女王の回想
美しい温室の中に置かれた真っ白なテーブルセットに向かい合って座り、女王とその友人である薬師は談笑していた。
その空間だけが絵画のように周りから切り取られたような、そんな美しい空間で、珍しい黒髪の薬師は女王にふと思い出したようにあることを尋ねた。
「そういえば、カーネリア様の子供の頃ってどんな子だったんですか?」
「うん?我の昔の話か?」
「はい。色々大暴れしたって話は聞きますけど、直接聞いたことはなかったですよね」
女王を相手にするには気軽過ぎる言葉であったが、二人は友人だし、この場には二人以外に人は居ないので、誰もそれを気にはしない。
その言葉を素直に受けとり、女王はふむ、と思考を回した。
カーネリアは、この国唯一の王位継承者だった。
父王の唯一の子であり、父王にも兄弟は居ないので、血縁はごく限られている。
けれど、カーネリアはおおよそ他の国の王族と比べれば、とんでもなく自由が許されて育った。
カーネリアの治める国、イピリアは、この世界に置いて唯一魔法の行使が出来ない国である。
魔力の伝達すらもほとんど不可能な国において、王族は何があったのかやたらと物理的に強くなり、カーネリアもその王家の血をしっかり引き継いでいたので、大体の護衛よりも強いという事実が彼女の自由を保証したのだ。
そんなわけで、カーネリアはその身体能力を遺憾なく発揮し、日々ドレスを脱ぎ捨てて身軽な格好になっては城の窓から城壁へ飛び移り、そのまま城壁を越えて街を見て回る少女時代を送った。
何を隠そう、今眼前にいる友人ともその自由な探索の際に出会ったのだ。
護衛も付けず、付けたとしても振り切って走り去るカーネリアに王家の使用人や護衛たちは大層困ったのだが、父王はそれを止めなかった。
なにせ、父王も同じような事をやっている。
何なら父王は城壁を飛び越えるのではなくぶち壊したし、街の探索だけではなく国を囲う塀の外にまで飛び出たし、そのまま二日か三日か帰らないこともあった。
そんな自らの過去を思えば、国の外には出ずに夜になる前に戻ってくる娘は優等生の部類だったのだ。
イピリア王家の他人を置き去りにする身体能力と思い切りの良さは代々培われたものであり、ドレスを脱ぎ捨て城壁を飛び越えるカーネリアもイピリア王家の中では大人しい方に分類される。
とんでもない話だが、事実なのだから仕方ない。
「何度聞いても思うんですけど、なんで城壁飛び越えれてるんですか?魔法使えないですよね?」
「城壁を跳んで越えているわけではない。一番近い窓から跳んでいるのだ」
「いやだとしてもですよ。かなりの距離あるでしょう」
「助走があれば行けるだろう」
「行けないです、カーネリア様、普通は魔法の補助があってギリギリなんですよ」
ケロッとした顔で当たり前とでも言いたげにそんなことをいう女王に、薬師は頭を抱えた。
けれどまぁ、身体能力がとんでもないのは知っているので、出来ちゃうんだろうなぁ……という納得もあり、余計に微妙な顔になる。
そんな友人を横目に澄まし顔でお茶を飲んだ女王は、他に面白い話は、と思考を巡らせて、ゆったりと声を出した。
面白いかどうかは分からないが、話題にはなりそうなことだ。
「城外が危険だと皆いうが、城外で襲われたことはないが、城内で襲われたことならあるからな」
「え、暗殺の話ですか」
「あぁ。大抵はチェディが気付いて対処するが、時折我の元に辿り着く者が居る」
チェディとは女王の側近のメイドだ。
この庭園に入れる唯一の使用人であり、女王とは歳が近く、昔は姉妹のように過ごしたこともあった。
護衛より強いイピリア王族を守るための影であり、護衛も兼ねている。
その暗殺者は、どこの手先か分からないが、なかなかの技術を持ってイピリアの王城へと侵入した。
魔法が使えないというのは大抵の場合イピリアの有利に働く。
何せ、こちらからすれば日常だが、向こうからすれば非日常だ。
細かい動き一つ一つをとっても、こちらには一日の長がある。
故に城に侵入した時点で動きを捕らえられ、護衛たちに捕まるのが常なのだが、その暗殺者はその全てを躱して、見つかることなくカーネリアの元へとたどり着いたのだ。
見事なまでに全ての音を消してカーネリアに忍び寄り、廊下を悠々と進むカーネリアの背中に短剣を振り下ろそうとして……カーネリアの裏拳をくらい、暗殺は失敗に終わった。
正確にはその後も暗殺から戦闘に発展し、数分から数十分程度カーネリアと争ったのだが、カーネリアは少女と呼べる歳であったその頃から騎士団の訓練に混ざり込んで騎士団長以外を打ち負かした実力者だったので、暗殺が失敗して戦闘になった時点で向こうの勝ち目は薄かったのだ。
ドレスの下に仕込んだ短剣を用いて相手のくり出す武器の全てを打ち落とし、カーネリアは最終的に相手に回し蹴りを食らわせることで壁まで吹き飛ばし、昏倒した暗殺者を引き摺って護衛の下へ持っていった。
その後の事にはあまり興味が無かったので、どこから差し向けられた暗殺者であったかとか、その後の処理などは全て書類仕事としてさっさと片付けた記憶がある。
割と腕のいい暗殺者であったという記憶が、その存在を今日まで覚えている理由だ。
話を終えると、いよいよ目の前の友人は一応保っていた敬語をかなぐり捨てた。
その様子が楽しくて笑っていれば、恨めしそうな目を向けられる。
「なんで分かったんです?」
「そうだな……勘だ」
「あぁ、野生の……いや、強者の勘……」
「父王からは褒められたぞ。ただ、やはりドレスは動きにくくてな。時間がかかった」
「普通はドレスで回し蹴りなんてそもそも出来ないんですよ。……いや違う!暗殺者撃退の方に突っ込むべきだった!」
これに関しても、父王が既にやったことなので護衛は驚き謝りつつもカーネリアが一人で暗殺者を返り討ちにしたことへの疑問は無かったようだった。
なんなら父王は暗殺者を見つけたうえで強そうなら勝負を挑んでいたそうだから、それに比べれば……という意識があったのだろう。
「言っただろう、我は大人しい方だ」
「基準が狂ってる……」
頭を抱えて机に倒れ込んだ薬師を見て、女王は心底楽しそうに笑う。
こんな風に友人と楽しく話せるようになったのだから、思ったよりも楽しい未来になったぞ、と過去の自分に意味も無く呼びかけ、手元のお茶を一口飲み込む。
今では騎士団長にも勝てる日があるから、女王の進化は止まらない。
死ぬ直前まで騎士団の訓練に混ざり続けた父王の事を思うと、女王もまた、老人となってもやたらと元気なままなのだろう。
それを思えば、これからの未来も多少楽しみなものに思えた。
急に書きたくなったカーネリア様大暴れ話でした。
満足です。