オレはなんだ?
光の向こうに足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった。
湿った川辺の匂いは消えて、代わりに乾いた土の匂いが鼻をつく。
目を開けると、俺は知らない町の真ん中に立っていた。
石畳の路地。
古い木造の家。
猫は腕の中で小さく震えたが、逃げようとはしない。
「……どこだよ、ここ」
誰も答えない。
ただ、俺を取り囲むように、遠くからざわ…っとした視線が重なる。
市場みたいな場所で、野菜を売ってる女が俺を指さした。
「ねえ、あれ――“光落ち”じゃない?」
「昨日もあったろ? また悪い魂だよ」
「早く判定塔に連れていかないと!」
ざわつきはすぐに波になって、俺を押し流す。
誰も近づかない。けど誰も逃げない。
まるで危険物を見るみたいに、一定の距離だけを保って俺を取り囲んでくる。
猫を抱えたまま、一歩後ずさる。
「おい、何だよ“判定”って……」
言い終わる前に、
俺の足元で、石畳が――光った。
真っ黒な俺の影が、じわ…っと浮かび上がる。
影の真ん中に、赤い紋が点滅し始めた。
「……は?」
周囲の人間が一斉に叫んだ。
「赤紋だ!! 逃げろ!!」
「悪人判定! “飛ばされる”ぞ!!」
逃げるのは俺じゃない。
周りの人間だ。
俺は訳もわからず立ち尽くす。
猫だけが、胸の中で静かに耳を伏せている。
赤い紋は明滅しながら、俺の影を食うように広がっていく。
影が薄くなる。
足元が浮くような感覚が足にまとわりつく。
“悪い奴は飛ばされる”
なら俺は――飛ばされる側なのか?
いや、待て。
俺は確かに悪いことは山ほどしてきたけど……
でも、飛ばされるって何だよ。どこにだよ。
影が揺らぎ、俺の足がズル…っと沈みかけた、そのとき。
突然、猫が俺の腕から飛び出し、足元の紋に前足を突っ込んだ。
「おい、やめ――!」
赤紋が、ピタッと消えた。
代わりに、緑色の紋が現れた。
人混みがさらにざわめく。
「緑紋!? 何だあれ!」
「共存値が跳ね上がってる……? ありえない、悪人なのに!」
「猫が判定を上書きしたのか?」
俺は訳が分からないまま、猫を抱き直す。
猫の瞳は、俺ではなくどこか遠くを見ていた。
そのとき――
人混みの奥から、一人の男がゆっくり歩み寄ってきた。
深い灰色のローブ。
胸元には“判定官”の紋章。
鋭い視線で俺を見据え、口を開く。
「少年。お前は……“飛ばされる悪”ではないらしい」
そう言って、男はわずかに目を細めた。
「だが、異物には変わりない。ついてこい。正式に検査する必要がある」
猫が「ニャ」と鳴き、俺の胸に顔をうずめた。
――俺はもう一度、生きるのか。
それとも、次の“判定”で本当に飛ばされるのか。
俺は猫を抱き、ゆっくり息を整えると、
灰色のローブの男のあとを歩き出した。
遠巻きに見守る町の人々は、まだ俺を“危ないもの”みたいに見ていた。
でも、さっきよりは――ほんの少しだけ、その目が柔らかい気がした。




