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転生者の鳥籠

作者: ふゆのはな

「あ」


 思わず声が漏れた。

 久しぶりに出した声はかすれていて、周りには聞こえていないだろう。


  それなのに黄金色の髪が弧を描いて振り返り、酸素をよく含んだ鮮血のような瞳と目が合う。

 黄金色の動きに釣られて綿毛のような桃色髪もこちらを見ようとしたけれど、すぐに背に手を添えられてそのまま歩き出した。


「そうだ、アル!中庭に行こうよ!前世で見た花の再現に成功したよ!蕾がついたんだ」


 天真爛漫を絵に描いたような桃色が弾んだ声をあげる。

 

 どうやらここは物語の世界だったらしい。



 この国では同性婚が認められており、貴族でも政略が絡めば男同士や女同士で結婚することがある。

 その価値観で育てられる為、前世でいうところのバイセクシャルが多数派だ。

 この風潮は過去の転生者様が持ち込んだ価値観だ。


 転生者、すなわち前世の記憶を持つ者は稀な存在だ。この国に現れたのは、約二百年ぶりらしい。

 転生者が現れると詳細な聞き取り調査が行われ、王家の庇護下に置かれる。

 往々にして転生者は魔法の天才なのだ。それはもう、王家が囲い込みたくなるくらいに。


 だから15歳から18歳までの貴族の子息子女が集められる学園で、第三王子がぽっと出の男爵令息と懇意になっていても、それが転生者であれば文句を言う者はいない。




「今日はアルフレッド様が教室までリオ様をお迎えに行かれたそうよ」

「では一緒に昼食をとられるのかしら」

「リオ様はある日突然前世を思い出したんですって」

「羨ましいわ、私もうっかり思い出さないかしら?」

「そしたら王子殿下と結婚できるからって?」

「そう!憧れちゃうわ」

「でも私、アルフレッド様はてっきりあの方とお付き合いされているのかと思っていたわ」

「あの辺境伯家の?」

「えぇ、気にかけてらっしゃるようでしたし」

「けれど美しいとはいえ辺境伯家を継げるかわからないんでしょう?」

「弟君もずいぶん優秀なようですしね」


 空き教室で一人昼食を取っていると外からレディたちの噂話が聞こえてくる。

 軽快なテンポで変わっていく内容に気分が悪くなり弁当箱の蓋を閉める。

 彼女たちもまさかその辺境伯家の長男が話を聞いているなんて思ってないだろう。




 僕は辺境伯家の第一子。

 今思えば生まれた時から前世の記憶があったんだと思う。

 けれど、赤ん坊がそんなことを自覚できるわけがない。銀髪に碧眼で生まれた僕は、母の瞳に反射した自分を見て「なぜ黒髪じゃないのか」と驚いて自分に魔法をかけてしまった。


 父が駆け付けた時、僕の髪はしっかり黒に染まっていた。

 本来の色を見たのは母と助産師だけだった。魔法も習っていない赤ん坊が自分に魔法をかけたなんて、誰が信じるだろうか。

 父は銀髪翠眼、母は金髪碧眼。親族に黒髪は居ない。


 母は父に貴方の子だと訴え続けたが、父は信じたくとも信じきれず、臭いものに蓋をした。


 両親も義両親も母を責めた。

 濡れ衣と偏見にさらされ、やがて使用人たちも母子を遠巻きに見るようになった。唯一の味方だった助産師は、母を庇っているとして家を追われた。


 どんどん居場所を失っていく母、仕事に逃げ、家庭に背を向ける父。


 夫婦間に亀裂が生まれ、距離が開くにつれて、母の心はバランスを崩し教会に通うようになった。

 そこで母を支えてくれる人が見付かったらしい。そのまま母は駆け落ちするように辺境から姿を消した。


 去り際に母は言った。


「貴方は正統な辺境伯家の跡継ぎです。けれど、貴方を信じてくれない人に尽くす必要はありません。貴方は自由に生きなさい。そして貴方は何があっても貴方を信じてくれる人を愛しなさい。……私は貴方のことを愛してます。」


 この時僕は2歳。

 「じゃあ連れてってよ」と思ったけど口には出さなかった。どこか冷静な自分が「でも平民になると10歳頃から働くことになるよな?」と頭の中で囁いたからだ。


 僕はもう言葉を話せるようになっていたけど、魔法はまだ使えなかった。母が居る内に、母の無実を証明することは出来なかった。


 父は母が出て行ってやっぱりか、という顔をした。少し安堵の色も浮かんでいたかもしれない。けれど母が教会で懇意にしていたという男の髪が榛色だと聞いて苦い顔をした。その後母から父に宛てられた手紙を読んで泣いていた。


 それから父は変わったかというとそんなことはない。臭いものに蓋をする性格は変わらないまま、僕のことも放置した。


 4歳になると新しい母ができ、5歳になると弟ができた。銀髪の可愛い赤ちゃんだ。

 僕は初めて見る子供に興味津々でこっそり弟が寝ている部屋に入って頬を撫でようとした。するとすごい勢いで新しい母が入ってきて悲鳴を上げて弟を抱き上げた。


 翌日から僕は離れで一人暮らしになった。


 とはいえ、本邸への出入りを禁じられたわけではない。家庭教師の授業は本邸で受けるし、書斎で本を読むこともできる。離れへは三日に一度食材が届けられ、清掃は魔法で行っている。

 ただ寝る場所が変わり、世話されることがなくなっただけだ。


 新しい母とすれ違うと顔をしかめられるが、特にいじめられることもない。彼女は自分の息子を跡継ぎにしたいようだけど、やることがなにもかも中途半端であの父とお似合いだと思った。


 この頃になると魔法を使えるようになっていたが、あえて銀髪に戻すことはしなかった。母が去った今、無意味なことだと思ったし、銀髪にして新しい母に辺境伯家の跡継ぎの座を狙っていると思われても面倒だ。

 それになにより、僕はこの黒髪に愛着を抱いていた。


 一人暮らしには前世の記憶も助けになったのだと思う。


 僕の前世の記憶は感情を伴わない。本を読んだ感覚に近い。学生時代に学んだこと、自炊や家事、エンジニアとして働いた経験など、一人の男の人生を綴った長い本のような前世は、情緒を育む類のものではなかった。だからそれが前世だと自覚するのに随分時間がかかってしまった。


 僕が自分のことを転生者だと自覚したのはブラッドと出会ってからだ。




 12歳の夏、本邸から持ってきた本を読んでいた時のこと。

 カサリと窓の外で何かが揺れた。食材は昨日届いたばかりだ。猫でも迷い込んだかと、外へ出ると同い年くらいの血塗れの人間が居た。


 困ったな、と思った。

 僕のせいになったら嫌だな、と。


「生きてる?」

 と声をかけると

「たすけて」

 と返ってきた。


 少し迷ったあとその人間を引っ張って離れの中に運び、外に水を撒いて血のあとを消した。

 玄関に戻り横たわるそいつの服を脱がせると背中にぱっくりと大きな傷があった。


「ごめん、僕麻酔の仕組みも痛み止めの仕組みもわからないから痛いと思う。でも防音魔法は使えるから好きなだけ叫んで良いよ。」


 返事はなかったが、水をぶっかけて傷を縫うイメージで魔法を使った。


 この世界の魔法は万能ではない。

 イメージが大切な為、仕組みを理解していないと使えないのだ。

 例えば麻酔の仕組みを知らない僕が魔法で麻酔をかけようとすると、体に一生麻痺が残るリスクがある。防音魔法は音の出所をスポンジ素材と石膏の壁で囲むイメージだ。僕のイメージだと完全に音を防ぐことはできないけど、外に漏れるほどの音にはならないだろう。


 そう思ったのにそいつは声を出さずに耐えていた。

 全部縫い終わる頃には痛みで気絶したみたいだ。


 防音魔法を使わなくてよかったからまだ魔力に余裕がある。

 余った魔力で傷口以外に洗浄魔法をかけて上からタオルをかけてやる。僕の洗浄魔法はお風呂のイメージだから傷口に染みるだろうし傷口には縫う前に水をぶっかけたからこれで大丈夫だろう。


 ベッドまで運ぶ元気はなかった。

 僕は非力だから同じくらいの大きさの人間を運ぶのはすごく大変なんだ。



 次の日の朝、起きて食事にしようかと玄関前を通りかかるとそいつはタオルをマントみたいに肩にかけてお行儀よく座ってた。


 赤黒い瞳がこちらを見ている。


「……えーと、朝ご飯食べる?」

「…………食べる」


 そいつは顔をしかめながら立ち上がりよろよろとついてきた。

 脂汗が浮かんでいる。傷口が痛いんだろう。もしかしたら熱があるのかもしれない。


 僕は手早くスープを作ってパンとサラダを用意する。

 そいつは最初僕が作ってるところをじっと見ていたけど、限界だったのか先にテーブルへ移動して椅子に座った。


「どうぞ」


 とそいつの前に作ったものを置き、僕は向かいに座る。

 そいつは僕の倍くらいの時間をかけて全部食べきった。


「病院行く?」

「行かない」

「教会行く?」

「行かない」

「ふーん」

「……」

「じゃあベッド行く?」

「……行く」


 手を引きベッドに連れて行くと、そいつは赤ちゃんみたいに丸まってすぐに寝てしまった。

 僕はベッドのそばに椅子を置き、本を開き昨日の続きを読む。二百年前、この国に現れた転生者様の本だ。


 転生者様は医学に深く通じていたらしい。

 怪我はもちろん、当時は不可能だと言われていた魔法による病気の治療にも成功したそうだ。病気を診断し、適切な治療の魔法を施すのだとか。手術を魔法に置き換えている感じだろうか。病院を作ったのもこの人だ。


 魔法には適性なんて概念はなく、仕組みさえ分かれば誰でも使える。つまり知識が多ければ多いほど高度な魔法が使えるのだ。

 魔法具はその知識を魔法術式として道具に埋め込んだものであり、それさえあれば魔力も知識も必要ない。


 その為この国では魔力量の多さよりも新しい魔法術式を組む力の方が重宝される。


 転生者様は病気ごとに魔法術式を組み、病気を診断する為の知識を記した。

 これにより我が国の医療技術は飛躍的に進歩し、その技術を欲しがった他国との交渉も優位に運べるようになった。


 僕がこの転生者様だったらこいつのこともちゃんと治してやれたのかな。


 気付けば昼下がり、読み終わった本を持ち本邸に向かう。

 書斎から適当に数冊の本を選び、いつもならすぐに離れへ戻るところを、今日は医務室へ立ち寄り痛み止めを拝借する。


 離れに戻ると、ベッドサイドに水と痛み止めを置いてまた本を読む。

 今度の本はラブロマンスだ。

 障害があると恋は燃え上がりやすいのか。恋は勝手に落ちるものだから拾って相手に投げつけるのが良いらしい。燃えたり落ちたり恋とは大変なものだ。


 ふと顔を上げると鮮やかな瞳と目が合った。

 すっかり夜になっていた。

 いつからだろう、僕の手元は彼の魔法で照らされていた。


「魔法ありがとう」

「いや……うん」

「何か食べる?」

「……食べる」


 キッチンに向かうと彼は後ろを着いてきた。


「なんで俺を助けたの?」


 料理の手を少しだけ止めて考える。

 なんでだろう。

 確かここで死なれたら嫌だなと思って、それで、


「髪が母と同じ色だったから」


 僕が助けたみたいに母が困った時に、誰かが母を助けてくれてたらいいなと思ったんだ。


「傍から見たら僕は捨てられた子なんだろうけど、母は僕を愛していたから」


 今は特別恋しいわけでもないけれど、もらった分は返したいなと。


 そんな話をしているうちにご飯ができた。

 我ながら美味しそう。


「お前、名前は?」


 その問いがなんだか今更で面白く感じて笑ってしまう。


「あはははは」

「なんで笑う?」

「あはは、あは」

「……ふっ、はは」


 そしたらこいつも釣られて笑い始めて、2人ご機嫌で料理をテーブルに並べた。


「僕自分の名前そんなに好きじゃないな」


 生まれる前に父だか祖父だかが決めた名前らしい。


「だからアンタが決めてよ」

「それじゃあ俺の名前も考えてくれるか?」

「いいよ、アンタは今日からブラッドね」



 それから僕たちは2人で暮らした。

 僕はブラッドが誰で、何故辺境伯家の離れに倒れてたか聞かなかった。けれどなんとなく着ている服や言葉の端々から王家の人間だと察していた。

 でも言われてないから敬ってなんてやらないんだ。


「ね〜ご飯作るの面倒くさい〜」

「く、果物を剥くくらいなら俺もできると思う」

「は?そんなんで婿に行けると思ってんの?教えてあげるから卵焼きくらい作れるようになりなさい!」

「卵焼きってなに?」


 ブラッドは僕のことをよく聞きたがった。


「今は12歳か?誕生日は?好きな色は?」

「あ〜はいはい」

「俺めんどくさい?」

「あ〜はいはい」

「ごめん……」

「12月5日になったら13歳、好きな色は金色」

「!!!俺は14歳で6月7日生まれで青が好きだ!」

「聞いてないって」


 それから少しかっこつけだ。


「傷塞がってきたね」

「痛みも落ち着いてきた」

「驚異の回復力だ」

「自分で治癒魔法も使ってるからな」

「縫った時ブラッドよく声出さなかったね」

「こんな子供が本当に防音魔法を使えると思わなかったんだよ」

「あはは、抜糸の時は声出して良いからね」

「出さない」

「む」

「信じてないんじゃなくて、なんかダサいじゃん」


 抜糸はそんなに痛くなかったらしい。

 糸を抜かれながらすまし顔してるブラッドを見て僕は大笑いしてしまった。

 ブラッドはほんのり頬を染めて拗ねた顔を作ってたけど、すぐにつられて犬歯を見せて笑っていた。


「本邸に行ってる間に洗い物も洗濯も掃除も済んでる!?」

「おかえり、お疲れさま」

「ブラッドってもしかして天才?」

「俺ができないのは料理だけだ!」

「諦めないで!ここまで来たら料理もできるようになろう!」

「卵焼きなら作れるぞ!」

「あはははは!」

「なんで笑う!」


 ブラッドって器用なのに不器用なのがなんか可愛いんだ。


「あ〜つ〜い〜」

「あついな〜」

 ブラッドが優しく風魔法を当ててくれる。

「こんな日はプールに入ろう」

「プール?」

「そう!でも昼間から外で遊んでたら誰かに見付かりそうだから夜にしよう!ナイトプールだ」


 辺境特有の真っ暗な夜。

 灯りひとつない離れの裏に魔法でビニールプールを作る。


 真っ暗だし僕たち子供だからいいじゃんって押しきって裸でプールに入って騒いでじゃれあう。

 防音魔法は得意なんだ。


 空には満天の星。

 でも知ってる星がなくてなんか不思議。


「ベガもデネブもアルタイルもないんだ」

「なにそれ?」

「夏の大三角」

「なにそれ?」

「星座だよ」

「あのさ、前から思ってたんだけど……」

「なに」

「転生者、なの?」

「僕が?」

「そう」


 ブラッドが言うには、僕はこの世界にないものの話をよくするらしい。それに僕が使う魔法だって術式にして世に出したら大変価値があるものだと。

 言われてはじめて意識した。昔読んだ本のように、前世の知識を自然に思い出して使ってたみたいだ。


「転生者と名乗れば王家に縛られてしまう。二百年前の転生者様は医学に覚えがあると言ってしまったばかりに王弟妃となり死ぬまで知識の共有を求められた。転生者様が生涯でお残しになった知識の量を見るに、死ぬまで休みなんてなかったと思う。転生者様がどうお考えだったかはわからないけど、身分がある奴隷のようだ。」


 奴隷制度は三百年前に廃止されてる。

 それも当時の転生者様の功績だ。


「俺は、隠した方が良いと思う。自由な生活がなくなって、好きな生き方ができなくなる」


 おれみたいに

 と声には出てないが口が動いてた。


「ブラッドは、転生者を見付けたって言って帰れば楽になるんじゃない?」

「そんなことは絶対にしない!」

「なんで?」

「………………すきだから」

「……」

「すきな人を売ったりしない、絶対に守る」

「……僕も、ブラッドのことすきだよ」


 なんだかシリアスな話をしてたのにふわふわした気分になって、なんとなく手を繋いで、なんとなく触れ合って、なんとなくキスをした。


 あれ、僕たちってもう大人なんだっけ?


 そのまま一緒にお風呂に入ってベッドに入ってふわふわした心で、このまま寝て起きたら「じゃあさ、このまま一緒に暮らそうよ」って、それか「一緒に逃げようよ」って言ってみようかな、なんて思っていたのに。


 目を覚ました時、ブラッドはどこにも居なかった。


 むかつくとか悔しいとかこれが障害なら確かに燃えちゃうね、なんて感情がぐちゃぐちゃになって、それで、寂しいと思った。


 気ままに一人暮らしを楽しんでたはずなのに一人が寂しいと思ったんだ。




 あ、


 今度は声に出なかった。


「アル!見てお弁当を作ってみたんだ!」

「美味しそうだね」

「これは卵焼きって言ってね、僕の前世で親しまれてた卵料理なんだ!」

「そうなんだ、リオは器用だね」


 ブラッドは高貴なアルフレッド様だったらしい。

 でもアル、アル、なんて呼ばれてにこにこ口角を上げてるから僕のブラッドはもう居ないのかも。そんな手垢に塗れた名前、汚いよ。瞳の色も酸素が抜けて老廃物が溜まった血液みたいだ。


 声を出してないのに僕のすきな金色が揺れて目が合う。

 瞳に光を反射させたって絆されないよ。


 学園ではいよいよアルフレッド様と転生者リオ様の婚約の噂が立ちはじめた。そろそろ限界だ。

 

 恋は落ちたら投げつけるものらしい。




「リオ様ごきげんよう、少しお時間よろしいでしょうか?」

「え、何!アルにも悪役令息居たっけ!?」


 リオ様はウキウキしながら僕についてくる。

 残念ながら僕は悪役令息になるつもりはない。


「リオ様はどなたを攻略されているのですか?」

「え?転生者?」

「申し訳ございません、可能であれば平和に解決したいと思いまして」

「そっか!君アル推しでしょ?僕が転校してくるまではアルと付き合ってたって噂の!モブが転生者のパターンかー!一応シナリオ通りに動いてただけで僕正統派キラキラ王子興味ないから安心して!実は僕第二王子のギル推しなんだよね武闘派ツンデレって良いよね!」

「ご理解いただきありがとうございます。すでに王城には出向いていらっしゃいますか?」

「当たり前じゃん何回キミハナプレイしたと思ってる?てかこれキミハナ語れるチャンス!?」

「ではこちらをどうかご内密に第一王太子殿下へお渡しいただけないでしょうか?もちろん私も第二王子殿下との件ご協力させていただきます」

「え、まさかの第一王子推し!?既婚者だよ!?」

「どうぞよろしくお願いいたします」

「まあ良いけど、側妃狙いかあ」


 リオ様のことはずっと見ていたので物語の性格と差異はないだろうと判断した。裏があるタイプじゃなくて安心だ。微妙に話が通じてない気もするが、これで良いだろう。



 ✰⋆。



「貴方が次の王になるのよ」


 生まれた時から人生を決められていた。


 逆らう気力もないままに、もうどうでも良いと思って生きていたら、背中からあっさり切られてしまった。


 切られて思ったのは「生きたい」だ。

 どうでも良いはずの人生をまだ捨てたくなくて這いずり回って逃げていたら抜け穴を見つけ、貴族の敷地内に入り込む。

 無関係な貴族の邸宅にまで瀕死の第三王子見ませんでしたか?なんて押しかけることはできない筈だ。


 どうにか息を潜めてそれで、それからどうしたら良いんだ?

 たすけてって言ってみる?

 突き出されたらどうする?

 どうすればいい、どうすれば、たすかるのか。

 俺は優秀だと言われたはずなのに、大事な時に正解がわからなくなる。


 もう駄目なのかも、と思ってたら頭上から澄んだ声がかかる。


「生きてる?」


 美しい顔がこちらを覗いて天使が迎えに来たのかと思った。


「たすけて」


 俺がそう言うと、天使は俺を引き摺って家に入れてくれた。めちゃくちゃ痛かった。膝が擦りむけて大変なことになった。でもそれがどうでもいいって思えるくらいその後の処置が辛かった。

 全然天使じゃなかった。小悪魔だ。


 小悪魔は艷やかな漆黒の髪に海と空の境目みたいな瞳でこの世の者とは思えないくらい美しいのに人間らしくころころとよく笑う人だった。


 でも笑ってる時以外は、他に感情を知らないかのような無表情だった。その人間味のなさに、あっさりこの世から消えてしまいそうな恐怖心を覚え、俺はたくさん話しかけた。


 俺はこの愛しくて自由でかわいい小悪魔を幸せにする為に生き残ったのかもしれない。

 この人は縛っちゃ駄目だ。ありのままが美しい人なんだ。

 俺の生きる意味はこの人にしよう。

 俺の全部を賭けて守ろうと思った。



 王宮に戻った。あの人を守るには権力が必要だからだ。

 腹違いの兄にはとっとと王太子になってもらい、権力争いに決着を付けよう。それから良好な関係を築きつつ、転生者信仰の気が強い貴族は、中央から遠ざけるように手を打つ。


 あの人がなるべく王家に見付からないように、見付かっても揉み消せるように、ずっと気ままな生活ができるように。

 辺境伯家のゴタゴタはすぐに調べたがあの人は権力を望んでないからまだ放置して良いだろう。困ったらすぐに援助できる準備だけしておこう。

 それから絶対に傷付くことがないように影を1人付けておきたい。いやまだ駄目だ影は俺直属じゃない。影の権限を得るよりも新しく人材を用意する方がはやいか?


 目が回る忙しさの中学園に入学した。

 学業、公務、根回し、根回し、根回し……。


 2年生になった。新入生の名簿にあの人の名前がある。

 俺が縛り付けてはいけない人。だから見守るだけ。


 …………は


 気付いたら手を出していた。

 だって階段から落ちそうだったから。

 危ないじゃないか。

 かわいいな、くそ。


 昼は食堂で食べるのか。

 無防備な食事姿が丸見えだけど大丈夫なのか。

 だって桃色の口の中が見えそうだ。淡く色づいたの頬が、白い喉仏が動いている。

 襲われたらどうするんだ。


 それは誰だ。

 それは貴方がかわいい顔を向けてやる価値のある相手か?

 なんで笑う。

 そいつは貴方を幸せにできるのか?


 気付けば学園は俺があの人を気にかけているという噂で持ちきりになっていた。最低限しか話してないのにおかしい。このままではまずい。


 学園に転生者を名乗る転校生が来た。兄二人は既に卒業している為学園内では俺が囲う役目を任された。どうやら草花に精通しているらしい。お花畑な性格と合っていて大変素晴らしい能力だと思う。


 休日は王宮に誘い二番目の兄に押し付ける。あれは口では文句を言ってても満更ではない顔をしているからちょうどよい。


 今日は珍しく王太子となった一番目の兄から呼び出されている。

 世継ぎが出来たのだろうか。だとしたらまだ後継者争いが出来ると思っている諦めの悪い者たちを一掃できそうだ。


 呼ばれた部屋に入ると柔和な笑みを浮かべた兄が居る。人が良さそうな顔をしていてもこの王宮で生き残り王太子になった曲者だ。


「お前に結婚してもらうことになった」

「は」

「政略だ、すまないが拒否権はない」

「相手はどなたですか?」

「転生者殿だ」

「リオでしたらギルベルト兄様の方がよろしいのでは?」

「転生者殿たっての願いである為、拒否することはできない」

「……はい」

「早速だがこの後顔合わせだ。急で悪いがそういう約束なんだ」

「はい」


 顔合わせ?約束?


 促されるまま王子妃宮の庭に通される。もう王子妃宮に移っているのか。ここまで性急に物事が進むということは余程の事情が絡んでいるに違いない。草花の力が必要な疫病でも出たか?


 ぐるぐると考えを巡らせていると、この世で1番美しい黒色が目に飛び込んできた。

 カラフルな花々が反射し陽の光を浴びて輝く黒髪だ。振り返った白い肌とのコントラスト差に目眩がする。

 海と空の境目がきゅっと細められる。いたずらが成功した顔だ。


 駄目だ。

 ここは鳥籠だ。

 貴方を捕まえる鳥籠なんだ。


「俺は、しくじったのか」

「うん、しくじったね」

「貴方は俺のせいでここに居る?」

「うん、アンタのためにここに居る」

「貴方は、労働が嫌いだ!」

「あははは、うん嫌いだ!」

「それに、自分のお気に入りだけを集めた空間が好きで!」

「うんうん」

「それ以外に介入されるのを嫌う!」

「その通り!」

「なのに」

 なのに

「なんで、こんなところに来ちゃったの……」


 俺は膝から崩れ落ちる。

 ぼたぼたと大粒の涙が落ちる。

 弾みで一生懸命抱えてた恋心も落ちる。


 兄上がポカンとしてるのが目の端に映る。そりゃそうだ、生まれてこの方こんなに取り乱したことはない。


「僕ね、お気に入りが取られるのも嫌なの。だから取り返しに来たよ」


 頭上に影がかかる。

 あぁ、この人は、こんな時に限って最高の笑顔を見せてくれるんだ。


「僕は、アンタと一緒なら地獄でも楽しめそうだと思ってるよ」


 もう逃げられない。

 捕まったのは俺だ。

 俺は一生この人には敵わない。

 俺なりに相手の幸せってやつを考えて恋心を握りしめてたのに、こんな豪速球をぶつけられてまともで居られるわけがないんだ。



 ✰⋆。



「あの!すみません!これ渡してくれって頼まれて!」


 この国の王太子たる私へ、突然こんな風に気安く話しかけてくるのは、転生者殿くらいのものだろう。


 この国の、いやこの世界の転生者信仰は凄まじい。何十年分もの文明を一人で前進させる力を持つ存在なのだから当然だ。有益な魔法術式ひとつで他国と大きく差をつけられる以上、国の中枢居るほどその信仰は強くなる。


 さて、その転生者殿が渡してきたものは……。



「確認だが、条件はアルフレッドとの婚姻で間違いないか?」

「はい、早急にかつ内密に進めてください」

「まさか同じ年に2人も転生者が生まれてくれるとは」

「王太子殿下を必ず賢王として歴史書に残してみせますよ」

「これはどの様に使うのだ?」

「指紋認証システムです。登録した指紋の人しか入れない部屋を作ったり、捕らえた犯罪者の指紋を採取することで、再犯かどうかの照合が可能になります。たとえ逃亡中に外見が変わったとしても、指紋が一致すれば本人と断定できます」

「指紋は生涯変わらず、同一の指紋を持つ人間は存在しない、か」

「はい、それについては二百年前の転生者様の書物に記されております。また私には開発が難しい技術ですが、いずれグラスなど手が触れた所からも指紋を採取できるようになります。この技術を生み出した者には褒美を与えるとでも触れを出してください。絶対にケチらないでくださいね。犯罪捜査に役立ち、治安が向上します。」


 どうやらこの転生者殿は「システム作り」に精通した者だったらしい。


 今までどこに隠れてたのか不思議なくらい優秀な者が、たった1つ要求したのがアルフレッドの人生だ。


 アルフレッドは元々無気力な子供だった。だが行方不明になっていた期間に何かがあったのだろう。戻ってきた時にはまるで別人のように変わっていた。

 鬼気迫る勢いで内政に乗り出した時は、ついに己の地位も揺らぐかと危惧したものだが、予想に反してあれよあれよという間に王太子へ担ぎ上げられてしまった。

 アルフレッドは転生者信仰に忌避感があるようで、そんな弟を転生者殿に受け渡して良いものかと心配していたが……。


 卒業も待たずに結婚してからというもの、アルフレッドは番犬のように転生者殿の傍に侍り、周りを牽制している。

 転生者殿はといえば満足そうにアルフレッドを撫で非常によく働いている。


 現在は戸籍というシステムを作るのだとか。

 今まで教会や各地の領主が独自に保管していた出生情報を、国全体で同じやり方に統一するのだという。国民を管理しやすくするのだ。まずは貴族から導入し、いずれは全ての国民に登録させる。戸籍導入後も変わらず王家は各地の領主たちに干渉する権限を持たないが、不審な人物を調査する手立てができる。これにより、不正や悪政の抑止力となるのだ。


「もちろん国民にもメリットがありますよ」

「待って、目を瞑りながら話そう。綺麗な碧眼が充血しはじめている」


 ……私には普段との違いがわからないが。

 アルフレッドに目を塞がれた転生者殿が淡々と話し出す。


「国民は自らの身元を証明することができます。今まで紹介状でしか信用を得られなかった人が自分の出自を見せることで信用を得ることが出来るようになりますし、逆に虚偽の身分で働いたり、結婚したりということができなくなりますね」

「して、管理用の魔法術式は完成の目処が立っているのか?」

「頑張れば一年後くらいですかね」

「兄上、二年後です」


 すっかり過保護になってしまった弟に思わず苦笑する。


「わかった、二年だな」



 それからも転生者殿は仕事の合間に様々な魔法術式を開発していた。転生者殿から見ると、この世界は中途半端に転生者の介入を受けて文化が発展しているため、歪なところが多いそうだ。

 ある時は「なんで魔法で胃腸炎が治るのに眼鏡はないんだよ!」と視力を調整する魔法術式を生み出し、またある時は草花の転生者リオ殿に「大豆作ってくださいよ〜味噌、醤油、豆腐〜」と絡んでいた。



 リオ殿と言えば弟、ギルベルトとの婚約が整った。

 また私の妻には第二子の予兆があると報告を受けた。

 戸籍が貴族間で浸透し、高位貴族を中心に国民たちにも広めて行こうと話が進んでいる中で妻が公務から抜けるのは痛手だがこれは嬉しい悲鳴ってやつだ。

 慶事が重なり城内は浮足立った祝賀ムードに包まれていた。


 そんな矢先。

 アルフレッドと転生者殿が、忽然と姿を消した。


 では探すかとまずは王宮内を捜索するも、もぬけの殻である。使用人の目撃証言すら集まらずいつ居なくなったのかもわからない。

 ならば転生者殿の実家はと訪ねると、こちらにも居ないどころか戸籍から消えていた。ついでとばかりに行方不明扱いだった母君の戸籍も消えていた。

 まさかとアルフレッドの戸籍を探すも始めから存在しないかのように跡形もなく消えている。

 王族しか入れない部屋を設けた際に登録した指紋情報も同様だ。情報が残っていた所で一致しないように細工されているのだろう。


 もはや彼らの痕跡を辿る術はない。


 当たり前だ、これら全てのシステムを設計したのは転生者殿なのだから。


「あっはっはっはっ」


 やられた!

 ここまで表情が崩れたのはいつぶりか。


 そう、弟が見たことのないような動揺を見せた時だ。あの時転生者殿は確かに言っていた。


 お気に入りを取られるのも嫌で、だから取り返しに来たのだと。


 思えば彼らは不自然なほどお互いを名前で呼び合う事がなかった。愛し合う者同士が互いの名を呼ばぬことなどあり得るだろうか?


 はじめから名を捨てるつもりだったからだろう。


 平民の戸籍登録は今からだ。

 きっと彼らは二人だけが知るその名前を登録し、夫夫で気ままに、幸福に生きていくのだろう。


 あの天使のような悪魔は本当に弟の人生まるごと持っていってしまった。




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