44.次元旅行~次元開放~
ぶわわわわわっと空間が歪み始めた。
長老の部屋で始まったその異変は、あっという間に辺りの空間を塗り替えていく。
(その場にいた全員が驚きで動けずにいた)
かつて長老の部屋であったはずのその場所は、ひゅうひゅうと冷たい風が吹きすさぶ脆い空間となっていた。
辺りには風に吹かれながら様々な物が浮かんで漂っていた。
囲炉裏や座布団が奇妙に距離感を失い、ぺらぺらとした写真のようにエレーンの足元に漂っている。
それどころか、さっきまで目の前にあった全てが・・・同じように漂っている。
(人間も、猫たちも。全てが)
『なんじゃろうか、こりゃあ』 エコーがかった声色で長老がつぶやく。
長老の言葉を受けて僕は答えた。
「周りをご覧ください。僕らのいた世界は、まるで一枚の絵のように見えていますね。これが”次元開放”された瞬間なのです」
(僕の言葉に一同は言葉を失って立ちすくんだ)
僕は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きながら左腕をまっすぐに伸ばして高く掲げた。(親指を伸ばしたまま)
遠くで再びチェロの音色が響く。
眩ゆい光が空を覆う。
大きな羽を広げた”金色の鷹”がゆっくりと舞い降りて、僕の親指に留まる。
『長老、元気そうだな』
鷹の言葉に長老は曲がった背中をしゃっきりと伸ばし、敬礼の姿勢をとった。
『お、お、お久しぶりにございましゅ!お鷹さま!!・・・ぐしっ』 (長老は懐かしさのあまりに涙と鼻水が止まらないようだ)
『お懐かしゅうございます。お鷹さま』 エレーンがしっぽを伸ばして挨拶した。
『エレーンだね。導きご苦労だった』
鷹は優雅に羽をたたむとエレーンに向かってウインクをした。
(エレーンはもじもじと地面をふみふみした)
『さて、幸一』 と鷹が首を回して僕を見つめた。くるくると色彩の廻る大きな瞳で。
その瞳から僕は全てを受け止める。
「わかってます。父さん」
はっとした表情でエレーンと長老が振り返る。
『ほぅ。いつから気がついていた』 鷹が頭をくるりと回して首をすくめた。
「あなたの弾くチェロは間違えようがありませんからね。でもはっきりと解ったのは最近かな」
それよりも、と僕は腕を頭上に掲げて人差し指を天に伸ばした。
「そろそろ始めましょう」
『そうだな』 鷹は頷いて自分の羽を一枚引き抜いた。
それで?と鷹が僕を振り向いた。
『誰を連れて行くのだ』
僕はぺらぺらと揺れながら指差したのだ。セアンを。