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7話 ククレカレーと僕

「よし、来い」

「よろしくお願いします」


 走り出す。木剣を下段に構えながら、ラッセルさんに肉薄した。僕の目標は彼の右腕だ。防御に徹しているラッセルさんに次々と斬撃を加える。願わくば、手に持つ木剣を弾き飛ばす。その思いで、ひたすら攻撃した。

 だが、そんな木を見て森を見ず状態の僕の振り回す木剣が当たるはずもなく――。


 たった一度だけの一振りで、僕の両手から武器が消えた。ラッセルさんは眉一つ動かさず、僕の喉元に剣をあてがう。一拍置いて、地面に木剣の落ちたカラカラという音が聞こえてきた。


「振りが大きい。……相変わらずだが、その奇妙な動きはなんだ?」


 額に張り付く髪を何度もこすり、ラッセルさんの顔をみた。汗一つなく、力の差をまざまざと見せつけられた気分だ。


「た、種田流槍術?」

「なんだそれは。ハジメの戦いぶりからして、明らかに剣の長さが足りとらん。槍でも持ったほうが良くないかね?」

「いや、それだとアレが持てなくなってしまいます」


 訓練所の片隅に置いていたレミントンを指さした。

 この世界に来てから一度しか撃っていない銃。そして、決して誰にも手渡してはいけない危険な武器でもある。この世界から浮き出るような美しさに、僕は息も切れ切れ嘆息した。


「加速器か。この調子だとあの加速器に殺されるぞ」

 

 木刀がコツリ、と僕の頭をぶった。痛くもなんともない攻撃だったが、心の奥深くにそっと仕舞われた死亡フラグという名の死神が目覚めた気がして、ゾッと身震を一つ。


「魔法士でもないというのに……。ハジメはよくわからん」


 ポリポリと後頭部掻いて、頭を竦めてみせたラッセルさんは呆れたように苦笑いをした。


「もう一回お願いします!」

「よし、来い」


 そうして、長いようで短い休日は明けてゆく。








 自警団に住み込みで働き始めて半月になる。最初はどうすればいいか判らず、やる事と言えば、スコッパを打ちまくることだけだった。お陰で多い日には5本も使った記憶がある。なので、スコッパ打ちに関しては他の誰にも負けないような腕を身につけた……ハズだ。多分。

 ラッセルさんとは思いのほか息が合った。威力の高すぎるレミントンも使えず、ハッキリ言って足手まといだった僕に親切に接してくれて、稽古だってつけてくれている。

 子供のころに嗜んでいた槍術を思い出しつつ、何度も剣を交えた。

 が、剣を使って槍術なんぞしてみても、まともに戦えるはずもなかった。中華包丁でピザを切るような虚しさに襲われながら、生傷を増やしていくことになる。

 

 実践でもそんな調子で、何度も危機的状況に陥った。だが、その度にラッセルさんに助けられているので、僕の命はなんとか今日まで持っているわけだ。。

 ここまでくるとクビにされても仕方ない活躍っぷりだが、そんな気配は毛頭ない。ローからあだ名でスコッパ男や、歩く囮とも呼ばれているのが気になるが、要するに僕は相手の注意を引きやすい人間なのかもしれない。ここまでくると開き直るしかないのだろうか?







 教会に本が置いてあるという耳寄りな話を聞いたので、目が覚めてすぐに教会へ出向いた。日はまだ高く、晴天だった。 

 仰々しい装飾品に彩られた建物は、他の建物と比べて異彩を放っていた。シンメトリーの教会は、ど真ん中に大きな塔を据えていて、その屋根のてっぺんに杖を持った老人の銅像が申し訳なさそうに佇んでいる。今にもくるくる回りそうな、風見鶏と同じ匂いを感じた。




 ――大昔、ある男は種を撒いた。死の世界に種を撒いた。


 こんな一説から始まるフロイド教の聖書は何百ページにも及び、あまりの面倒臭さにめまいがした。時間も限られている中、読了するほど愚かではないので、これを至極簡単に編集した幼児学習用の絵本を引っ張り出して、読み始めた。

 


  ――大昔、ある男は種を撒きました。死の世界に種を撒きました。

 やがて、命が芽吹き、人間が生まれました。その時には世界は生に溢れ、緑の豊かな世界になりました。

 全てを生み出した”種まく者”は人間に助言をしながら文明を築かせました。

 やがて国が出来ました。何百という国が栄え、争いにより滅びたり、大きくなりました……。



 文献はこれで終わっている。終わっているというより、終わらされているみたいだ。

 この先のページがごっそり破り取られているのだ。鋭利なもので切ったらしく、乱暴に破いた跡、というよりも切り取り線を切った後のようだった。

 たまたま側を歩いていた清楚な修道士に本の損傷を伝えてから、現在における異世界事情を改めて探ることにした。天井に届きそうなくらいに高い本棚の中から、自分の欲している情報を見つけるのには骨が折れた。

 魔法の概念だったり、この世界の歴史や地名といったことを、巡回が始まる直前まで粘って調べ上げる。一定の情報は得られたと思う。少なくとも、数時間前の僕よりはこの世界について学習しているはずだ。




 この世界には二つの大陸が存在する。

 一つは、僕が今居るククル大陸。

 もう一つが、未開拓地のファフナ大陸。

 この二つは正四角形に近い形をしていて、隣り合っている。

 西がククル、東がファフナ、だろう。世界地図と呼ばれるものには方位らしい記号は描かれていなかったが、地図を素直に見るのであればそうなる。

 更に、その地図に描かれているククルには、5つの国があった。


 西北は今僕の居るラウール王国。

 西南はヤマトと呼ばれる王国。

 東南はペリエ連合国で、東北はジナヴィア王国。

 そして、中央にはサンボーン国がある。


 この5つの国は300年前に起きたククルの戦いにおいて生き残った国だ。凄まじい戦いだったらしく、聖書に書かれていた何百という数の国が滅亡した。

 辛うじて生き残った5国も満身創痍で、とても戦いを続けられるような余裕もない。そこで互いに不可侵条約を結び、国を立て直すことになった。

 そうして300年……300年という時が流れた。いずれの国も、戦いによって受けた傷を癒すには十分の時間だった。







 ザラザラとして木目調の机の上で、ボロボロになった本をめくり続けたお陰で手が乾燥しきっていた。今にもパックりと口を開けそうなくらいひりひりとした感覚が、僕を襲った。

 ……もう時間らしい。Gショックのアラームが小さくなった。清楚な修道士がチラリとこちらに目をやってきて、不思議そうな目で見つめてきた。なるべく小さな動作で、気付かれないようにアラームを止めて、清楚な修道士に頭を下げた。彼女も不思議そうな顔をやめることなく頭を下げた。少し気まずい気分になりながら、僕は足早に教会を去った。

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