28.タジマからの贈り物
僕のアパートに小さな盗聴器が仕掛けられている。
盗聴の様子は遠いD国軍事施設の地下深くで常に解析されている。
アイドリングの音さえ聞こえない黒塗りのベンツの車内で、タジマが僕に教えてくれたのだ。(僕のマンション前までタジマは送ってくれたのだ)
「彼等が解析した情報を、我々が常に監視し続けています。D国はそれに気がついてはいません。少なくとも彼らのモニタリング能力は我々の数歩後ろを歩んでいるのです」
日本の情報技術レベルは公にされている額面通りのスペックではないのだと、タジマは言うのだ。
それが公的機関とヤクザの決定的な差なのだと。(さらにその上の情報技術にN.A.は辿り着いていたのだ)
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「彼等が何らかの動きを見せるとき、タロさんの携帯電話へメール情報を通知します。タロさんからもわたしや会長へメールで連絡してください。」
そう言ってタジマが差し出したのは、一台の携帯電話だった。
黒地の地味な携帯電話。
それは一般回線で直接繋がることはなく、N.A独自の通信回線と専用のプロトコルを介する仕様となっているのだと言う。
N.A側のサーバでプロトコル変換を行う事で一般回線も利用できる仕組みであり、N.Aとの通信内容は傍受解析が不可能なのだと説明してくれた。(ぼ、僕には理解できないけど)
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「おそらく今日か明日には”D”から接触があるでしょう」(相手国のスパイ要員をタジマは”D”と呼んだ)
タジマはそう言うと、黒光りするベンツと共に外灯の向うへと消えていった。
タジマが与えてくれた携帯電話の電源を入れると、一件のメールが通知された。
そこには、”D”に関する情報が完結にまとめられていた。(タジマは実に仕事が早いのだ)
外灯の下で一匹の蛾がひらひらと踊るのをぼんやりと眺めつつ、僕は大きく背伸びとあくびをした。
あくびを噛み殺したままマンションの階段を登る僕の目の前に、ひょっこりとエレーンが現れた。
「タロちゃん、準備をするわよ」
さっき外灯で飛んでいたであろう蛾を弄びながら、彼女はきっぱりとそう言ったのだ。
準備って?と僕が聞くと、エレーンは首を竦めてしっぽを立てた。
「決まってるでしょ?旅に出るのよ。」そう言うとエレーンは再び蛾を弄んだ。
生まれ変わっても、と僕は思う。
蛾にはなりたくないな。