自力と他力
境界区域は、時間が薄い。
昼なのか夜なのか分からない光がずっと続いていて、
空は高いのに、息苦しい。
裁定塔から少し離れたこの場所は、
「裁定前」の人間が落ち着かせられる場所らしい。
落ち着く、なんて言葉が似合う場所じゃないけど。
壊れた家の壁にもたれて、
俺はネコを腕に抱いたまま、何もせず立っていた。
役目はある。
でも、やることはない。
話しかけろとも、
導けとも、
助けろとも言われていない。
ただ、最初に会え。
それだけだ。
空気が揺れた。
次の瞬間、
女が一人、地面に崩れ落ちた。
転移の衝撃か、
それとも安心したのか。
女は、泣いていた。
声を押し殺すでもなく、
嗚咽でもなく、
ただ、涙が止まらない、という泣き方だった。
「……ここ……」
女は顔を上げて、周囲を見回した。
その目が、俺に止まる。
「あの……」
俺は何も言わなかった。
「ここ、異世界ですよね?」
確認するみたいな口調だった。
俺は、うなずきもしなかった。
女はそれを肯定だと受け取ったらしい。
肩が、ふっと落ちた。
「……やっと」
女は、笑った。
その笑顔が、どこか歪んで見えた。
「やっと、変われるんだと思って……」
変われる。
その言葉が、胸の奥で引っかかった。
「ここなら、
ちゃんとした人生がもらえるんですよね」
もらえる。
人生を。
俺は、喉が詰まった。
違う、と思った。
でも、何が違うのか、言葉にできなかった。
女は立ち上がろうとして、
一歩、前に出た。
裁定塔の方向だ。
その瞬間だった。
女の足が、止まった。
「……え?」
自分の足を見下ろす。
もう一歩踏み出そうとして、
できない。
「なんで……?」
膝が、ゆっくりと折れた。
女は笑ったまま、崩れ落ちた。
「ちょっと……待って……」
期待が、行き場を失った音がした。
俺には、そう聞こえた。
誰も何も言っていないのに、
女の中で、何かが壊れた。
裁定官は来なかった。
来られなかった、のかもしれない。
女は、裁定を受ける前に、
壊れてしまったから。
数人の影が現れて、
女を運んでいった。
どこへ行くのかは、分からない。
聞いてはいけない気がした。
その場に、静けさだけが残った。
ネコは、俺の腕の中でじっとしていた。
俺は、しばらく動けなかった。
助けられなかった、とも思わなかった。
何か言えばよかった、とも思えなかった。
ただ。
人生を「もらえる」と信じていた人が、
それを失った瞬間を、
目の前で見てしまった。
俺は、その場に立っていただけだ。
……それなのに。
胸の奥が、
じわじわと痛くなった。
シンは思った。
期待だけで生きるのは、
きっと、死ぬより怖い。




