5話 仕事
フォーセールは酒場と宿泊施設をくっつけたいわゆるイン、という酒場宿だった。
店長のダンさんがロンゲでチョビ髭という80年代の洋楽シーンを彷彿とさせるような容姿だったのには感激した。実際、話してみると気さくないい人で、一番安い共同部屋を半額近く値切ってくれたのには感謝している。お陰で財布の中は依然として温かい。
問題は、これからどうするかだ。一旦家に帰るのもいいが、貨幣も食料もない状態で戻るのも、家を出た意味がない。
それに元の世界の物資は補給が利かない貴重な物だ。使用も最低限に抑えたい。
今持ってきている弾薬は20発入りの箱が2箱で合計40発。1発をあの町で使ったので今は39発だ。すぐに無くなる数だし、かなり慎重にいかねばならないだろう。出来るなら目立たない服装と自衛が出来る武器が欲しい。元の世界に帰る方法はその後だ。生きていないと、帰ることすら出来ないのだから。
※
夜とは打って変わって、ファーマルは活気に溢れかえっていた。人々は太陽の日射しに目を細めつつも、微笑みを湛えながら歩いていた。
まるでヨーロッパに来たような気分だったが、一つ違ったのは俗に言う冒険者がいたことだ。一目見ただけでもわかる戦闘に特化した服装、腰か背中に装備した武器。ギラギラと輝く瞳はまさしく戦いに生きている人間だった。
ダンさんに教えてもらったいわゆる「ギルド」という職能組合に足を運んだのは昼前だった。この世界ではギルドといっても種類があるそうで、今回僕が紹介されたのはいわゆる冒険者ギルドだ。多岐にわたる肉体労働関係の仕事を斡旋する所らしい。開放的な室内は思っていたより理路整然としていて、居心地の良い場所だった。
まずギルドで紹介される仕事を取るためには、ギルドに登録しなければならない。そのためには説明会と面接を受けなければならないらしく、思ったよりもしっかりとしたギルドだ、というのが印象的に残った。
面接で生い立ちを聞かれ、説明会で眠気と戦う過程を経て、ようやくギルドに登録となった。
登録には身分証などは必要なく、必要事項に記入するだけ。後は両手の指紋を取って終了となる。幸いなことに喋ることも書く事もできるので、特にトラブルもなく無事に登録は完了した。貰ったカードが身分証明のかわりになるらしく、各地と転々とする冒険者にとっては無くてはならないものだろう。カードには名前や性別、指紋といった情報が記載されている。この世界では魔法の道具で指紋を識別できるそうで、写真がないかわりに指紋で身分を照明するらしい。
登録の終わった足で依頼書をあさる。本棚、机とところ狭しにわたって積み上げ詰め込まれた依頼書の中から自分にあった依頼を見つけ出すのには一苦労だ。
ようやく丁度いい依頼を見つけ、事務のおばさんの所へ依頼書の確認に行った。
「詳細は依頼書の通り。明日から住み込みで自警団での警備。期間は1月で銀5枚が給付される。武器防具については自由。自警団の装備の貸し出しあり。これでいいんだね?」
ギルドには依頼に応じてランクがある。Fが最低で、Sが最高だ。これが上がるにつれて報酬も難度も高くなる。
が、上のランクの依頼を受けようと思えば、自身のランクを上げなければならない。これも依頼と同じくF~Sのランク付けになっていて、年3回の更新日に昇格試験を受ける権利を与えられる。ランクを上げるには、この試験を合格しないといけない。試験場所が隣国というのだから少し面倒くさいが。
現在の僕は登録したばかりなのでFだ。なので、僕が受けられる依頼はFだけになる。
今回僕が登録したのはファーマルの自警団での仕事である。FからCと幅広いランクに公募をかけていて、もらえる金額も銀5枚と他の依頼と比べて一線を画している大さだ。まぁ、1月の間住み込みなのだから当然といえば当然か。
こちらの貨幣価値についてはよく判らないが、フォーセールでは一晩泊まるのに銅20枚必要だった。銅100枚で銀一枚になるらしいから結構な額だと思う。外で売られていた食料品だって銅1枚2枚で買える代物だったし、僕にとっては十分な金額だろう。
事務のおばさんの言葉に頷き、僕は正式に依頼を受けた。明日の昼より自警団の事務所にて説明会らしい。この街に来てから説明会という単語を嫌というほど耳にして、いい加減耳がタコで真っ黒になりそうだった。
※
ファーマルは城郭都市といっても犯罪がないわけじゃない。かなり規模の大きい都市だ。それに加えて配属された衛兵は砦や城にまわされていて、街の中を巡回するような衛兵は殆どいない。なので、人目につかない裏路地だったりスラムと化している場所は決して安全ではない。
そこで、この街の住人が発足したのがファーマル自警団だ。発足当初は規模も小さく、学業に励む子供の送り迎え、夕暮れ前の巡回くらいしか行えなかったらしい。
しかし、こういった慈善的な活動について、住人も国も歓迎した。年々寄付金が増え、人も雇えるようになってからグンと治安も良好になった。
住人から有志を募り、ギルドにも依頼書を置くようになり、人員は揃うようになって……。
そしていま現在ではファーマルだけでなく、周囲の防衛手段を持たない街や村に駐在して、治安維持で大きく貢献しているそうだ。
ここまでくると自警団というより一つの軍隊だ、というのが説明会を受けた時の印象だった。
大学の講義室を思わせるような扇状に並べられた椅子に、僕ら――依頼の待遇のよさに食いついた”カモ”達は座らされていた。
大きく切り取られた窓からは陽気な日光が遠慮無くお邪魔している。その光はあるモノを照らし、あるモノに反射し、あるモノを輝かせていた。相変わらず頭頂部が薄い人は僕にとって眩しい存在だった。
「さて、諸君はもうご存知だとは思うが、モルド村が盗賊集団の”竜の息吹”によって襲われた。村人や警備兵の事は敢えて言うまい」
メガネを掛け、タンクトップを身に纏うマッチョマンは、先程までの気の抜けた話し方とは打って変わり、急に真面目な声色で喋り始めた。
辺りには緊張感が漂い始め、あくびをしていた他の連中も空気の変化を感じ取り、目尻に浮かべた涙を拭いとっていた。
「彼ら警備兵は任期を終えて1ヶ月ぶりの故郷に帰ってくる手はずだった。そして、それと入れ替えに君たちがモルドを守ることになっていた。そう、昨日までは、だ」
そう言い、マッチョマンは片目を瞑った。
「だがモルドは地図から消え、ファーマルの警備にあたるはずだった仲間は先に逝ってしまった。ということは、君たちは殉職した警備兵に変わって、この街を守ってもらうしかない」
そこで一旦言葉を切り、手元にあるチョークで黒板に何やら書き始めた。チョークが黒板に書き込む音が、しばらく室内を支配した。
どうやら書いていたのはファーマルらしい。綺麗な丸の中にファーマルと書いてあった。
「最近、夜の治安がすこぶる良くない。われら自警団も出来る限り巡回を行っているが、それでも人員が足りないのだ。それに加えて最近、連続殺人も起きていて、住人からも夜の見回りの強化についての要望書が山ほど来ておる。そこで、君たちは夜警としてこのファーマル全域の治安維持に努めてもらいたい」
一番前の席で一際大きなあくびを連発していた大男がニュルりと手を上げた。
顔を伺い見ることは出来ないが、さぞかしクマみたいな顔をしているのだろう。無精髭を顔中にまき散らし、笑ってるんだから泣いてるんだかよく判らないくらいの剛毛っぷりを想像してみると、少し可笑しくなってしまって笑いを堪えるのに一苦労した。
「ん? 質問かね、どうぞ」
大男は照れくさそうに後頭部をかき、咳を一つ着いてから喋り始めた。
「連続殺人ってのは、あのジークのことですかい?」
「そうだ」
「そうかい。それだけだ。いや、すまんかったな」
「いいさ、別に問題ない。他の者も判らないことがあったら遠慮無く質問してくれ。終わった後だと聞きたいことも聞けずに担当地域にぶっ飛ばされるぞ」
その後も何度か質問を挟み、お開きとなった。
仕事は翌日の夕暮れから。各自手渡された紹介書を持って指定された地区の詰所で最後の説明を受けて初仕事となるそうだ。
少し不安と期待の入り交じった心を抑えつけながら、今日もフォーセールで一夜を過ごした。