45.次元旅行~セアンの秘密~
『セアン?』
鷹はそこで初めて異国の男に興味を持ったようだった。
当のセアンは驚いて言葉を失ったまま呆然としていたが、鷹の強い視線を感じて思わず身体を震わせた。(風に揺られてぺらりとめくれながら)
「お、お鷹様。始めまして。・・・せ、せ、セアンです」
セアンは驚きと恐怖で膝をがたがたと震わせ、おずおず(ぺらぺら)とおじぎをする。
『お前の魂をわたしは知っていた』 鷹の瞳がセアンを捉え、瞳の奥でくるくると不思議な色彩が廻っていた。
- やがて、鷹は次のような話を始めた。長い話を。
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某D国では軍事参謀側近として活動していたセアン。
彼は生まれながらにして孤児であった。
やがて孤児院にモルトケ叔父が現れ、彼の義父となったわけだが・・・そこには意外な真実が隠されていたと言う。
それは今より30年前。
モルトケ叔父はある宗教信者の女性と恋に落ちていた。
きめ細かな白い肌に柔らかいウェーブがかった金髪に碧い瞳が印象的な女性だった。
しかし彼らは自らの運命が決して交わることなど許されない事を理解していた。
彼女が信奉していた宗教は、D国で異端視されていた”密教”であったからだ。
密教を通じ、彼女は不思議な世界を垣間見ていたそうだ。
彼女はそれを”絵本”の形で世に伝えようとした。
(ちょうどD国の妖精を主人公とした不思議な絵本が世界に認知されていた)
彼女が伝えようとした不思議な世界、それが”北欧神話”だった。
やがてD国でタプー視される密教を世に広めようとした行動は軍部の知るところとなる。
モルトケは必死に彼女をかばおうと画策するも・・・彼女は既に軍の監視下に置かれており、迂闊に手出しをする事はできなかったと言う。
(間の悪いことに、二ヶ月も前に彼女はモルトケに別れを告げ、モルトケからの連絡も一切拒んでいた)
彼女が死んだのは、その冬の事だった。
絵本を街角で配布した所を軍部に見つかり、長い尋問の末の事だったと言う。
モルトケがその事実を知ったのは、さらに翌年の事だった。(長い諜報案件を担当したために、外界から隔離されていたためだ)
彼は知らなかったのだ。軍の情報部が彼女とモルトケとの密会を逐一把握していた事を。
彼女がモルトケの前から去ったのは、彼を守るために仕方なく別れた事を。
さらには彼女がモルトケの子供を身篭っていた事も、彼は知らなかった。
彼が無傷で仕事に没頭できたのは、実に彼女のおかげであったのだ。
モルトケが彼女の子供に気がついたのは全くの偶然からだった。
ある日彼は、いつものように諜報活動に従事していた。すると不思議な会話が聞こえてきた。
孤児院に生活する名も亡き男の子。彼は毎晩のようにある夢を体験するのだと友人に相談していた。
世界樹”ユグドラシル”が夢に現れ、彼は導かれるまま大樹に登るのだと言う。
大樹を登り、彼は九つの世界を垣間見るのだと言う。
その夢はどんな夢よりもリアルであり、その夢を体験している間だけは、彼の孤独な心が癒えるらしい。
モルトケはその子供に強い興味を持ち、仔細に調査していった。
やがてモルトケは知った。彼の母親が今は亡き”エリス”である事を。
そして彼女が軍部の尋問で亡くなった事も同時に知ったのだ。
母親が軍部に殺された事実すら知らない息子。(その父親が軍部の人間である事も)
モルトケはその日から深い葛藤に悩まされた。
セアンが二十歳を迎えた朝、モルトケは彼の下を訪れた。
義父として。
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(密教の件は作者の創作です)