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3話 声


「ふしゅ!」


 ――セタだ。背中に冷や汗が流れ、周囲の気温が一気に下がった気がした。3人の気配が移動してゆく。家の前を通り過ぎ、通りに出たようだ。


「なんだ? クソネコか」

「こんな猫いたか?」

「さぁな、隠れていたんだろう。……頭の命令だ。虫一匹と残さず、殺さねばならん」


 走り出していた。自分でも笑えてくる。たかが猫一匹とも言えたのだが、この一日の間で僕はセタの事を大好きになっていたらしい。盗賊の放った言葉に、怒り心頭になっている。

 扉を蹴り飛ばし、レミントンの銃口を盗賊に向けた。盗賊の1人の太った男が右手に剣を持ち、セタと対峙している所だった。


「動くな!」

「……ッ! このガキ、魔法士か」

「わかるな? 逃げるなら追わない」


 一瞬殺意を向けてきた。ゾッとしたが、体格のいい男の言葉にのり、ハッタリをかけた。感情が現れないように、舌噛んで耐える。セタはいつの間にかこちらに走り寄ってきて、僕の後ろに隠れた。

 後ろの肥満体と痩せこけた体躯の二人は逃げようと浮き足立っていたが、体格のいい男は別のようだ。


「いくらお前が魔法士と言っても、護衛もなければただの一般人だ。頭の命令だ。一人残さず殺さにゃならんので……なっ!」


 地面を右足で蹴り上げる。距離は10メートル、右手に持った剣が不規則な軌道を描き、迫ってくる。

 突然の動きに対応しきれず、銃口はふらふらとブレて狙いが定まらない。

 気持ちばかりが先走り、身体がついていけていない。このままじゃマズいの確かだった。




 ――思い出せ、あの日の事を。お主の銃は、猪を仕留めたのだろう? 




 動揺で揺れ動くライフルの照準が、頭の中に響く謎の声で、男の胴体に定まった。

 そして僕は、無意識のうちに引き金を引いていた。


「がァッ!」


 一気に男は失速し、その場に伏せた。左肩に当たっている。右手で、削り取られた肩を抑えていた。


「馬鹿な! 詠唱も……なし、だと」


 驚きに満ちた瞳で、こちらを睨んでくる。彼の言っている事はわからないが、後ろの二人の士気は削がれたはずだ。案の定、二人は浮き足立っている。

 右手でボルトを上げて引く。空になった薬莢が町の路面に落ちて、カラカラと音を立てた。再び押し込み、ボルトを下げる。


「もう一度言う。逃げるなら追わない」  


 男達に向けて、再三の警告をする。

 今度こそ諦めたようで、盗賊たちは恨めし気にこちらを睨みつけて、去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、撃ってやろうと考えていた。あんな人殺しの連中、このまま野放しにしていてもいいはずがない。いずれ、また同じような事をして何十人もの命が奪われるのだ。それを考えると、僕の手を汚してでも彼らを生かしてはおけないと思った。怒りのボルテージが高まってゆくのを体全体で感じながら、ライフルを握る手に力が入る。


――撃てば、お主は盗賊と同じ人間に成り下がるぞ?


 またこの声か。

 煮え滾っていた怒りの中に、氷をぶち込まれた気分だった。

 急速に考えが落ち着き、それに伴って、ライフルに強く掛かった手の力も抜けていった。


 盗賊の姿が消えたところで、僕らも歩き始めた。背後からは炎が、そして煙があたりに充満している。何度も咳き込み、体勢を低くして、急ぎ足で歩いた。

 やはり生存者はいなかった。あの盗賊たちは確認と言っていた。住人の生き残りを探して殺していたはずだ。

 悔しかった。何も出来ない自分が。唯一出来たのは、遺体のまぶたを閉じてやることだけだった。……あと少し、早く着いていればどうなっただろう。救える命があったかもしれない。この銃で、あいつらを殺して……殺して……。



「殺してやればよかった」


 あの男の一人、確か太った男だ。奴の言い方からするに、町の女性はあらかた連れ去られたのだろう。薬という単語も出ていた。すると、もう結論は分かりきっていた。

 僕の中で怒りの感情が煮えたぎる前に、猫パンチが僕の足を連打した。


「……お前が、言ったのか?」


 答えは返ってこない。ずっと猫パンチをしている姿を見ていると、肯定しているようにも、否定しているようにも見えた。


「同じ人間に成り下がるぞ……か」


 確かに、思うところはある。感情などに任せて人を殺すのは愚行以外の何者でもないかもしれない。しかし、それでも納得しきれない自分がいた。


「ふしゅ」


 立ち止まったせいで、炎の熱が僕の背中の直ぐそばまで迫っていることに気づかなかった。セタの声で、ようやく迫り来る炎に気づいた。僕は、頭の中を空っぽにして、走り続けた。







「酷いな、これは」


 燃え盛る炎。私達はそれを見つめていた。

 訓練中の兵を集めて派兵したのは丁度一刻前だった。「龍の息吹」がモルコ村を襲った、という報せが入ってきたのだ。

 奴らの事だ、村人は全て殺されているだろう。問題は、連れ去られたであろう女子供と、周囲に集まってきた魔物だった。奴らは毎回村を魔物の血液を使って燃やす。その臭いにつられてきた魔物共がノコノコと現れてくるのだ。消火役の魔法士が安心して活動に専念させるためにも、周囲の掃除はやっておかなければならない。


「魔法士は、後一刻ほどで到着します」


少し遅れてやってきた部下が、息を切らしながらそう言った。


「遅いな。なんとかならんのか」

「今手が開いている者がいないそうで……。ソフィ様がファーマルから直々にいらしてくださるそうです」

 

 少し面倒くさい奴が来るな。……腹違いの妹と会うのはどうもいい気分にはなれない。

 そんな顔を悟られたようで、部下は深く一礼をしてから、魔物の討伐に参加していった。


 部下に指示を出し、隊列を組ませる。緊急に編成された小隊なので、少しぎこちないところがあるが、それでもよく訓練された動きだ。他の部隊もあいていれば少しは楽だっただろうに、とそんな思いが頭をよぎった時だった。


 街から一人の男が出てきた。







 街から飛び出て目に入ったのは、西洋の甲冑に身を包んだ兵士達が得体のしれない化物相手に戦っている光景だった。息も切れ切れに、僕はその光景を見ていた。

 僕に気づいたのか、馬の上に乗った男が大きな声で号令を掛けた。他の兵に比べてかなりの軽装だった。俗にいうイケメン、と言う奴だ。東洋人とは決定的に異なる彫りの深い顔だ。濃い茶髪は炎に照らされて鈍い色に見えた。

 

 と、呑気に光景を眺めているうちに、5人の兵士が僕を包囲した。まさしく電光石火の早業だった。一連の動作からしても、かなりの鍛錬された兵士だ。各々槍の鋒をこちらに向けて、こちらの不審な挙動を見逃すまいとしている。敵視されているのは、誰の目にも明らかだった。

 素直にライフルを地面に置いて、両手を頭の後ろで組んだ。


「何者だ!」


 兵士の一人がそう叫んだ。

 かなり警戒されている。……もしかすると、盗賊の一味だと誤解されているのか?


「一般人です。火事の現場に遭遇したので、助けに入っただけです」


 兵士の一人が槍を地面に刺し、こちらに近づいてくる。ボディチェックだろう。そのゴワゴワとした大きい手が、僕の体をまさぐる。ナップサックを興味げにチェックし、服に着いた血の染みを見て、眉をしかめていた。


「異常なし。装備には用途不明のものがいくつかあり。……その加速器、魔法士か?」


 加速器?

 盗賊や兵士の口ぶりからして、魔法のある世界のようだ。

 少しリスクが高いが嘘をつくほかない。本当の事を言ってしまうと、後々厄介なことになりそうだ。


「……いえ、これは知り合いから預かっていたものです。脅しくらいには使えるぞ、と言われて」

「そうか。すまないが、首都まで同行してもらう。いいな?」


 同意を求めてはきたが、これは強制なのだろう。拒否権はなさそうだった。


「わかりました」

「よし。隊長、どうされますか!」


 ボディチェックをした兵士は満足気に頷いて、馬に乗るイケメンに向かって声を掛けた。


「ラルに連れて行ってもらおう。しばらく掃除に手間がかかりそうだ」

「はぁい、呼びましたかー!?」


 気の抜けた返事、おぼつかない足取り。この洗練された兵隊の中で、ある種異彩を放っていた少年がラルというらしかった。まだ垢抜けない顔で、男にも女にも見えた。名前の響きに男らしさがなければわからなかっただろう。雑務でもしていたらしく、甲冑を装着していなかった。


「設営は一旦中止だ。門兵の所までこの青年を連れていってくれ」

「あのぉ……。馬とか使えちゃったり?」

「バカ、歩いて戻れ。そんな余裕はない」

「えええぇぇ、往復で二刻かかるんですよ?」

「命令だ。行け!」


 イケメンの声が氷点下になって、ようやく折れたらしい。目に見えて落ち込んでいて、とても分かりやすい少年だ。僕の方に視線を向けて、こっちにこいと手招きをした。


「じゃあ、その加速器と後ろの荷物は預かるね。あと、申し訳ないけどこれを着けてもらうよ」


 差し出されたのは、木製の手枷だ。細い縄がついていて、どうやら逃げることが出来ないようにするらしい。抵抗出来るはずもなく、ラルに手枷をはめられた。

 うん、まさか異世界に来て任意同行するとは思わなかった。ちょっぴりブルーになる。

 ライフルとナップサックはラルが持つらしい。少し重そうに持っているのが同性ながらキュートだった。


「んっ、結構……重いね。行きますかぁ」


 彼は大きく足を振り、まっすぐに続く馬車道にそって歩き出した。僕はイケメンとボディチェックをした兵士に軽く頭を下げて、その後を追った。







「大丈夫ですかねぇ、ラルの奴は」

「問題ない。抜けているように見えるが、打算的で抜かりのない奴だ。信頼できる」


 それよりも問題だったのが、あの青年だ。珍しい黒髪に、精巧に作られた見たことのない加速器。流石に魔法士が盗賊の一味にいるとは考え難いし、襲撃から2刻も経っているのだ。普通ならこのタイミングで出てくることもないはずだ。


「……何かあるな」

「何か言いましたか、隊長?」

「いや、なんでもない。配置に戻って引き続き討伐にあたれ」

「了解です!」


 魔物に向かって駈け出した部下の背中を見つめながら、あの疲れ切った瞳を忘れないように刻みつけた。


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