43.秘密の次元
『エレーンはマコさんに言うたんよ』
長老はエレーンの言葉を代弁した。
-あなたはタロちゃんと離れなければならないわ。そうして世界を元通りにしなければいけないの-
マコさんが自身の持つ”次元を超える能力”に気付かないまま、暴走することを予見したエレーンは、そんなふうに彼女に告げたらしい。
マコさんが僕と別れる決意をしたのは、それがきっかけだった。
(彼女は自分の置かれた立場を理解できないままに、それでも何かを感じていたらしい)
そこでマコさんは無意識のうちに見知らぬ方向へ進んでしまったのだと、長老は言う。
『マコさんの精神が離れてしまったわ。わたしにも見えない次元へ行ってしまった。タロちゃんから離れようとする気持ちと・・・離れたくない気持ちのせいだわ』
長老はそれを聞いて必死に探してくれたらしい。それでもなかなか見つからなかったらしい。
(僕はマコさんに振られて凹んでいたと言うのに)
そうして彼らのアンテナにマコさんの意識が検知されたのだ。
『それでのぅ、タロさん』
長老が薄汚れたタオルで首を拭きつつ僕に向き直る。
『あんたぁ、かつての天狗(=鷹)を受け継いだらしいのぅ』 険しい表情で僕を覗き込む。
『頼みますわ。このとおり。こっから先はわしらには手が出せんけぇ、力を貸してくれんか?』
かつてないほどの長老の深刻なお願いに、僕はようやく真剣になることにしたのだ。
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彼ら猫族が用意してくれたのは、小さな祭壇だった。
長老の家の奥部屋に、それはあった。
中央に鎮座するのは小さなコタツ。電源はない。
(コタツの中には温めたお湯の入ったペットボトルが二本置かれていた)
周りには太いろうそくが円を描くように配置されていた。
長老は、僕をコタツの上にあぐらをかいて座るように指示する。
(僕はその通りにした)
それを待っていたかのように、円形に配置されたろうそくを取り囲むように猫たちが僕に向ってキチンと座る。
(ろうそくに火が灯される)
沈黙
『さあ、タロさん』 長老が促す。
『わかるわね』 エレーンが促す。
・・・
・・・
「なにが?」
(正直に聞き返した僕の頭をエレーンがぺんっと叩いた)
『呼ぶのよ!鷹だか天狗だかを! マコさんに会いに行くんでしょ!』
僕は話がうまくつかめていなかったらしい。
いいだろう。
ここから先は手探りだ。
そんなふうにして、僕は自分でも把握していないまま”彼”に訪ねたのだ。
「鷹よ、頼みを聞いて」
ふう、と長老とエレーンがため息をついた。
『違うのよねぇ』 とエレーン。
『わかっとらんのう』 と長老。
『タロさんは既に受け継いでおるはずじゃよ。かつての”天狗”や”鷹”の全てを。あんたさんはもう、目覚めたとエレーンから聞いとるんよ』
長老はいつになく真剣なまなざしで僕をじぃっと見つめて、そう言った。
『ねえタロちゃん』 エレーンが僕のズボンに身体をこすりつけながら口を開いた。
『わたしが教えられるのはほんの少しだけなのよ』
長老をちらりと振り返って、教えちゃってもいいわよね、とウィンクして見せた。
『わたしは予知したわよ。
タロちゃんが鷹の全てを受け入れた時、世界の秘密を手に入れるわ。
あなたのその瞳が望むなら、宇宙のフタを開けるでしょう。その瞬間、あなたは宇宙そのものを取り込んでいるのよ。
それを”自覚する事”、それだけが必要なんだわ』
わかるわね、とエレーンが僕を見つめる。
僕はエレーンの瞳を見つめたままで身体の力を抜いて深く呼吸をした。
そして先日の感覚を少しずつ取り戻した。
遠くからチェロの音が聞こえる。
-愛の挨拶("Salut d'Amour"作品12)-E.W.エルガー
今は亡き父が好んで弾いていた曲
(僕の瞳が熱を帯び、周囲の空気がぐるぐると入れ替わり始めた。長老が「すごい」とささやいた)
僕は理解したのだ。
”天狗”は”鷹”を受け入れ、”父”が”天狗”を受け入れたのだ。
現実世界の枠では語られない、大きな宇宙の上で、彼らの意識は受け継がれた。そうとしか表現のしようがないのだ。
なぜなら・・・
・・・僕もまた受け継いだからだ。
宇宙の”口”(くち) が開いたのはその瞬間なのだ。