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のろいだいこうや  作者: 五平


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第15話:因果の競り(オークション)

 「四ツ谷・負債管理事務所」の二十階フロアに、不快な電子音が響き渡った。

 それは冷泉が管理する「負債観測モニター」が、臨界点に近い執着の塊を捉えた合図だった。彼女の視線の先、鏡面仕上げのデスクに投影されたホログラムには、無数の赤い点が群れをなし、一つの巨大な「うねり」となって都心の一角を指し示している。


「……九十九さん、外の空気が変わりました。……地下で私たちが使い潰されたあの組織の、古臭いやり口です。彼らは、四ツ谷さんの『穴』が吸いきれないほどの大量の不利益を、一箇所に集めて爆発させようとしています」


 九十九は、コンシェルジュの制服の袖を捲り上げ、絶縁処理された特殊合金のピンセットで、小さな黒い石のようなものを弄んでいた。それは、各地の現場で「清掃業者」たちが回収してきた、他人の悪意の結晶だ。

「……ケッ、あいつら、まだあんな効率の悪いことをやってんのか。……一人のターゲットに数千人の恨みをぶつけて、その『反動』をオークションにかけるつもりだぜ。……呪われる側の苦痛を、金で買うバカ共が集まる『競りオークション』だ」


 呪いのオークション。

 それは、文字起こし資料にあった「霊能者と呪術師が裏で繋がる」構造の、最も極端で醜悪な完成形だ。特定の権力者に数え切れないほどの「種」を植え付け、その人物が破滅する瞬間に生じる莫大なエネルギーや、あるいはその人物の地位が空席になるという「利権」を、裏社会の富裕層が競り合う。


 応接室の奥、四ツ谷はかつてないほどの激痛に、右半身を軋ませていた。

 彼の右胸にある「穴」は、地上数キロ先で煮え繰り返る巨大な怨念の渦に共鳴し、包帯を焼き切らんばかりの熱を発している。


「……冷泉。……見える。……銀座の老舗ホテルの地下だ。……あそこに、腐り果てた人間の欲望が、数千人分詰め込まれている。……あの上司クソヤロウの匂いがする」


 四ツ谷の声は、もはや実体を持たない影の震えのようだった。

 冷泉は、迷うことなく予備のタブレットを手に取り、九十九に指示を出した。

「……乗り込みます。彼らは、その巨大な負債を『商品』だと思っていますが、私たちにとっては、それは四ツ谷さんの右半身を補完するための『餌』に過ぎません。……九十九さん、現場の『清掃業者』たちに合図を。……オークションの会場そのものを、私たちが買い取ります。……代金は、彼らが最も恐れている『自分たちの過去の清算』で支払うと伝えなさい」


 三人は、夜の都心へと滑り出した。

 高級セダンの後部座席で、四ツ谷は右腕を左手で必死に抑え込んでいた。彼の周囲だけ、窓ガラスが不自然に結露し、街灯の光が歪んで見える。


 銀座。老舗ホテルの地下に隠された秘密の宴会場には、タキシードやドレスを纏った、だが瞳に異常なまでの渇きを宿した「顧客」たちが集まっていた。

 壇上には、かつての四ツ谷たちの上司――あの、すべてを鏡のように跳ね返すと恐れられた男が、傲慢な微笑を浮かべて立っていた。


「……さあ、紳士淑女の皆様! 今夜のメインディッシュです! この男……現職の大臣が、今夜、自ら犯した罪の重さに耐えかねて、文字通り『崩壊』する瞬間を、その権利と共に競り落としていただきましょう!」


 会場に、狂気じみた拍手が湧き起こる。

 だが、その熱狂を切り裂くように、会場の重厚な扉が「バキリ」と音を立てて歪んだ。


 冷泉が、一歩、壇上の男たちを見据えて踏み込む。

「……そこまでです。その『商品』、当事務所が全額引き受けさせていただきます」


 上司と呼ばれた男の顔から、余裕が消えた。

「……四ツ谷、か。……あのゴミ溜めから、よくぞ這い上がってきたな。……だが、今さら何ができる? ここには数千人分の執念がチャージされている。お前のような壊れかけの『器』に、何ができるというのだ!」


「……壊れかけ、じゃない」

 四ツ谷が、冷泉の影からゆっくりと姿を現した。

 彼が右胸の包帯を一本、引き剥がした瞬間、会場の空気が物理的な重力を伴って四ツ谷へと収束した。

 シャンデリアが激しく揺れ、ワイングラスが次々と粉砕される。


「……俺は、空っぽなんだ。……お前らが溜め込んできたそのゴミを……全部寄こせ。……俺のここなら、いくらでも入る」


 四ツ谷の右胸から、物理的な吸引力が解き放たれた。

 会場に充満していた「数千人分の呪い」が、視覚的な黒い霧となって、悲鳴を上げながら四ツ谷の虚無へと吸い込まれていく。


「あ、が、あああ……っ!」

 四ツ谷の右半身が、黒い光を放ちながら膨れ上がる。

 だが、かつての彼とは違う。彼はその苦痛を咀嚼し、自身のエネルギーへと変換する術を、地上の「商売」の中で学んでいた。


「……競りは終わりだ。……全部、俺が食い切った」


 会場の「顧客」たちは、自分たちが買い取ろうとしていた恐怖が、一瞬で目の前の男に飲み込まれた事実に、腰を抜かして震えていた。

 上司だった男は、空っぽになった「依り代」の壺を抱え、呆然と四ツ谷を見つめている。


「……バカな……。……これほどの不利益を、一人で……。お前、自分が何になったか分かっているのか!」


「……負債の管理者ですよ、元・上司オーナー

 冷泉が、事務的に告げた。

「……さて、皆様。……今、この場にある全ての『呪い』は、弊社の代表、四ツ谷の管理下に置かれました。……もし、今夜無事に帰りたいのであれば、お手元のオークション用タブレットから、弊社の口座へ『口止め料』を振り込んでいただけますか?」


 九十九が、絶縁ナイフを弄びながら、客席の富裕層たちを一人ずつ睨みつけた。

「……へっ、地下のネズミより、こいつらの方がずっと良い悲鳴を上げるぜ。……四ツ谷、お前、まだ食えるか?」


 四ツ谷は、右胸の「穴」をさすりながら、暗闇の中で冷徹に微笑んだ。

「……ああ。……まだ、足りない。……地上の欲望は、底がないからな」


 銀座の夜。

 不気味なほどの静寂が、ホテルの地下から街全体へと広がっていく。

 三人の「商売」は、今や一つの街の因果を、競りにかけるほどのスケールへと膨れ上がっていた。


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