20.マコ・夢の洞窟3 ~せっちゃんは語る~
直接関係があるのかどうかもわからないけれど、と前置きをしてせっちゃんは語る。
それは以前の夢でマコと会う直前のこと。
せっちゃんは寝付けず何度も寝返りを打ってはうまく眠りを誘おうと試みていた。
数時間の試みの上で、彼女は眠りやすそうな音楽を流してみることにした。
-Mumuki - (Astor Piazzolla and Gidon Kremer)
チェロ・ピアノ・バイオリン・アコーディオンで奏でる幻想的なバラード曲はせっちゃんを優しく包み、眠りへと導いていった。
やがて彼女は不思議な夢を見る。
(それは彼女の選曲した曲のせいなのかもしれない。彼女は選曲を間違えたと感じたようだ)
何の前触れもなく幾何学的な光彩と共に彼女の目の前に現れたのは、一匹の猫だった。
(猫のシッポは音楽に合わせてぴょんぴょんと揺れては跳ねていた)
その猫は夢の中で彼女に向って流暢に話しかけた。
『こんばんは、せっちゃん。そして、始めまして』
こんばんわ、とせっちゃんは猫ちゃんの挨拶を受けてお辞儀をする。
『ステキな曲を聴いているのね。』
そう言うと猫は、せっちゃんの肩にひらりと飛び乗った。
『わたしは”エレーン”。よろしくね』
そうしてエレーンはあたしに向って不思議な言葉を語ったのだ。
-デルタ・ロメオ・エコー・アルファ・マイク・オスカー・フォックストロット・マイク・アルファ・キロ・オスカー-
!!
せっちゃんはその言葉を聞いた瞬間、不思議な感覚に陥る。
古い記憶=今は亡き曽祖父から夢物語で教わったあるコードを想い出したのだ。
彼女は染み付いた(古き)暗号を言葉に変換した。
”dream of mako”※
彼女の言葉に呼応したかのように、ぶわっと白い霧が自分の周りを包んでいった。
そして気がつくと、彼女は”喫茶店”の夢の中にいたのだ。
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※その言葉は、彼女が祖父から教わった古い軍事暗号”フォネティックコード”を読み取った言葉だった。
(現在も生き続けるその暗号はアルファベットの頭文字から成り立っている)
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そうして彼女は”夢”を通じてマコと出会っていたのだ。
今回も眠りに落ちながら同じ暗号をささやいたらしい。
「面白いわね」 せっちゃんの話を聞いて、マコは関心を示した。
「エレーンが導いたのね」マコは嬉しそうに逡巡する。
「エレーン・・・そう!その猫ちゃんなのよ!」
その猫ちゃんが何か知ってるの? とせっちゃんが身を乗り出す。
そうしてマコは説明する事にした。
エレーンの秘密を。
不思議な力を持った特異な猫、エレーン。
彼女は人間と会話もできれば、別の次元へと移動も出来るらしい。
謎を秘めた猫ちゃんなのだと、マコは説明した。
それでも、とマコは付け加えた。
これまでエレーンは、タロの為にしか行動を示した事などなかったのだと。
だから、せっちゃんとマコに関わった事にとても驚いているのだ。
これも運命なのかしら、とマコは首を傾げてそんな事を思う。
「せっちゃんにお願いがあるの」 しばらく逡巡した後で、マコはせっちゃんにそう話しかけた。
「いいわよ、何でも力になるわ」 せっちゃんは拳で胸をトンと叩いてみせる。
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マコとの再開を終えたせっちゃんは、自分の部屋のベッドの上で放心していた。
彼女はさっきまでの出来事を想い返してみる。
部屋に流れるタンゴ曲を聞きながら。
自分に一体何が起こってしまったのか。
あの体験は真実なのだろうか。
ひょっとして、自分は気が触れてしまったのではないのか。
そんな事を考えあぐねているうちに、やがて大きな睡魔が彼女を訪れる。
とりあえず寝ましょう、と彼女は思う。
(明日を待ってそれからまた考えようと目を瞑る)
-タロちゃんに伝えて-
意識の途切れ行く狭間で、マコの言葉が蘇った。
窓の外には星が音もなく煌いていた。