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あの日、泣き虫だった君は隣のクラスで「高嶺の花」と呼ばれている  作者: 風莉


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6/11

6話 それぞれの夕、重なる足音

 森の出口へ続く下り坂は、上りよりもずっと危ない。


 足元の枯れ葉は乾いているのに、その下の土は意外と柔らかい。踏み込む角度を間違えると、ぬるりと滑って体勢が崩れる。さっき転んだばかりの瀬戸悠真は、その感覚を嫌というほど理解していた。


 理解しているのに――


「……凛花、ちょ、待っ」


 腕を掴まれたまま、急ぎ足で引っ張られている。


 冬月凛花は一切の迷いなく下っていく。山道に慣れている足運びだ。木の根を避け、石を避け、枯れ葉の厚い場所を避ける。なのに、悠真の腕はしっかり握られていて、彼女のペースに合わせるしかない。


 合わせられなかった瞬間、足がもつれる。


「うわ……っ」


 よろけた。ぎりぎりで踏ん張ったが、体が横へ傾く。


「大丈夫!?」


 凛花が振り向いた。顔が真っ青だ。いや、肌が白いからそう見えるだけじゃない。目が本気で怖がっている。


「……大丈夫。今のは――」


「ごめん、痛かった!? どこ!? また血が――」


「違う、違う。君が引くから危ないんだって」


 悠真は思わず正論を口にした。言い方がきつくなってしまった自覚はある。けれど、このままでは本当に転ぶ。


 凛花は、聞こえないふりをした。


 聞こえないのではない。耳に届いているのに、頭が受け取らない。そんな顔だった。凛花の視線は悠真の肘のあたり――さっき血が滲んでいた場所――に釘付けになっている。


「早く……消毒……」


 凛花は独り言のように呟き、また歩き出す。握る力が強まった。


「ちょ、痛……」


「ごめん! 痛かった!? 指、折れた!? 私、力加減――」


「折れてない!」


 悠真は声を張った。凛花がビクッと肩を揺らす。怒鳴ったつもりはないのに、森の静けさのせいで響きが強くなる。


 凛花は一瞬だけ立ち止まり、唇を噛んだ。泣き顔の名残がまだ残っている。潤んだ目が、今にもまた溢れそうで――


 悠真はすぐに声の温度を落とした。


「……転んだだけだ。今すぐ死なない。ほんとに」


 凛花は頷かなかった。頷けない、というより、頷いたら何かが崩れるみたいな顔をしていた。


「……死なない、って……約束」


「約束って、そんな――」


 言いかけて、悠真は飲み込んだ。


 さっき自分は「行かないよ」と言った。軽く。慰めのつもりで。なのに凛花の中では、言葉が全部“契約”になっている気配がある。ここで不用意に否定したら、凛花の不安はもっと膨らむ。


 悠真はため息を飲み込み、妥協した。


「……分かった。分かったから、もう少しゆっくり」


 凛花はようやく、ほんの少しだけ歩幅を落とした。けれど腕は離さない。離さないことで、自分を落ち着かせているようにも見えた。


 下り坂を半分ほど進んだ頃、ようやく森の空気が薄くなり、町の匂いが混じり始めた。遠くの車の音が戻ってくる。舗装路が近い。


 悠真は、そこでやっと現実的な不安を思い出す。


 ――このまま町に出るのか?


 凛花に腕を掴まれたまま。手を握られたまま。


 人に見られたら、どうなる。噂になる。確実に。千白高校は閉鎖的だと聞いた。噂は足より速い。自分は転校したばかりで、目立ちたくないのに。


 森の出口が見えたところで、悠真は立ち止まった。


「凛花」


「……なに」


「……その、さ。ここからは、人いるから。手、離してくれ」


 凛花の目がきゅっと細くなる。拒絶の前兆だ。悠真は慌てて付け足した。


「嫌とかじゃない。……ただ、見られたら面倒だろ」


「面倒……?」


「学校、噂好きだろ。俺も転校生だし。君も――高嶺の花、だし」


 凛花の唇が僅かに歪んだ。自嘲にも似た、薄い笑い。


「……噂なんて、どうでもいい」


「俺はどうでもよくない」


 悠真は即答した。


 凛花は固まった。悠真が自分を拒否した、と受け取ったのかもしれない。そんな表情だ。さっき泣いたばかりの顔で、そんなふうにされると、こちらが悪者になった気分になる。


 悠真は言い直す。


「俺は、俺の生活が大事なんだよ。……静かに過ごしたい。頼む」


 凛花の瞳が揺れた。迷い。抵抗。けれど、人目という単語は凛花にも効いたらしい。凛花は、ゆっくりと悠真の腕から手を離した。


 離した――と思った瞬間、凛花の指が悠真の袖口を掴んだ。


 ぎゅ、と、布を握る。


「これでいい」


「……それも十分目立つ気がするけど」


「絶対に、そばを離れない。並んで歩く。それなら」


 条件交渉の口調だった。妥協ではなく、契約の提示。凛花は、悠真の“逃げ道”を塞ぐ形で譲ってきた。


 悠真は断ろうとして、やめた。


 袖を掴まれているだけなら、腕を掴まれるよりはまだマシだ。周囲から見れば、仲が良い幼馴染――という印象に寄せられるかもしれない。寄せられるのも嫌だが、掴まれて引きずられるよりは現実的だ。


「……分かった。歩く。並んで」


 凛花の指の力が、僅かに緩む。


 森を出ると、町の通りは夕方の光に染まっていた。秋の空気は乾いていて、陽射しは斜めで、影が長い。商店のシャッターが半分降りている店もある。歩道の端には金木犀の落ちた花が散っていた。


 悠真は、懐かしいはずの景色を横目で見た。変わっているのに、変わっていない。自分の中にある過去と現実が、まだ噛み合っていない。


 凛花は、景色を見る余裕がなかった。視線は、悠真の袖と肘のあたりに何度も落ちる。袖を掴む指が、時々不安そうに握り直される。


 そのとき、悠真は背中に“視線”を感じた。


 森の中で感じたのとは違う。町の視線。人の視線。生活の中にある好奇心の刃。


 振り返ると、角の電柱の影に、誰かが立っていた気がした。けれど、視線を向けた瞬間、その気配は溶けるように消えた。たまたま通りすがっただけかもしれない。錯覚かもしれない。


 それでも、胸の奥に小さな棘が残る。


 ――見られてる。


 凛花は気づかない。気づいても気にしないのだろう。凛花にとって世界は、悠真の周囲以外が薄い。


 その偏りが、今は心強いようで、怖い。


 住宅街の角に差しかかったときだった。


 買い物袋を両手に提げた女性が、こちらへ向かって歩いてくる。明るいカーディガン。軽い足取り。遠目でも分かる“おしゃべりな気配”。


 悠真が「あ」と思う前に、その女性がニヤニヤと笑った。


「まあまあまあ。いい雰囲気だったから、邪魔しちゃ悪いと思って見てたのに」


 凛花が固まった。


「……お母さん」


 低い声。怒っているのに、声量が抑えきれていない。顔が真っ赤だ。耳まで赤い。凛花がこんなふうに狼狽するのは珍しい。


 冬月恵子は、楽しそうに目を細めた。


「だってさあ、凛花が男の子の袖掴んで歩いてるところなんて、初めて見たんだもん。びっくりするでしょ」


「違う。怪我」



「怪我? あら、どこ怪我したの?」


 恵子が、自然に肩に触れる。


 悠真は一瞬、脳が止まった。


「え、っと……」


 凛花が先に、早口で言った。


「お母さん。説明するから、変なこと言わないで。……悠真が転んで、血が出てるの。だから家で消毒する」


「なるほど。ふーん。で、悠真くんは?」


 恵子の視線が悠真に向く。興味津々の目。けれど、悪意はない。単純に“面白がっている”だけの目だ。


 悠真は慌てて頭を下げた。


「はじめまして。瀬戸悠真です。最近引っ越してきて……その、凛花とは、昔……」


 言いながら、どこまで説明すればいいのか分からなくなる。“幼馴染”でいいのか。“小学校一年の終わりまで”でいいのか。八年間の空白を含んだ関係を、短い言葉でどう言えばいい。


 恵子の目が丸くなった。


「……え?」


 次の瞬間、恵子のニヤニヤが、加速した。


「ええええええ!? あの悠真くん!? 凛花が、ずーっと、ずーっと、名前出してた悠真くん!? ほんとに!?」


「お母さん……!」


 凛花が顔を覆いそうな勢いで赤くなる。袖を掴む指が、ぎゅっと強くなる。


 悠真は、笑うしかなかった。


「……そんなに、ですか」


「そんなに、です」


 恵子は断言した。買い物袋を揺らしながら、楽しそうに言う。


「もうね、聞き飽きるくらい。『悠真はこうだった』『悠真はああだった』『悠真は――』って。夫婦の惚気ならぬ、娘の惚気?」


「惚気じゃない!」


 凛花が即座に否定する。声が裏返りかける。


 恵子は笑った。


「はいはい。じゃあ、怪我したんでしょ? 早くおいで。救急箱、取ってくるから」


 恵子は、あっさりと話を進めた。茶化しているのに、必要なことはちゃんとする。そういう母親の余裕が滲む。


 凛花は恵子の背中を睨み、次に悠真を見て、言い訳するように小さく言った。


「……お母さん、ああいう人だから」


「うん。分かる」


 悠真は苦笑した。こういう明るさは、嫌いじゃない。いや、正確には――眩しい。


 冬月家の玄関先には、“生活の匂い”があった。


 洗剤の匂い。炊き立ての米の匂い。少し甘い柔軟剤の匂い。人が毎日ここで息をしている匂い。


 悠真の家にも、昔はあった匂いだ。けれど今は、薄い。薄いというより、消えかけている。父と二人の家は、静かすぎて、匂いが定着する前に抜けていく。


 玄関に入った瞬間、悠真の胸の奥が、妙にきゅっと縮んだ。


「上がって」


 凛花が言う。声が少しだけ柔らかい。家の中では、凛花も呼吸がしやすいのかもしれない。


 恵子は「救急箱取ってくるねー」と奥へ消えた。凛花は、悠真にスリッパを差し出しながら、足元をちらりと確認した。血が床につかないか、という視線だ。


「……大丈夫。垂れてない」


「でも、見せて」


「見せるって……」


「見せて」


 凛花の圧が、また強くなる。悠真は抵抗する気力を失い、肘を少し出した。


 凛花は、まるで爆弾の起爆装置を見るみたいな真剣さで、その傷を見つめた。赤い滲み。擦り傷。大したことはない。なのに凛花の呼吸が浅くなる。


 悠真は、玄関に並ぶ靴を見た。母の靴、父の靴、凛花の靴。三人分が“当たり前”みたいに並んでいる。


 その並びが、残酷だった。


 失ったものが、ここには普通にある。


 悠真は、喉の奥が熱くなるのを感じた。目の奥が痛くなる感覚。泣くほどではない。けれど、感情の底が揺れる。


 その微かな表情の変化を、凛花が見逃さなかった。


 凛花の視線が、悠真の顔に上がる。


「……どうしたの」


 悠真は反射的に笑った。


「なんでもない。……靴、ちゃんと並んでるなって思っただけ」


 適当な誤魔化し。凛花は一瞬だけ唇を結び、何か言いたげに目を細めた。けれど、今は追及しない。凛花の中でも優先順位がある。


 “傷の処置”が最優先だ。


 リビングは、予想通り「普通の家」だった。


 ソファ。ローテーブル。テレビ。壁の時計。棚に並ぶ写真立て。季節の飾り。誰かの上着が椅子に掛かっている。読みかけの雑誌が端に積まれている。


 それら全部が、“家族がいる”という事実の証明だった。


 父親の姿は見えない。たぶん仕事か、外出か。けれど、いる気配はある。スリッパがある。カップがある。生活の痕跡がある。


 悠真は、その空間に足を踏み入れた瞬間、自分の心が少しずつ削れていくのを感じた。


 羨ましい、と言いたくない。

 羨ましいと言ったら、負けになる。

 でも、羨ましい。


 それを認めたくない自分と、認めてしまう自分が、胸の中で喧嘩する。


「座って」


 凛花が言い、悠真をソファに座らせた。凛花はすぐ隣に座る。距離が近い。近いのに、悠真はもう文句を言えなかった。ここで距離を取ろうとすれば、凛花が不安になる。それが目に見えている。


 恵子が救急箱を抱えて戻ってきた。


「はいはい、患者さまー。どれどれ、瀬戸くん……って呼んだ方がいい? 悠真くん? あ、凛花がいつも悠真って――」


「お母さん」


 凛花が低い声で止める。恵子は「はーい」と軽く流しながら、救急箱を開けた。


「上着、脱げる? 袖まくった方がいいかな」


「……大丈夫です」


 悠真は上着を脱ぎ、袖をまくった。その瞬間、恵子の目が少し真面目になる。


「……細いね」


 悠真の腕は、昔よりも細くなっている気がした。自分でも気づいていた。食生活が乱れていたのもある。家の空気が変になってから、食欲が落ちた日も多い。


 けれど、それを言うつもりはない。こんな“普通の家”の中で、不倫だの離婚だのの話は浮く。浮いて、汚れる。自分が。


「運動してないだけです。受験とかで」


 悠真は笑って濁した。


 凛花が、横から口を挟む。


「……受験、終わったのに、まだ細い」


「おい」


「食べてない」


「食べてる」


 凛花の言い方は断定だった。まるで、悠真の生活を見てきたみたいに。見てきたはずがないのに。


 恵子は薬液をコットンに含ませながら、悠真の顔を覗き込んだ。


「ちゃんと食べなきゃだめよ。男の子は体が資本なんだから」


「……はい」


 返事はしたが、胸の奥が痛い。自分の家でも言われたことがある言葉だ。母が、まだ“母”だった頃に。


 恵子は手際よく傷を洗い、消毒し、絆創膏を貼った。凛花はその一連の作業を、息を止めたまま見守っている。悠真が少しでも顔をしかめると、凛花の肩が跳ねる。


「痛い?」


「痛くない」


「ほんとに?」


「ほんとに」


 凛花は納得しない。納得しないまま、悠真の手首に指を置き、脈を確かめるような真似をした。


「……何してんの」


「生きてるか確認」


「生きてる」


 悠真が呆れて言うと、恵子が笑った。


「凛花ね、こう見えて心配性なのよー。小さい頃から」


「お母さん」


「はいはい」


 軽い会話。普通の会話。けれど悠真にとっては、それが逆に苦しい。


 “普通”は、持っていない人間にとって残酷だ。

 “普通”は、失った人間にとって痛い。


 時計を見ると、いつの間にか夕方になっていた。窓の外がオレンジ色に傾いている。家の中の光も暖かくなって、余計に居心地が良さそうに見える。


 だからこそ、悠真はここに居続けられなかった。


「……ありがとうございました。もう、大丈夫です」


 悠真は立ち上がった。強引なくらいに。


 凛花がすぐ反応する。


「え……もう帰るの?」


「うん。……父さんもいるし」


 本当は、父のことだけじゃない。自分の心が持たない。ここで笑って過ごしたら、家に帰ったときに落差で潰れる。


 恵子は察したのか、追いすがらなかった。代わりに、いつもの明るさで言った。


「じゃあ、今度はちゃんと遊びに来なさい。凛花も喜ぶから」


 凛花が口を開きかける。喜ぶと言われて照れるのか、否定するのか、その両方か。けれど言葉が出ない。代わりに、悠真の袖を掴む指がまた強くなる。


 悠真は、その指を見た。掴んでいるのは袖。けれど実質、悠真の行動を縛っている。


 ――逃がさない。


 そんな圧がある。


 悠真は、袖を引っ張り返さず、優しく言った。


「……また。学校でも」


 凛花の目が揺れる。“学校でも”という言葉は、彼女にとって不十分だ。家の外へ出た瞬間に、悠真が消える可能性を想像してしまう。


 それでも凛花は、ゆっくりと頷いた。


「……うん。絶対」


 絶対、という単語が重い。悠真はその重さに気づきながら、気づかないふりをした。


 外に出ると、空気が冷えていた。


 冬月家の玄関灯が、柔らかく足元を照らす。凛花は名残惜しそうに立っている。恵子は背後で「気をつけてねー」と手を振っている。


 悠真は頭を下げ、家を後にした。


 帰り道は、一人だった。


 さっきまで隣にいた気配が消えると、世界が急に広くなる。足音が自分のものだけになる。アスファルトの上で、靴底が乾いた音を立てる。


 秋の夕暮れは早い。影が長く伸びて、道の両端の家々が少しずつ暗くなる。窓から夕飯の匂いが漏れてくる。笑い声が微かに聞こえる。


 悠真は、胸の奥を押さえたくなった。


 冬月家の温かさが、まだ体に貼りついている。貼りついているのに、自分の家に帰れば、それは剥がれて落ちる。


 それが怖い。怖いからこそ、さっき強引に帰ってきた。


 歩きながら、悠真はふと考える。


 さっきまで足音は重なっていた。

 今朝は、別々の家から別々の思いで森へ向かった。

 今は、同じ道を通って、別々の“家”へ帰っていく。


 物理的な距離は縮まったのに、背景の溝は深い。

 凛花の家には当たり前の温もりがあり、自分の家には当たり前が減っている。


 その差が、今の自分を一番揺らす。


 ポケットのスマホが震えた。


 反射的に取り出す。通知は父からだった。


『今、帰る。夕飯どうする?』


 短い文。アプリのメッセージ。父なりの“会話”。


 悠真は「適当に食べる」と打ちかけて、消した。指が止まる。


 ――今日は、何か食べよう。


 そう思ってしまったのは、冬月家の匂いのせいだ。普通の残酷さのせいで、普通を少しだけ欲しくなってしまった。


『コンビニで何か買って帰る。父さんは?』


 送信する。


 画面を閉じようとして、悠真は立ち止まった。


 何かが足りない。


 考えて、すぐ気づいた。


「……連絡先、聞き忘れた」


 今どき高校生が。再会した幼馴染相手に。連絡先も交換しないで別れた。


 馬鹿みたいだ、と笑いそうになって、笑えなかった。


 それだけ、今日の出来事が自分の処理能力を超えていたのだ。凛花の涙。凛花の「おかえり」。冬月家の温かさ。自分の胸の痛み。全部が一度に押し寄せて、頭のどこかが麻痺していた。


 悠真は、暗くなり始めた道を見つめた。


 明日からの連休。明日からの学校生活。

 再会してしまった二人の日常は、もう元には戻らない。


 連絡先を聞き忘れたことが、その証拠みたいに思えた。

 “普通”に戻れないほど、衝撃が大きかったという証拠。


 悠真は息を吐き、歩き出した。


 一人の足音が、夕暮れの町に乾いて響く。


 その足音の余韻の中に、もう一つの足音が重なって聞こえた気がして――悠真は振り返らずに、ただ前だけを見て家へ向かった。

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