30.追跡 -セアン-
レンタルビデオ店から戻った僕は、部屋の電気を薄明かりにして窓の外を伺った。
(道路の向うに佇む人影がそっと電柱の影に隠れるのを僕は見逃さなかった)
『あれはなんなの?』 エレーンが直接僕の頭の中で問いかける。
(”奇跡の猫”エレーンは心中でも会話が可能だった)
『あれは・・・たぶんスパイだ』 僕はエレーンに答えた。(心の中で)
暗がりで見るそのスパイは、僕にはあまり悪い人物とは思えなかった。
タジマから譲り受けた黒地の地味な携帯電話が震えたのはその時である。
音もなく震える携帯電話を開いて、メールを確認する。
-”タジマです。お気づきかと思いますが、先ほどからあなたを尾行している人物がいます。その男が先ほど話したD国諜報部員・セアンハラルドソンです。”-
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僕とエレーンは、たくさんのおみやげを大きなリュックに詰め終えたところだった。奇跡の待つ猫森村へと向うために。
『さあ、行きましょうか。と言いたいところだけれど』
エレーンは僕を振り返ってつぶやいた。
『さっきのスパイくんが覗いているわ』
僕は迷った。(玄関脇のキッチンの窓辺からちらちらと人影が見え隠れしている)
おそらく僕らがここから去った後、スパイくんはこの部屋を色々と調べるのだろう。
そしてマコさんの病室を突き止めて・・・彼女を放っておいてはくれないのだろう。
そのくらいの事は僕にも容易に想像できたのだ。
『タロちゃん、景気付けに一曲かけましょうよ』
エレーンが唐突にそんな事を言う。
僕はそっと頷いた。
-あなたにいてほしい(Now You're Not Here)-Swing Out Sister-
甘美な曲調が哀愁をもって部屋に満ちる。
窓の外で息を潜めていたスパイくんの気配が、緊張から緩和へと変化するのを感じる。
(不思議な事に、僕には彼の気配と共に心の様が感じ取れたのだ)
『タロちゃんあなたは目覚めつつあるわ。いい兆候だわ』
エレーンは満足そうに僕の肩に飛び乗り、耳の辺りをくんくんと嗅いだ後でそうつぶやいた。
(僕は気がついていた。僕の瞳が熱を帯び始め、不思議な色彩に満たされていくのを)
僕は気配を消してそっと玄関に忍び寄る。
!!
鍵のかかっていないドアを勢い良く開けたはずみでスパイくんが玄関に転がり込んだのと、僕が彼を背後から押さえ込んだのはほぼ同時であった。
目を見開いて状況を見極めようともがくスパイくん。
エレーンは即に飛びついて彼の耳の匂いをくんくんと嗅いでいた。
『こいつ、危険よ』 エレーンの瞳がすっとすぼまった。
『だけど・・・純粋だわ』 とまどったようにエレーンは僕を見上げた。
どうしたものかな、と僕はつぶやく。
腕の間接を身動きできないように決められたスパイくんは、身体中の力を既に抜いてぐったりとしていた。
遠くでパトカーのサイレンが聞こえていた。ウーウーと鳴っていた。