エピソード51 ワード
賢者サースケ・ユンタマリアの魔法により、遠くの山の向こうまで飛ばされたり、異次元に放り込まれたり、クルクルと回されるチンパオとハヌマッチ。
流石賢者の魔法は巨大で強力です。
「賢者スゲェ!アトラクションみてぇだ!」
「チンパオ、それを言ったら遊んでくれなくなっちゃうから、シー」
タステラン・ガモウとその機体ミストルティンが使う謎の能力にアルバ・デルキランのディ・ソードが弄ばれるかのように槍の腹で撃たれている。
治療はされてはいたが、肋骨が傷口から微かに露出するほどの怪我が開いたのだから、いくら宇宙に名を馳せるVSAの乗り手であるアルバであろうと痛みで操縦に集中出来ないのだろう。
それにあの重力を纏ったような槍はいったいなんなのだろうか。槍そのものに機体がまるでそちらが地面だというように引っ張られている。
そして、ミストルティンの能力なのかタステランの能力なのか、それともその両方なのか、あの槍を思い切り投げてもミストルティンはその槍がある場所に瞬時に現れるのである。
ディ・ソードが槍の投擲を躱しても、機体を槍に引かれて姿勢が崩れ、その先にはすでにミストルティンは姿勢良く待ち構えているという具合である。
「あれはアルバの苦手なタイプの能力だね。でも、アルバらしく無いね。いつもならあの程度の想定外には一度体感すれば適応するのにね」
ハリス・ウォードンは今あの二機が暴れている場所が見えるビルの上で落下防止の柵に肘を置き余裕の表情で、その様子を眺めている。
彼は思考する時に極度に客観的になる癖があった。
メタな視点というものを彼は持っている。
状況を肉眼で見えている情報で捉えずに、その事象が起きている範囲を全て見える上空から見つめて観察し、そこにある全ての物や生き物の動きを予測する感覚、と表現すればわかりやすいだろうか?
「ん〜…、アルバは怪我をしているね。それも結構な。多種多様なビームソードにチェンソー、実体剣と数え切れないほどのギミックを装備したヴェガなんて無くてもアイツはアルバ・デルキランだから強いんだ。万を越える稼動部分を電子制御に頼らずに身体の感覚のみで直に動かすフルマニュアルなんて設定でVSAを動かせるのはこの世でアルバくらいだし。いくらヴェガが特殊な機体だからってアイツが相応しい操縦士だから使いこなせるんだ。寧ろ、ヴェガが特別なんじゃなく。アイツが特別なんだ。もし、他の人間がヴェガに乗ったら歩くのすらままならないだろうね。何か異常でも無い限り、何の変哲もない優秀なインファイターのディ・ソードでなら、能力持ちのカウンターの精鋭にだって楽勝だろうに…まぁ…そういう事なら僕はサポートしてやるだけだけどね。VSAに太刀打ち出来るのはVSAだけではないからね。さて、それならそうと支度をするかな」
ゆっくりと後ろを振り向き、今自分がいるビルの屋上にある物を視界に入れる。
「キャスト」
ハリスの右手に何も無い虚空から拳銃が現れる。
雑居ビルの屋上には何かの宣伝用の看板を設置する為に資材が置かれている。塗料の入った缶や鉄パイプや薄い鉄板など色々ある。
ハリスは近くに落ちているコンクリートブロックを見つめ。
「ドロー」
と、ハリスが言うとコンクリートブロックは忽然と消える。
「アイテムボックスを確認」
ハリスの視界には現実世界と共に彼の内にある世界が認識される。彼の内の世界にはコンクリートブロックが彼の感覚に共有される。
ワード
彼の保有する地球共鳴の力である。
言葉により物を自己の所有にし、自在に操る力。
言葉自体には力が宿るわけではなく、発した声に彼のイメージが加わり発現する力である。
つまり言葉は彼が想像する現象をイメージし易ければなんでも良いのである。
ただし、彼が操る物体は一度ドローで彼の所有の世界であるアイテムボックスに収納しないと能力の対象にはならない。加えて生き物は彼の能力の対象外である。
彼は屋上にあった資材を全てアイテムボックスに送ると、
「あの槍は篤国の資料によると、引力を操る地球共鳴の力を宿している。発動条件は能力者の視界内で100メートル弱以内の距離にある時に任意で、という感じだったはずだ。ディ・ソードが引き寄せられる時に周りの街路樹や車、建物にはなんの変化も無かった。VSAが丸ごと引き寄せられる程の引力なら巻き込まれるのが自然…」
再び、背中の太刀を抜き防御に徹しているディ・ソードと相変わらず、痛ぶるのを楽しむように槍を投げては引力を発揮させたり、瞬間移動を使って360度跳び回るミストルティンを見る。
「おそらく、僕のワードに似た能力で対象の制限を受けるようだ。資料には無かったがあの瞬間移動は槍のある場所にのみ可能という事か…なら解法は必ずある。キャスト&プット…」
ハリスは屋上の向かい側にコンクリートブロックをアイテムボックスから出現させる。
プットは彼がアイテムボックスに送ったものを取り出して彼の知覚範囲に置くワードである。置かれた物は彼の許可無くそこから動くことはない。
「スケール…レベル20…」
コンクリートブロックは拡大したように縦横2メートル、厚さ1メートル程の壁になる。
スケールはアイテムボックスに収納し取り出した物の大きさを自在に変える事が出来るワード。
「平均的なVSAの装甲がこれくらいの硬さだ。多分あのミストルティンの装甲はこれより硬い。つまりこれを粉々に出来ないようじゃ威力が足りない。キャスト…」
ハリスの左手の親指と人差し指にパチンコ玉サイズの鉄の球が摘まれる。
地下研究所で自分やドルチェ達を追い回した巨大鉄球をスケールで縮小した物だ。
彼がドローで所有した物は重量による影響を彼に与えない。
つまり、どんなに他人には重い物でも彼には鳥の羽根のように軽く感じる。
ハリスはコンクリートの壁に向けて拳銃を片手で構え。
「リロード…」
鉄の球は彼の指から離れ、拳銃の銃口の前で漂う。
「スケール…レベル100」
鉄球はバスケットボール程度の大きさに変わる。
「足りないな…レベル400…」
ハリスの身体の半分ほどになった鉄球越しに、目測の照準をコンクリートブロックの中心に合わせる。
「スパイラル…」
鉄球は横回転を始める。ハリスには羽根のように軽く感じても、周囲の世界には通常の影響を与える。
鉄球に巻き付くように風が起こり、その風は屋上に溜まった埃を舞い上がらせ、ハリスの髪と白衣を揺らす。
拳銃の引き金に指を掛ける。
「バウンシングショット!」
放たれた鉄球が轟音を上げてコンクリートブロック目掛け放たれた次の瞬間、その巨壁は圧倒的な質量による衝撃で粉砕された。
銃を構えたまま佇むハリス。
その周りにパラパラと砕けたコンクリートの欠片が霧雨のように降り注ぐ。
「威力だけなら及第点だ。これだけじゃあのミストルティンを詰めるには足りないな…アルバが時間を稼いでくれている間に色々仕掛けるか…」
そう呟くと、ハリスは防戦一方のディ・ソードを一瞥すると屋上の扉から建物に入った。
ハリスの能力は今回ではまだ一部しか書いてません。奇術師とか魔術士だと読んでいる方も思って頂けるようにアイデアを練ってはあるのですが、最近人気の異世界転生ものはとにかくぶっ飛んだ強さなので霞んでしまうかもと焦っています。




