23.タロの架け橋3
せっちゃんが選んだ一曲は、ピアソラのムムーキだ。
「ずいぶん渋いのを知ってますね」 せっちゃんがピアソラを聴くなんて意外だな、と僕は素直に感心した。
僕は通りかかったウェイターさんにリクエスト・リストを手渡す。
「この曲がきっかけなの」 せっちゃんは背筋をしゃんと伸ばして話し始めた・・・
そうして僕はせっちゃんの体験したマコさんとの邂逅を知ったのだ。
始めにピアソラの曲を聴きながら眠りについた事を。
猫のエレーンが特殊な導きを見せ、フォネティックコードから導かれる暗号のパスコードは”dream of mako”であった事を。
そのパスコードによりマコさんの夢へとリンクされる事を。
せっちゃんが言うには、マコさんは元気であるらしい。
基本的には夢の中からは出てこれない。
しかし一日の数時間は病室での”現実世界”をちゃんと感じているらしい。
「マコの意識が目覚めている時、タロさんのラジオ番組が聞こえているんだって、マコは言ってたわ」
黒服が運んだ”イカ墨のパスタ”を頬張りながら、せっちゃんはそんな物語を教えてくれたのだった。
マコさんの意識が覚醒している?僕はその事にとても驚く。
てっきり、ずっと眠っている状態なのだと思っていたのだ。
夢の中で会えると言うのも、僕にとっては大きな希望である。
僕は忘れないようにパスコードをメモした、導入曲も一緒に。
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- 本日はご来店頂きまして、誠にありがとうございます。 -
店内に流れるアナウンス。
マイクを持って現れたのは、さっきの黒服ウェイターさんである。
- それでは、リクエスト曲をお届けします -
その言葉を合図に店内の照明がじりじりと暗くなり、壁がするりと左右に開いた。
壁の向うにはチェロ・ピアノ・バイオリン・アコーディオンで構成された本物の演奏者達が控えていた。
ムムーキ(Mumuki) - Astor Piazzolla and Gidon Kremer -
生音の持つエネルギーに満ちた演奏に、店内のお客さんたち(もちろん僕達も)みんなが驚きと嬉しさで顔を綻ばせた。
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食事を終えた僕とせっちゃんは、駅前で缶コーヒーを飲んでいた。
「タロさん、今日はどうもありがとう。楽しい食事と演奏だったわ」
一息でコーヒーを飲み終えると、せっちゃんはそう言って僕を見上げた。
「あたしね」なぜかせっちゃんは小さな声でささやく。
ん?なあに? と僕はせっちゃんに耳を寄せる。
その途端、せっちゃんは真っ赤な顔をぶんぶんと振った。
「マコに会えるといいね!」そう言って、せっちゃんは駅へと駆け出した。
「うん!どうもありがとうね!」改札を駆け抜けて行くせっちゃんに向って僕は手を振り答えた。
-マコさん。君は良い親友に恵まれてるね。-
僕は夜空の星に向って小さく微笑んだ。