
お礼の気持ちです、と案内されたのは城の奥にそびえる巨大な暖炉の前だった。
『タロさんの求めるものがこの先に繋がることでしょう』 そう言って王様は僕と鷹にウインクしてみせた。
『むっ。よろしいのですか?』 鷹がくるりと頭を捻り問いただすと、王様は片手をひらひらと振って頷いた。
『あなた方の事は、この”口”が開く時に伺っていました。ただ、わたしらにも見定める責任がありましてな。いや、もう合格です。はい』
王様の言葉を受けて、暖炉の扉がナイト達の手によって開かれた。
そのようにして、僕らは”宇宙の口”からあの場所へ招かれたのだ。