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4話 首都へ

 首都までの馬車道をテクテクと二人で歩いていた。

 もうすっかり日も落ち、周囲は暗い。僕等の影が、地面に深く横たわっている。しかし、星の光が驚くくらい燦然と輝いていて、それ程暗いとは思わなかった。


「へー、ということは田舎からここまで来たんですかぁ」

「そうだな。自分の目標で、夢だから」


 抽象的な嘘は案外バレないものだ。疑問は抱かれるが、次々に話題を変えることで、言及を避けていた。

 名前も知らないような村から出てきた、と言ったら目の前の少年――ラルは、瞳を輝かせた。


「スゴイですね! イマドキ一人旅なんて、勇気ありすぎます!」


 この世界では盗賊や魔物といった存在が当たり前らしく、旅をする時も襲われないように常に集団で行動しているらしい。そういう意味で、僕はラルにとって興味ある対象として見られてしまったようだ。


「しかし、この加速器は本当に良く出来てますねー。この不思議な形状といい、質感といい……」

「銃はないのか?」

「じゅう、ですか? なんですかそれは」


 どうやらこの世界に銃は存在していないようだ。そうなってくると、ますますこれを渡すわけにはいかないような気がしてきた。元居た世界でも銃の登場で戦争の様式がぐるりと変わったのだ。この世界でも同じようになるのは目に見えていた。

 どうやって逃げ出すか……。


「いや、なんでもないよ。それよりもラルさん。この手枷、外してくれない? さっきから痛くなってきて」


 カチャリ、と手首をラルに見せて懇請した。

 そうすると、ラルはとても申し訳ない顔をした。


「鍵は預かってるんですけど、着くまで外せないことになってまして……。ごめんなさい、ファーマルまで近いのでもうしばらくご辛抱を」

「いや、いいんだ。こちらこそ無理を言って悪かった」


 やっぱりダメか。チラリとセタに視線を向けた。呑気にあくびをしていたセタだったが、僕の縋るような視線に気づいたらしい。どうしたんだオマエ、という顔をしていた。

 助けて、と口パクと一緒に念を送ってみる。

 僅か半日だけの付き合いだったが、それでも友情は人間や猫の関係なんてすっ飛ばすものらしい。突然まなじりを決したように鼻息荒く、ラルに向かって走り始めた。

 尻尾を左右に揺らし勢いをつけ、ラルの足にガシッと掴み着いた。ラルは何が起きたのか理解出来ていないようで、目がテンになっていた。

 悲しいかな猫のしがみつきでラルが倒れるはずもない。ああ、なんて友達思いの優しい猫なんだ……と思っていたとき、ラルの左膝にねこパンチが直撃した。

 


 ――ふらり、とラルが揺れた。

 これは……! これはもしかするとセタは秘孔の位置を知る世紀末覇者……ではないよなー。

 こちらの妄想なんて露知らず。ラルは間抜けた声を出しながら、馬車道にずてんと倒れた。うつ伏せの状態で尻だけ突き出しているのはお約束か。

 セタは唖然となった僕の顔を満足そうに確認してから、ラルの腰元をガサゴソと探り始めた。

 やがて、手枷の鍵であろうFの形をした鍵を口にくわえて持ってきた。


「ねこパンチってそんな威力あったのか、オマエ」

「ふしゅぅ」


 鼻から白い煙でも出しそうな鳴き声をだして、セタは地面に鍵を置いた。

 その鍵を手に取り、すぐさま外しにかかる。若干苦戦したものの、速やかに手枷を外した。少し赤くなった手首が痛々しい。

 ラルの背負っていたナップサックを返してもらい、地面に倒れたレミントンを手に取った。申し訳ないが、ラルにはこのままでいてもらおう。流石に丸一日ここにいるわけではないし、茂みの中に入れれば襲われることもないはずだ。馬車道から少しそれたところにあった茂みの中に、ラルの身体を隠して、僕らはその場を後にした。





 ファーマル。このラウール国の首都であり、城塞都市でもあった。本来はラルの件もあるし、入りたくなかった。だけれど今の僕にはこの大都市しか頼る場所がないし、盗賊や魔物のいる中で野宿を出来るほど根性も装備もない。嘆息を一つ。僕の将来は前途多難らしい。


「ま、不幸の星の下で生まれたんだ。開き直るしかないな」


 周囲を見渡してみる。人通りはまばらだ。流石に日が暮れているし、仕方ないだろう。一定間隔で備え付けられているカンテラのようなランプの明かりが唯一、町を照らし出していた。


「これからどうしようか……」


 早速ですが打つ手なしである。

 僕が歩いているのは城門から続く大通りだ。左右を見渡しても人相の悪い男か、艶めかしい衣装で着飾った娼婦らしき人しかいないように見えた。

 こんな時間帯に大人しそうな男が挙動不審に猫と一緒に歩いていたら襲われるのは確実だ。変な服装にナップサックは傍から見れば価値のある物品に見えるだろう。コイツは金もソコソコあっていいカモだ、と思われているかもしれない。となると絡まれるのは目に見えているわけで。


「へへ、その兄ちゃんよ」

「やっぱりかよ」


 タイミングよく裏通りから出てきた中年オヤジが視界に入ってきたとき、あまりのお約束な展開で嘆息を禁じ得なかった。

 異世界に来たのも、街が燃えているのを見せつけられたのも、こうして中年オヤジに絡まれているのも、全てがお約束すぎる。

 異世界に飛ばされてから一番ハードな一日の終わりに、こうして絡まれるのは勘弁願いたかった。


「兄ちゃん。無視とはいい度胸してるな。だが……な?」


 そんな僕の気持ちを知るはずもなく、目の前の中年オヤジは腰に差していた短剣を見せつけてきた。こちとらワルなんだぜ? と言いたいらしい。

 気のせいか、カンテラの明かりが短剣に反射して、オヤジのつるつる頭がキラリと光ったように見えた。


「兄ちゃんよ、ふざけるのも大概にしろよ? いい加減何か言ったどうなんだ?」


 そう言うと、嫌らしい笑みを浮かべながらナイフに舌を這わせた。恐ろしいほど様になっていない。


「金だったら一文もないよ」

「嘘はいけねぇよ。俺みたいなバカでもな、金づるはどういう奴なのか知ってるんだぜ? オマエみたいな奴だよ」

「それは思い込みだって」


 途端に中年オヤジの表情が険しくなった。……もしかすると、怒らせちゃった?


「黙れ! もういい、その背中に背負ってるもの早くよこせ」


 短剣の鋒をこちらに向けて、視線を僕のナップサックに走らせた。

 盗賊すら臆する加速器と呼ばれるもの――本当は銃だが、それを知っていて尚迫ってくるのなら僕には打つ手がない。

 だが、目の前で短剣を落ち着きなく揺らしている中年オヤジを見ていても、実力のある人間には見えなかった。レミントンの存在には気づいていないと考えるのが自然だろう。


「嫌だといったら?」

「このやろ――」


 僕は素早く後ろに引き下がり、中年オヤジと距離を取った。短剣を逆手に持って組み付こうと目論む中年オヤジをよそに、背中に隠していたレミントンを取り出した。

 素早く床尾を肩につけて、オープンサイト越しに見える中年オヤジの禿頭を睨みつけた。


「ここで脳髄吹き飛ばして死にたくなかったら、有り金を全て置いて消えてくれ」


 どこからか取り出したライフル……いや、加速器を見たせいか、中年オヤジの顔からは血の気は引いていた。本当に何も知らなかったんだよ、と空いた口が言い訳しているようだ。

 先程までの威勢はなく、ナイフを持つ手はダラリと下がり、もてあました左指はせわしなくポケットを叩いていた。


「よし! どうやら死にたいらしいな」

「ま、まて! わかった、ここに金を置く」


 空いている左手でポケットをまさぐり始め、財布のようなものを取り出した。それをゆっくりと地面に置き、何歩か後ろに下がった。


「……行け。二度と目の前に現れるな」

「へ、へい。それはもう。スミマセンでしたっ」


 中年オヤジは脱兎の如く走りだし、あっという間に路地裏の暗闇の中に消えた。

 僕は石畳の上に捨て去られた財布を手に取り、中を確認した。

 そこには青色の硬化や銀色の硬化が財布パンパンに入れられていた。


「そこの魔法士さん。臨時収入も入ったし、ワタシで遊んでいかない?」


 中年オヤジが消えていった路地裏からヌルリ、とキセルを片手に持った女性が現れた。パレード衣装から華やかさを引いたかわりに艶やかさを足したような扇情的な衣装。長い銀髪を後ろで一纏めにしていて、一層彼女に冷たくて理知的な印象を与えていた。

 無意識のうちに、生唾を飲み込んだ。この世界も案外素晴らしいトコロかもしれない。


「ちょっと聞きたいんだけど、近くに宿屋って無いかな?」

「ん……それはワタシと遊ぶってことでいいの?」

「あ、いや、あの、そういう訳じゃなくて。……普通に寝泊まりできる場所が知りたいです」


 女性とのアダルトなやり取りに慣れているはずもなく、後半は動揺丸出しだった。そんな僕の動揺を知ってか、彼女はクスクスと笑い始めた。


「あなたウブねぇ……。ほら、胸ばっかり見てないでこの家の看板を見なさい」


 先程から足元でポコポコと何かが叩いているような気がするが、気のせいだろう。彼女の言うとおり、僕は彼女が背を預けている一軒家の看板を見た。


「ひょっとして、これが宿屋?」

「そう。人呼んでフォーセール。この街で一番安い宿屋。金欠のアナタには神の住む宿に見えるかもね」


 カブトムシらしき形に切り取られた看板の中に、店の名前が書いてあった。

 僕はこの世界の文字が読めるらしい。目の前に書かれている文字は間違いなく日本語じゃない。だが、その文字が「宿屋フォーセール」と書いている事を僕は理解していた。まるで生まれた時からずっと慣れ親しんでいた言語のように……。


「ありがとう。助かったよ」

「いいのよ、気にしないで。そのかわり、余裕が出来たら宜しく頼むわよ?」

「それって……」


 僕が言い終わる前に、彼女は背を向けて路地裏の中に消えていった。

 僕は彼女のお尻に見とれながらも、フォーセールの扉に手を掛けた。

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