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6話 第9地区

「やあ、地獄の一丁目へようこそ。私は第9地区の責任者のルイスだ」

 

 一日経ち、僕は紹介書に記入された場所に出向いていた。看板には「ファーマル自警団 第9地区支部」とあった。薄暗い室内に入って握手を求めてきたのは、昨日の説明会にいたマッチョマンだった。


「ハジメです。これから1月よろしくお願いします」

「おや、この子は……」

「相棒のセタです」

「猫か! 珍しいな。犬か馬を連れるヤツならよくいるが、猫は初めて見る。強いのか?」

「ええ、ねこパンチが特に」

「そりゃあ、頼りになるな」


 ファーマルは大まかに9の地区にわかれているらしい。三目並べの要領で区分けされていて、自警団は地区ごとに支部を作って、自警団員を配属させているらしい。

 今回僕が配属される事となった第9地区だが、一番南東に位置している。この周辺には来たことはあったが、昼でも暗いという印象だった。要するに、あんまり宜しくない場所ということだ。


「さて、ハジメ君の当面の仕事なのだが、説明会でも言ったように夜間の見回りだ。基本的に二人一組で行ってもらうことになる」

「二人一組というのはどういうことですか?」

「自警団では有事に備えて二人で行動してもらうことになっているんだ。ハジメ君の相棒は後で紹介するよ。さ、こっちに来てごらん」


 そう言われて、マッチョマンもといルイスさんの背中を追っていく。廊下に移動し真っ直ぐ進むと、突き当たりに扉があった。

 中に入ると、薄暗い室内の湿気と埃っぽさが鼻につく。天井から吊り下げられたランプが埃を被ったままフラフラと揺れていた。周囲を見ると、盾やら剣やら物騒なものに加えて大樽や衣服といったものが乱雑に積み上げられていた。ルイスさんはその中に手を突っ込みかき回し、何かを探し始めた。


「ここらへんに、あったはずだ……よし、あったあった」


 ルイスさんの息が、探し当てたものに吹きかかって埃を散らした。相当使われていないものらしい。


「これはスコッパといって、強い発光性がある。3発打てるぞ」

 

 そう言って、スコッパと呼ばれたものを僕に手渡した。筒の形をしていて、中央部分に丸いスイッチと、切り替えのようなものがあった。


「室内で使うなよ? しばらく目をやられる」

「これはどういう用途で使われる……?」

「空に打ち上げるんだ。問題があったときに仲間に知らせるために使う。ゆっくりと発射した場所に落ちてくるから、具体的に位置が掴めるわけだ。ほら、そこにある切り替えを右にして、スイッチを押すだけだ。簡単だろう?」

「あ、はい」


 切り替えを右にすると、丸いスイッチが一際大きくなった。言ってみればセーフティのようなものだったのだろう。

 ルイスさんの言葉に導かれるままに、真ん中のボタンをぽちっと――


「ふ、ふしゅ!」

「あ、コラ押すなと言って――」


 打ち上げ花火が打ち上げられる音がしたとかと思うと、暗かった室内が明るくなった。僕の視界は真っ白になり、遠くでルイスさんの慌てふためく声が聞こえていた。

 耳もよく聞こえないのですが、これってスタングレネードじゃないでしょうか。

 フラフラと壁にもたれかかった所で、僕は自身の犯した罪について、改めて後悔していた。









「私が悪かった。もう少しスコッパを室内で使う危険性について言っておけば……嗚呼、娘の顔が見える」

「いえ、興味本位で触ってしまった僕が悪いです、ハイ。本当に申し訳御座いませんでした」


 一室で未だチカチカする視界と、1キロ先の人と話をしているような聴力でもって、先程起きてしまった凄絶なる事故の後遺症に悩まされていた。

 目の前のルイスさんも親の仇のように天井を睨みながら、何度も耳をほじくっている。スコッパの恐ろしさを我が身とルイスさんを犠牲にして理解したが、それと引き換えにとんでもないものを失ったような気がした。


「ほ、本題に戻ろうか」


 少し声量が上がっているが、一時的に耳が遠くなってしまった今、致し方無いことだろう。僕も負けじと大きな声で返事をした。


「拘束具を一組と、スコッパだ。それと、この腕章を着けてくれ。自警団員である証になる。仕事の最中は決して離すなよ?」


 手を拘束する手枷は木目に血が張り付いていて、少しげっそりしてしまった。

 いずれもナップザックとポケット行きになるだろう。 


「わかりました。あと、仕事の内容についてご教授願えないですか?」

「それは現地指導だ。いくら聞いても一回見たものには叶わないからな」

「百聞は一見にしかず、ですか」

「なんだその言葉は? 聞いたことないな、故郷の言い伝えか?」


 何だかんだと話しているうちに、二人組の男が扉を開けて入ってきた。

 いずれも甲冑に身を包み、兜のせいで顔を伺い見ることは出来ない。どちらもかなりの大男で、僕とは一回りも大きく違って見えた。必要以上に大きく見えるのは、独特なオーラを纏う甲冑や、背中に背負っている武器のせいかもしれない。


「お、新人か! 流石に手が速いな。オレはローだ、宜しく頼む」


 手を握り返す。ゴワゴワとした手は、とても大きなものだった。薄いオレンジ色の甲冑は相当の年月使いこまれていて、戦いの中に居たことを全身で持って提示している。背中に見える大きな剣が特徴的だった。


「ワタシはミルよ。よろしくね」


 どうやら女性らしい。声は若干幼さを帯びていて、目の前の大きい図体からは想像できないギャップだった。握り返した手の大きさはイマイチよく理解出来ない。


「コイツは見掛け倒しだ。騙されるなよ」


 ローがカラカラと笑いながらミルの兜を外した。ひょこり、と出てきたのは丸っこい瞳だった。薄い金髪は後ろで一纏めにしていて、丸っこい顔は愛嬌たっぷりだ。思ったよりも視線が下にあったので、兜で若干サバを読んでいたのだろう。それでも身長は僕よりも上で、日本人ゆえの低身長に涙するしかなかった。

 アタフタと焦っている姿が可愛らしくて、また分かりやすい人だ。。


「あっ! こら、サーリットを返しなさいロリコン野郎!」

「うっせ、ロリコンじゃなくて幅が広いんだよ」

「何よ、さっきだって果物屋のミフィーにさんざか色目使ってたくせに。……まだ10歳よ!」


 ルイスさんが僕の肩を叩いた。彼の後ろに見慣れないオールバックの男がいるが、興味深く値踏みする視線からいって、一緒に仕事をする仲間なのだろう。僕が二人に挨拶している間に連れてきたらしい。


「ラッセルだ。俺が今回君の相棒になる。一ヶ月よろしく頼む」


 鉛色の胸当ては所々にへこみがあり、履いている黒いズボンは擦り切れて色褪せていた。胸当ての下に来ている白いシャツは随所に膨らみを帯びていて、暗器でも仕込んでいるんじゃないか、という怪しさを滲み出していた。吐く息はタバコ臭く、まさにワイルドをそのまんま具現化したようなオジサンである。

 鋭い目付きはその眼力だけでも人を睨み殺しそうで、鷲鼻は一層その雰囲気を重くしている。きつく結ばれた口は大きく、元の世界だとハリウッドで立派な悪役を勤めれる顔である。


 しかしそういったイメージすらも定番過ぎて、かえって好感的に受け取れた。指貫グローブを嵌めた手は、他の人に負けじとゴツゴツしていた。


「ささ、行って来い。詳しいことはラッセルが説明してくれる。気をつけて」


 そんな声を背中で感じつつ、仲むつまじく喧嘩をしているローとミルを避けて日の暮れた外へと飛び出した。






 ――横に振られた剣は虚しく空を斬る。身を屈めたラッセルはチンピラの懐に入り込んだ。あの間合いでは持っている剣もただのお荷物だ。

 彼のブーツがチンピラの足を踏みつぶす。砕けた音を聞きながら、流れるような動作で腹に一発。チンピラの身体が宙に浮き、カエルのように口が膨らむ。

 そのまま突き飛ばし、トドメに足払いを一つ。またもや宙に浮いた身体は受身も取れないままに冷たい石畳にたたき出された。一呼吸を置いて、吐瀉物が口から流れだした。


「基本的に、武力行使はいいが殺しは無しだ。骨の一本二本で済ませておけ。やりすぎると面倒になる」


 目の前に転がるチンピラは変な方向に曲がる足を抑えながら、呪詛を喚き散らしている。

 ラッセルはスコッパを取り出し、空に向かって打ち上げた。


「捕まえた場合は青色で飛ばせ。支部から応援が来てしょっぴいてくれる。これだ。切り替えを真ん中に合わせるんだ」

「一番右は?」

「白色、武力に対する応援の要請だ。使わないときは一番左に戻しておけ。暴発するとしばらく動けなくなる」

「はい、ありがとうございます」

「うむ」


 間もなく馬に乗った二人の男がやってきた。腕に巻かれた腕章が、彼らが仲間だと証明していた。

 2人はラッセルと一言二言交わしてから、チンピラを手枷と足枷で拘束して連れていった。馬の姿が街角に消えるまで見送ってから、僕はラッセルの方を見た。


「ハジメの武器はソレか?」


 そう言って、背中にあるレミントンを指さした。

 

「ええ、そうなんですけど……少し制限があって。あまり多用出来ないんです」

「剣の心得は?」

「少々あるんですけど、そこまでは」

「……そうか。今度から剣を携えろ。ワケありの武器なんぞ、現場では役にたたんぞ」


 そう言って、ラッセルは歩き始める。後ろ姿に小さく謝罪の言葉を呟いてから、僕は後ろを着いて行った。

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