32.決別 -モルトケ叔父-
その凶報が軍事参謀本部に届いた瞬間、私はセアンの存在を消去しなければならなかった。
・・・何故ならば、日本警察の手にセアンが落ちたからだ。
この薄暗い地下施設でその夜、わたしは息子を失ったのだ。
盗聴記録から、セアンの行動は逐一わたしの元へ報告され続けていた。
セアンはいつでも盲目的な程にわたしの指令に従ってきた。
理由さえ知らされないままにこの穴を掘れと言われれば、彼は爪を剥がしてでも堀り続けたものだった。
あの国の言葉を話せるようにしろと言うだけで、セアンは二ヶ月後にも叶えて見せたものだ。
しかしあの子はいささか妄信的でありすぎたのかも知れない。
”ハムレット症候群”である事に無自覚であり過ぎたのかも知れない。
だからこそ、わたしは「モルトケ叔父」として必要以上の情報を与えなかったのだ。
(彼は自分を構成すべき背景を幻影としてしか捉えられなかったのだろう)
こんな日がいつか来るだろう事。
わたしはおぼろげながら予知していたのだ。
許せよセアン。(我が息子よ)
-叔父は今日から一切の縁故を消去する-
そのようにして、密やかに”D国”の関係した痕跡が消し去られるに至ったのだろうと、セアンは語ったのだ。
(N.A.Reports 「セアン尋問調書」より)