少年
境界区域には、慣れというものがある。
人が落ちてくる前兆も、
空気の歪み方も、
だいたい分かるようになってきた。
それでも――
毎回、少しだけ身構えてしまう。
また、
何かを背負ったままの人間が来る。
そう思うからだ。
その時も、同じだった。
空気が、静かに裂ける。
音はない。
光も派手じゃない。
ただ、ぽつんと、
小さな影が地面に現れた。
……子供だった。
いや、
正確には「少年」か。
俺より少し背が低くて、
細くて、
年齢は……十歳前後だろうか。
少年は、立っていた。
泣いてもいない。
叫んでもいない。
転移した直後だっていうのに、
地面に座り込むこともなく、
ただ、ぼんやりと周囲を見ていた。
裁定塔の方向も、見ていない。
それが、まずおかしかった。
落ちてきた人間は、
みんな最初に塔を見る。
期待でも、怒りでも、恐怖でもいい。
何かしらの感情を、
あそこに向ける。
でも少年は違った。
目が、低い。
空じゃなく、
塔でもなく、
自分の足元を見ている。
俺は、距離を保ったまま立っていた。
役目は「最初に会え」だ。
近づけとは言われていない。
ネコが、俺の腕の中で小さく身じろぎした。
少年は、それに気づいた。
ゆっくり、顔を上げる。
目が合った。
……驚きはなかった。
警戒も、
期待も、
怒りも。
どれも、なかった。
まるで、
「人がいること」に、
最初から慣れているみたいな目だった。
「……ここ、どこ?」
声は小さかった。
でも、はっきりしていた。
俺は、すぐに答えなかった。
これまでの経験が、
勝手にブレーキをかける。
下手なことを言えば、
壊れるかもしれない。
少年は、
俺の沈黙を気にしなかった。
視線を逸らして、
周囲を見回す。
「……お兄さん」
その呼び方に、
少しだけ胸が引っかかった。
「ここ、怒られない?」
……ああ。
そういう世界から来たのか。
「怒られない、と思う」
俺は、そう答えた。
嘘ではない。
でも、保証でもない。
少年は、少し考えてから、
小さくうなずいた。
それだけだった。
裁定塔の方向を、
一度も見ないまま。
「……帰らなきゃ、だめ?」
ぽつりと、そう言った。
帰る場所がある言い方じゃなかった。
帰らなきゃ「いけない」場所がある。
そんな声だった。
俺は、何も言えなかった。
期待を持ってきた人も、
何も期待しない人も、
怒りをぶつけてきた人も。
みんな、
自分の感情を外に出していた。
でもこの少年は、
何も持っていないみたいだった。
いや――
持たないようにしている。
そう感じた。
ネコが、俺の腕の中で、
小さく尻尾を揺らした。
少年は、それを見て、
ほんの一瞬だけ、
口元をゆるめた。
笑った、とは言えない。
ただ、
「かわいい」と思った時の顔だった。
その顔を見た瞬間、
胸の奥が、
嫌な音を立てた。
……まずい。
これは、
今までの連中とは違う。
俺は、
初めてそう思った。
シンは、
この子を放っておいたら、
取り返しがつかない気がした。




