21.タロの架け橋1
-ぷっぷっぷーーーん。
-みんな元気!? 10月だと言うのにまだ暑いねえ。
-昼下がりのひと時を、DJタロがお邪魔しまーす!
-”タロの終わらない番組”始まるよ!
その日の番組テーマは”旅”についてだった。
リスナー”ヒゲ”さんは、提案型リスナーとして度々番組テーマを与えてくれていて、その日もありがたくお題を番組に取り上げさせて頂いたのだ。
ヒゲさんはこんなメールで提案してくれた。
- こんにちは。タロさん。
- 早速ですけど・・・
- 旅はいいよねえ。
- 旅は人を大きくするよねえ。
- ”旅”-have a nice Trip!- 旅行代理店のそんなタイトルを見るとついフラフラ~って入っていっては旅先に想いを馳せつつ妄想しちゃうよねえ。
- あぁ、ええなあ・・・ひと時のお・も・い・で☆
実に頭がトリップしていて魅力的!などと微笑みつつ紹介したところ、つられて幾人もテーマに載せた思い出話などが番組に寄せられた。
(ちなみにヒゲさんは番組によって文体を選んでいるそうである。実に芸が細かい)
一通のリクエストが届いたのは番組の終了間際だった。
- タロさん、わたし思うんです。
- 旅が楽しくありえるのは、きっと帰る場所があるからなんだろうと。
- わたしの親友は困ったことに旅先から帰れないままなの。
- 旅先がどんなに快適であっても、おそらくとても辛い事なのだろうな。
- そんな親友の為にリクエストをしました。
- 彼女の為に、ぜひ聴かせてください。
リスエストは”ホームにて-中島みゆき-”(1977)
懐かしくて暖かい、しかし切ない歌声が番組に流れた。
故郷行きの列車に乗ることができないと歌詞が流れる。
それは古いフォークソング。
しかしその曲を聴いた僕は・・・
そう、僕はマコさんの事を想ってしまう。
やがてエンディングテーマに切り替わり、番組は終了する。
DJブースを片付けて防音ドアを開けた僕の目の前にいたのは、小柄なOLさんだった。
誰だっけな。どこかで見かけたんだけどなあ。僕は拙い記憶をたぐる。(昔から顔と名前を覚えるのが下手なのだ)
「お久しぶりです、タロさん。あたし、節子です。N.A.の受付の」
そう言ってぺこりと頭を下げる女性を見て、ようやく僕は彼女の事を思い出した。
「あぁ、受付のせっちゃん!」そのニックネームはマコさんからよく聞いていたものだ。
「じゃあ、この前ここから覗いてたのは、せっちゃんだったの?」僕はその日、猫山さんがここで待っていたのを思い出す。
(猫山さんは「タロさんも隅に置けませんな。ふっふっふっ、ぐっふっふ」と思わせぶりに笑ったのだ)
猫山さんには絶対に誤解を解かねばならない、と僕はぎりぎりと奥歯をかみ締めた。
ところで、と僕は聞いてみる。
「さっきのリクエスト、ひょっとしてせっちゃんの?」
彼女はショートヘアをぶんぶんと振って大きく頷いた。
ふわふわとしたショートヘアが揺れ、猫じゃらしのそれのようだなと僕は微笑ましく感じた。