25.刺客は海を渡る
「セアン・ハラルドソン。来日の目的は何ですか?」
航空のチェックインカウンターの窓越しに銀色のボールペンで指されて、セアンは少しムッとした。
「医療調査です。日本の技術は進んでいますからね」
セアンは愛想笑いを浮かべて日本語で答える。
”医療”と聞いた職員は途端に愛想笑いを満面に浮かべて、許可印をパスポートに押し付けた。
調査内容までは申告の必要がなさそうだと分かって、セアンは密かに安堵した。
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海を渡る風が思いのほか心地よく、日本の空気を胸に吸い込んだセアンは思わず独り言をつぶやく。
「日本は良いな。空気まで優しい。セキュリティも甘い。気に入った」
やがて空港から街まで直通運行している高速バスに乗り込んだセアンは、座席から見える湾岸沿いの風景をぼんやりと眺めた。
良く整備された道路と程よく空調の効いたバスの乗り心地に、彼は満足して目を閉じた。
-セアン・ハラルドソン-
彼は某D国の軍事参謀側近である。
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その頃、ナリタ会長の下に一本の電話が掛かっていた。
会長は自宅の小さな屋敷に設置された古めかしい黒電話を握り締め、彼の最も信頼する部下からの報告をじっと聞いていた。
偶然遊びに来ていたタロは、いつになく真剣な面持ちの会長を見て七輪で柔らかく炙っていたサンマを危うく焦がしそうになってしまった。
「会長、どうかなされたんですか?」 電話を切って腕を組んだ会長に、そっと尋ねてみる。
「困ったのう」 会長は小さな目を細めて鼻を鳴らした。
「マコさんの秘密、漏れてしまったらしいわい」
七輪の上で真っ黒になったサンマがぽんっと爆ぜた。
タロの背中に冷たい汗がじっとりと流れる。
季節外れのトンボが屋敷の中をそっと通り過ぎて行った。