エピソード54 発進シーケンス
『ケビン、オルフェウス・コアは持っているな?』
半透明なウーディー・ロアが言うと、ケビンはバッグの中を漁り球体を取り出す。
「なんで僕がこれを作るってわかったの?」
普通は見てもいない相手に自分の行動が予測されると気味の悪いことだが、ケビンの表情はただ純粋に疑問を投げかけるキョトンとした表情だった。
オルフェウス・コアはINO専用に最適化されたメモリやCPUなど演算に必要な物を全てを詰め込んだ入れ物である。
『簡単なプロファイリングじゃよ。お前は昔から何かをプレゼントすると後で自分でそのプレゼント専用のケースを買っていたからな。何にでもその付属品などを揃えないと気が済まないのじゃろ? ワシとお前は似てるからさっきはカッコつけてプロファイリングと言ったが、ただワシもそうしたじゃろという理由に過ぎない』
ケビンはその正確さに欠ける答えを聞いて納得したように鼻の下を掻いて笑う。
「おじいちゃんは人間の勘というのは無意識に働くそれまでの知識の蓄積の現れとよく言っていたね。よくわかった!で? ってことはこのプラネテスジョーカーって機体にはオルフェウス・コアの台座があるんだよね? 僕が設置するから教えて」
『ああ、それはコックピットにある。パイロットと一緒に行くといい。パイロットはそこの君…都原カイトくんがいいじゃろ』
と言って、黒髪の少年に白羽の矢を向ける。
都原はギョッと目を見開き自分の顔を指さしながら、
「へ…? 俺? なんで?」
『プラネテスジョーカーの主兵装は剣じゃ。キミは剣の扱いならこの中で一番なんじゃないかな? 都原乖人くん、違うか?』
「確かに剣の扱いなら慣れてはいるけど…」
突然の抜擢に動揺する都原の横からドルチェとリッジスが、
「ちょっとちょっと!カイトはまだ養成所の学生よ!? 王都の公式の決闘だってまだなのに実戦なんてキツ過ぎない!?」
「バラカイは学校じゃ滅法強いけど相手はカウンターのVSAなんだろ? 死んじまうよ!」
身振り手振りで伝えようとするが、
『テッツと言ったか? さっきここで暴れおったのは? あれは学生主体故に王都が鉄壁の護りを固めているレゾナンスにあっさりと侵入しここまで来た。そしてそいつにこの中で一番の深手を負わせたのはその少年じゃ』
「それは…」
息を呑むように黙らされる二人の背後からサイモンが、
「剣なら私も使えます。その機体には私が乗ります。こんなとこまで連れて来て都合がいいかもしれないが、学生にこれ以上危険なことはさせられない」
それにウーディーは微笑みながら、
『VSAの操縦は生身での戦闘の実力により左右される。それは操縦着装という操縦方式を取っているVSAに於いて絶対じゃ。皆の言う通りこれは実戦で相手はカウンターの機体じゃ。しかしあの不可思議な力に対抗するにはANSWERシステムが必要でそれにはINOの存在が不可欠じゃ。プラネテスジョーカーの乗り手はINOの扱いに慣れたパイロットでなくてはならない。乖人くんはPWの第一フェイズを間違いなく使えていた、それは自己の確立が出来ている証拠じゃ。成熟した自我は環境の変化に強い。VSAに乗っても正気を保てるじゃろう』
「貴方がそこまで言うのなら、勝率は計算されたのですね?」
『もちろんじゃ。何ごとにも100%はあり得ないが彼が戦って勝つ可能性は99%じゃ』
「99%勝てるのですね?」
『99%を100%保証しよう』
「わかりました…」
サイモンは一度頷き暫し黙ると、
「話にならない。1%なんて高い確率で都原くんを死なせてしまっては私は悔やみ切れない。この機体には私が乗る。ケビンくん…いくぞ」
「私もサイモンと同意見ね。倫理的に戦って死んでいいのは未来ある子供ではないわ…」
シェリーが顎を上げてウーディーの幻影を見下す視線を向ける。
サイモンがウーディーの隣にいるケビンに目線でプラネテスジョーカーを示し歩き出し都原の横を通り過ぎようとした時だった。
都原カイトはサイモンの肩を片手で掴むと、
「……サイモンさん…待て…俺はやらないとは言ってないぜ?」
「バカを言うな君はもう十分やった。少しは大人にカッコつけさせてくれ…」
サイモンは都原の手を振り解こうとするが、
「何言ってんだよおっさん!博士は俺に乗れと言った、それが確率が一番高いと!ならあんたならそれが低くなるんだよ!引っ込んでろ!」
「大人の言うことを鵜呑みにするな…引っ込んでいるのは君だ…」
「おらー!!!!」
都原は叫びサイモンの頬を思い切り殴り付ける。
不意打ちだったがサイモンは微動だにせず、静かに口の端から血を垂らす。
「何の真似だ?」
「俺が行くと言ったんだ!俺はここで乗らなかったら後悔する気がする!」
「そんな何の根拠もない動機で死なせるわ…けに…は……」
都原の拳からダメージを受けたようには見えなかったサイモンがふらりと膝を着く。
「負けるの前提にするなよな。辰真流の教えには人体の急所の打ち方についても習うんだ。あんたみたいなガチ強な大人だって上手く殴れば何分かは立てなく出来るぜ。今のうちに行くぞ!ケビン!」
都原はケビンに駆け寄り手を引きプラネテスジョーカーに向かう。
「待て…都原くんそんな訳には…」
片手を支えになんとか膝立ちの姿勢のサイモンが止めようとするが、ドルチェとリッジスが彼の肩を両側から掴み押さえ込む。
「カイトはああなると死んでも言う事聞かないわよ」
「悪いねおじさーん? バラカイは無謀に見えるけど割りと良く考えてる奴だから算段があるんでしょ」
「君達はな…にを…」
「お嬢様が一番止めると思いましたが全く止める気が無い様に見えますわ」
シェリーは腕を組みながらプラネテスジョーカーへと駆ける都原とケビンの背中を見ていた。
「シェリーとサイモンよりはカイトさんと付き合い長いですから〜。シェリーこそ止めないんですね?」
あっけらかんとした返事をする篤国沙耶を一瞥するとシェリーは、
「あの子がサイモンを殴るまでは意地でも止める気だったんですけどね…不意打ちとはいえあのサイモンの顔に一撃…しかも脳震盪まで起こさせたのに可能性を感じたんですわ」
「まあアルバ艦長が押されてるのならレゾナンスの戦力が束になっても勝てない相手でしょうし、サイコロを転がしてみましょう」
「お嬢様って賭け事好きですの?」
「いえいえ、勝てそうな賭け事なら好きなだけです」
「私もそうですわ」
「カイトさーーーん!機体に乗ったら通信機能で@バトルシップメイルストロームって調べてみてくださーい!調べるだけであっちから繋いでくれまーす!私の仲間がサポートしてくれるはずでーす!」
沙耶が手を振り言うと王に平伏す騎士のようにしゃがんだプラネテスジョーカーのコックピットに乗り込もうとする都原が手を振り返す。
都原カイトはコックピットに入ると操縦用着装を身につけていく。
「ソーディスの機体と同じ仕様なんだな?」
「VSAの操縦方式は半世紀は大きく変わっていないから、おじいちゃんなら今ならこの仕様は変えないはずだよ。えーっと多分この辺りに…」
ケビンはその上、コックピットの出入口に腰を掛け覗き込みオルフェウス・コアの台座を探す。
「あった!」
コックピットの上部にボールの形に凹んだ台座を見つけるとケビンは片手に持った球体の端を指で押して接続端子を開きセットする。
都原は操縦用着装を着終わるとゴーグルを被る。
どうやら電源はすでに入っているようだ。
目の前には機体視点に置き換えられた風景が見える。
早速沙耶に教えてもらったアドレスを調べるとすぐに視界の左右上部一つずつブラウザが出現する。
『もしもーし? 聞こえますかー? 機体に乗ってる人ー?』
左上のブラウザの銀髪にメガネの女性の顔が映る。
「はい、聞こえます」
右上には黒髪縦ロールの大人には見えるがどこか幼く見える女生の顔。
『サイモンじゃないのか? お前名前は?』
「都原カイトです。あのおねえさん達は沙耶の…」
『そうだし!ウチらは沙耶の仲間のコイツがルナでウチがラシー…って…その声で……カイト?』
『なんか聞いた事ある声だよね? ラシーちゃん?』
「ラシーちゃん…ってもしかしてあの時のおばさん?」
『お前絶対あの時のクソガキのカイトか!おばさんじゃねぇよ!』
「おばさんとおねえさんてこんな可愛かったんだな」
『やっとわかったか!おばさんじゃないからな!まあいいや…艦長がこんな事態で貴様と張り合うつもりはないし!その機体のマニュアルを見たいからゴーグルに是非が出たら承認しろ!』
都原の視界にイエスとノーの選択肢が出たのでイエスを選ぶ。
『プラネテス…ジョーカー…ANSWERシステム…パラレルヴィジョン…』
『相手の情報を収集し…人工知能INOが1027の並行世界の可能性を予測し…対象の情報と最適解をパイロットの脳にインプット……ってなんだし!? この訳わからない機能は!!脳神経が焼き切れるぞ!?』
「めちゃくちゃ驚いてるけどそれってすごいのか?」
『当たり前だろ!よくわからんがざっくり1秒に1027秒の情報量を脳みそに流し込むんだし!』
『そうね、カイトくんは脳に特別な措置はされてるのかな?』
「いや、全くPWが使えるだけだ」
「心配しないで大丈夫だと思うよ?」
ラシーとルナには声だけ聞こえているだろうがケビンは都原のやや斜め上にいる。
『誰だ!お前!』
『ラシーちゃん言い方が悪いわよ。多分沙耶お嬢様が端末からチャットで教えてくれた博士のお孫さんだよ』
「はじめましてケビン・C・ロアです。そのパラレルヴィジョンという機能の脳への負荷はオルフェウス・コアが肩代わりしてくれるよ。ちょうど1/1027にね」
『という事は負荷は通常通りだし?』
「ヴィジョンの演算時の解像度が人間の知覚範囲と同じならね。おじいちゃんがパイロットの負荷を考慮しない訳がないから間違いない」
『なんだ? コイツ何言ってるかわからんが頭いいのか?』
「多分普通の何倍かはいいだろうな」
とにかくANSWERシステムについてはケビン以外にはよくわからないが凄いらしい。
ケビンはドライバーでコアを台座の留め具にネジ止めすると、
「はい、コアは固定したよ。この機体の上が地上へ繋がる射出口で下がカタパルトになってるみたいだからこの施設の主導権はあなた達に譲渡したんでタイミングはご自由に…都原くん、僕は機体から離れるから後はその可愛いっぽいお姉さん達と相談して射出してもらって?」
「ああ、わかった!ありがとなケビン!」
ケビンはコックピットから出ると機体の下まで軽々と降りて行く。
都原はコックピットを閉じるとプラネテスジョーカーを立ち上がらせる。
その動作だけでこの機体の出力がフェンサーを遥かに上回っているのを感じる。
『中々ちゃんとしたお子様だし…ルナ? 射出口開けれるか?』
『やってみる。すごい…あの子…もうこっちがライセンス取得した事になってる。カイトくん? 今すぐ行ける?』
「あんまり考えると覚悟が鈍るからお姉さん達が決めて」
『おいおい!ちゃんとお姉さんって呼べるじゃんか!へへへ…ルナ、ウチもお姉さんだって!』
「そんなにおばさんは嫌だったのかよ」
『悲願が叶ったわね。カイトくん? ラシーちゃんが合図して射出されたらソーディスの近くの開けた空き地に出ます。敵機は2時の方向だから意識していて、合図したらレールを滑走して射出口から飛び上がるから舌を噛まないでね?』
「わかりました」
都原は口を閉じて歯を食いしばる。
カタパルトに電源が入り機体の下の地面が揺れているのを感じた。
『それでは行って来い!3・2・1・フェイス・オフ!』
そしてプラネテスジョーカーは地上に放たれた。
書いてて楽しかった回です。次回はいよいよ主役機活躍するはず?




