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2話 素晴らしい世界

 森を抜けた。さわやかな風だった。汗だらけになった皮膚に、冷たい風が心地良い。どこまでも続く丘陵。空から差し込む夕日が、全てを赤に染めていた。


「ようやく抜けたな、セタ」

「ふしゅっ」


 ナップサックに有りったけのもの入れて出発したのが丁度14時ごろ。手首に巻いてあるGショックは17時半を指していた。3時間半も歩いた事になったが、途中で寄り道もしたので仕方ないだろう。森の中を歩いている最中に、偶然小屋を見つけたのだ。バラックのように簡素で、どうしようもないくらい古びていた。何かあるだろうと周囲を探索していたら森の外まで続く林道を見つけて、現在に至るわけだ。


「セタのお陰で助かったよ」

「ふしゅ」


 猫の鳴き声とは似て似つかない声を上げて、セタは満足そうに毛づくろいを始めた。

 サバイバルナイフで木に傷をつけ、夜光性ペンキを塗りたくり、ロープを張りまくってなんとか迷わないように工夫してきた3時間半の出来事を思い出す。うん、よく頑張ったよ僕。ライフルや弾薬も含めてかなりの重量になっていたから、きつかった。……一部の軽い物についてはセタに持ってもらったが。

 戻る時にも林道を辿り、ペンキを塗られた木を目印にすればいいし、移動時間も半分に減るだろう。足取りも軽く、これからどうするかを思慮した。


「まずは第一村人発見からだな」


 丘陵を見渡すかぎり、町はもとより人の姿がない。この方面へ歩いて行くのは骨が折れそうだ。森を一周して、様子を見てみよう。


 背中に追い風を感じながら、僕らは歩き出した。


 





「おい、女はどうする?」


 部下のウェイズが男に突き刺した剣を抜いて、そう言った。彼のトレードマークの金髪と無精髭は、返り血で赤く染まっていた。


「……好きにしろ」


 ウェイズの瞳の中で相変わらず性欲の炎が燃え盛っている。


「へへへ。おい! 頭から許可が出たぞ! ガリュウ達は女を連れていけ!」


 広場に固められた町の住人たちは絶望に打ちひしがれ、女子供は泣きわめいている。

 奴隷商人に売り払うために容赦なく鞭を打ち、連れてきた馬車の中に女子供を放り込んでゆく。


 やがて、一人の男が抵抗を始めた。見ると、男に手を伸ばし救いを求めている女が居た。どうやら夫婦らしい。

 どこから取り出したのか短剣を片手に、男がガリュウへ襲いかかった。

 ガリュウは後ろに飛び、背中に差していたブロードソードを引き抜いた。点々と赤い血が模様のようにこびりついている。

 男は一瞬怯みはしたものの、右手に持った短剣を高く振り上げて肉薄した。

 

 ――右手が切り落とされた。下段から振り下ろされたブロードソードが、野菜でも切るように綺麗な断面図を作り出した。

 血が止めどなく吹き出し、男は上ずった声でわめき始めた。尻餅をつき、今はなき右手を慈しむように抑え込む。

 ガリュウは大きな声で笑いながら、トドメの一撃を振り下ろす。男は最後までわめきちらし、やがてその声も発せられることはなかった。


「……よし、あとも殺せ。すぐに終わらせろよ」

「へへ、了解でさぁ」


 その言葉を聞いたのか、女子供は口々に泣き叫ぶ。その間にも次々と馬車の中に放り込まれてゆく。それを確認してから何人か部下を引き連れて、広場から離れた。


「街を燃やせ、派手にな。俺たちがやったとわからせてやれ。もちろん、殺しが終わってからだ」

「了解しました」


 巣から持ってきた魔物の血液を部下には持たせてある。可燃性が非常に高く、油よりも安くすんでとても便利だ。この臭いにつられて、魔物もやってくるだろう。それに、首都から巡回の兵がもうすぐ来るはずだ。かち合えば面白くなりそうだ。残念ながら、その場に俺たちはいないだろうが。

 馬に乗る。声高くいなないて少し暴れたが、手綱を握り、腹を蹴ってなだめさせる。


「あとは任せたぞ。虫一匹と生かしておくな。女は早く連れてこい、俺が先に頂く」


 腹を蹴り、手綱を振った。馬は走りだし、血生臭くなった広場から抜けだした。

 至る所に血の跡があり、死体が転がっていた。馬がその一つを蹴った。物も言わず、ただ死体が激しく揺さぶられた。


 まだ準備がいる。もっと、もっと大きな組織にしなければならない。この国を潰すくらい、だ。

 ……まあ、この先は女を犯してから考えるか。無意識のうちに、笑みがこぼれていた。







「……なんだ、これは」


 目の前に広がる赤は、夕日のせいでけではなかった。天に登る煙、紅蓮の炎。それは、町を焼き尽くす、破壊の赤だった。中心部から火の手が上がっていて、ゆっくりと周囲をも巻き込みはじめていた。

 人の気配は周囲になかった。もう逃げ出したのだろうか。それにしては、少し奇妙だった。遠巻きから火事を見つめる住人の姿があっていいはずなのに。


「ふしゅっ」


 セタが突然走りだした。軽い身のこなしで、みるみるスピードを上げる。

 一直線に向かった先には――人だ。血溜まりの中でうつ伏せになって倒れている人がいた。

 僕も地面を蹴って走りだした。考えるよりも先に、足が動いていた。


「おい!」


 血に濡れることも疎ましくなかった。身体の下に片腕を潜り込ませ、女を仰向けにさせた。


「そんな……!」


 左肩から腰にかけて一直線に斬られていた。切られた服の隙間から女の日に焼けた肌が見えた。パックリと割れた皮膚と皮膚の間から多量の血が流れていて、小麦色の肌にベッタリと張り付いている。見開いた目はどこか遠い空を映し出していて、間違いなく死んでいることを証明していた。


 胃から食道にかけて、暑いものがこみ上げてきた。

 僕は彼女のまぶたを閉じて、血溜まりの上にそっと置いた。そして死体に背を向け出来る限りの力を込めて、その場に吐いた。嗚咽に限りなく近い嘔吐だった。

 休憩時に食べた携帯食が胃液と共に吐き出されていく光景を、涙で潤んだ両目で見つめ続けた。



 身体が少しだけ軽くなったところで、町の方へと視線を向けた。


「セタ、ちょっとだけ様子見てくる」


 目の前で横たわる女性は、あの町の住人なんだろうか。真意の程は定かではない。しかし、僕には今やらなければいけないことがあった。

 死体をずっと見ているセタを呼んで、ここにいるように命令した。

 ナップサックの間に挟んでいたレミントンを取り出す。大丈夫、使わないことを願い、僕は町に近づいた。







 ひどい焼け具合だったが、それもまだ町の中心部の話だ。はずれまでは火の手が進行していないらしい。

 家を一つ一つ確認していくが、全て共通していることがあった。ことごとく荒らされているのだ。もう無茶苦茶だった。家具は倒れ、装飾品は床に散らばり、血溜まりの中で人が倒れ


ていることもあった。例外なく息の根はなかった。

 見ている感じ集団で襲われたのだろう。町の入口には何人か武器を持った男の死体があった。金になりそうなものがないのを見るに、物取りの犯行かもしれない。

 何度も人が倒れているのを見つけては、生きているよう祈りながら抱き抱える。しかしその全てが命を絶たれていて、その度に怒りや悲しみといった負の感情が強くなっていった。


「――ろ! もう頃合いだ。確認は終わった! 行くぞ」


 声がした。とてもハッキリとした声で、かつ独特なハスキーボイスだった。その声に答える者達は、聞くに絶えない汚らしい声だった。興奮のせいか、上ずった返事だった。

 僕は家の中に入り、扉を閉じて、壁に背中を預ける。ライフルを手元にたぐり寄せ、そばにあった遺体に目を向けて、じっと待った。


「ついてねぇな、最後の片付けなんてよォ」

「まったくだ。煙で喉がやられちまうよ」

 

 声の主は3人ほどだろう。五月蝿い足音と共に、だんだんと近づいてくる。


「帰ったら薬でアホになった女の相手でもして……ン?」

「どうした?」

「……扉が閉まってる」


 足音が止まった。気配はこちらに集中しているようだ。開いた扉を閉めたのがいけなかったらしい。……マズいな。

 そっとバレないように倒れた机の後ろに移動し、その上にライフルを置く。照準は扉に向ける。願わくば、入ってこないように。3人が相手では銃があるとはいえ、歩が悪い。致命傷を


与えられなければ、相手も飛び掛ってくるだろう。慣れない装填は確実に命取りだ。


「……か……で…………よ」

「……い」

「………た」


 扉の前で、気配が止まった。

 祈るような気持ちで、引き金に指をかけた。

 右目で銃口が向かう先を追う。

 扉の下にある僅かな隙間から、影が覗いていた。

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