1.プロローグ (2005年4月)
草原を渡る風。
さわさわと草をなでる風が、わたしの病室にまで届いて来る。
風に乗って千切れた草が空を切る。
タロちゃん。わたし起きてるよ。頬に風を感じてるわ。
わたしは心の中でタロちゃんに報告する。
枕元のテーブルに置かれたリンドウの花が風に揺れる。
タロちゃんの声がラジオから流れるのを聞きながら、わたしは再び夢の世界へ引き戻されて行く。
-ザ・クリスマス・ソング-(Nat King Cole)
タロちゃん、また掛けてるのね。(季節に関わらず、彼はこの曲をプレゼントしてくれる)
そうしてわたしの意識は途絶えてしまう。
わたしは幻の雪に包まれるのだ。
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僕の愛しいマコさん。
あなたは今、どんな夢を見ている?
ラジオ局からの帰り道、僕は車のハンドルを切りながらぼんやりと想う。
白い壁、清潔なシーツ。
ビニールのスリッパ。
草原に囲まれた海辺に程近いサナトリウム。
彼女はそこで眠り続けているのだ。
信号がピカリと光る。
青信号をしばらく眺め、後ろの車からクラクションを鳴らされてやっと僕は意識を戻した。
-God Give Me Strength-Elvis Costello&Bacharach&Tom Ehlen
エルビス・コステロの不器用な歌声が、フリューゲルホルンの音色と共に暖かく車内に響く。
僕は緩やかにアクセルを踏む。
家路へとハンドルを切る。
車は走る。誰もいない我が家に向って。