15.せっちゃん、タロに会う
あたしは節子。マコとタロのファンである。
あたしは数日前まで誤解し続けていた彼らの為に、何かできないかと思ったの。
あたしは彼女のお父さんから教えてもらったわ。
マコが”眠り病”なる病のためにサナトリウムで眠り続けていることを。
そんなマコさんを、毎日のように見舞い続けるタロさんの事も教えてもらった。
あたしはそれを聞いて、目からウロコが零れ落ちる思いだったわ。ポロポロと。
あ、もちろんあたしの目からウロコなんて出てきやしないわよ。(目やにくらいは出るけどさ)
そしてあたしは今日、タロがDJを勤めているラジオ局にやって来た。
観覧希望の受付を済ませたあたしは、館内の「収録スタジオ」の矢印に従って観覧スペースにたどり着いたの。
観覧スペースはとてもこざっぱりとした場所だった。
あたしは収録スタジオを小窓からそっと覗いてみた。
そこには、スタンドマイクを前にミキサーやCDを操作するタロさんの姿が見えた。
-ぷっぷっぷーーーん。
-みんな元気!僕は今日も元気だよ♪
-昼下がりのひと時を、DJタロがお邪魔しまーす!
-”タロの終わらない番組”始まるよ!
ふーん。こうやって番組を放送しているのねえ。
窓に張り付くように見つめていると、背後に誰かの気配を感じて、あたしは慌てて窓から離れた。
「タロさんのファンですかな?」 背後からしゃがれた声。
あたしの後ろに立っていたのは・・・スキンヘッドにサングラス、丸く太った中年男性。
こ、怖い。
思わず身体がすくみ動けないあたしを見て、その男性は黒いジャケットの懐から何かを取り出す素振りを見せた。
う、撃たれる!
ひぇっ、と顔を手で覆った。
「・・・わたし、こういう者です」
低くしゃがれた声でそう言った
肩をすくめてサングラスを外したその男が差し出したのは、一枚の名刺だった。
-猫山一郎-
彼はペット用品大手の「アニマル・トイズ」の代表取締役社長だと言う。
そこでようやくあたしは思い出す。
「ひょっとして…、タロさんがドキュメンタリー番組に出た時、”猫森村”を探す旅でタジマ局長と一緒に映っていた方ですか?」
あたしがそう言うと、猫山さんは恰幅の良い体を揺らせてにっこりと頷いた。
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番組が終わるまでの間、猫山さんはタロさんの事をたくさん話して聞かせてくれた。
そのおかげで、タロさんのイメージはあたしの中で全く違ったものに変化していったわ。
しゃべる猫ちゃんに信頼されたタロさん。
ナリタ会長の甥のツヨシ君を正しく導いたタロさん。
天涯孤独のタロさん。
優しいタロさん。
困っちゃったな、とあたしは思い始めていた。
あたしは理解しちゃったの、マコがタロさんを盲目的に愛した気持ちを。
窓から見え隠れするタロさんの後姿が、館内に響くタロさんの声が、あたしの心をほんわりと包みこんでいた。
あたしは猫山さんにお礼を言い、タロさんの番組が終わる前にラジオ局を後にした。
(あぁ、困ったな)
見上げた空には、8月の太陽が大きく燃えていた。