エピソード49 RS計画
「マチュウウウウウウウッ‼︎」
最早、マチュに洗脳されたチンパオにハヌマッチは尋ねる。
「チンパオ? ジークアクスってそんなにいいの?」
「あのね〜マチュが可愛いとことかね〜マチュが制服なとことかね〜、マチュがパイロットスーツなとことかね〜、マチュがオペペスナマムンガなところがいい〜」
「オペペ・・・なんだって?」
「オペペスナマムンガだよ‼︎わっかんねえ奴だなあ‼︎そう言うのやめた方がいいよ?」
「あれ? 俺がおかしいのかなあ?」
頭を抱えて悩むハヌマッチを無視してチンパオは、
「ドリアードさん‼︎ ジークアクスあと70回見せて‼︎」
テッツが生み出した湿気の塊の水の玉に頭部を覆われたサイモンが、酸素を求めてもがき苦しむ。
手でいくら水を掻いても頭に纏わりついて逃れようがない。
「サイモンさん‼︎ 今私が…‼︎」
涙目の沙耶が一歩動こうとするが、
「おっと‼︎お嬢様、お前の道具箱みたいなPWならあっさりなんとかしちまいそうだから動くなよ? やろうと思えば水の圧力を上げてこの状態のまま頭が潰した空き缶みたいになっちまうぜ? かといって常にそこにあるように操作してんだから、俺の気を逸らしでもしないとそいつは溺死確定だ、さあ、どうする? あのサンプルも死んでるみたいだし、俺は正直ここでお前らを殺しても殺さなくても、コイツを持って逃げられれば目的達成なんだが?」
そう言って一つの棒状の記録媒体を指で摘んで、顔の横でゆらゆらと揺らす。
「‼︎」
沙耶とシェリーが顔を青ざめさせる。
「あなた、もう手に入れていたんですか?」
シェリーが肩を震えさせながら苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「苦労したぜ? ロック外すのに5分も掛かっちまった。王都側の最高機密とはいえ敵勢力のテリトリーでロック破るのに5分も掛かっちまったらハッカーとしては落第もんだからな」
悠然と語りながら、記録媒体を懐に仕舞うとテッツは犬歯を見せてにっと笑う。
「出来ればコピーしたら元のデータは消しちまおうと思ったが、ロック外すのより難しそうだし、どうせそっちにはどこかにまだ写しがあるようだから、意味ないと思ってたらお前らのご到着だったわけだ。でも、どうやらこのデータの作成主はお前らがここに来ても来なくても、内容は明かすつもりだったみたいだぜ?」
テッツは肩をすくませ、気の毒そうに篤国沙耶とシェリーを見る。
「…どういうことです?」
沙耶がサイモンにチラチラと視線を向け気を配りながら、冷静さだけは失わないように尋ねる。
「ソーディスと篤国には明日には開示するように設定されていたのさ……待てよ…そうだとするとお前たちにはここでこのデータの内容を明かして、生かして泳がせていたほうが得かもな……」
後ろの方はまるで自分で自分に呟くようで誰も聞き取れなかったが、交戦の意思がテッツの目から消えたのを沙耶は感じた。
「いいぜ‼︎ 教えてやる。ここで行われていた研究ってのは生物の特性と植物の特性を持ったイリスウイルスを糧に育つ人工の木のバイオシードを地球に植え付け、地球を浄化する研究が行われていたんだ。差し詰めそこのカプセルの中のトンデモ植物はその実験体ってわけだ」
それを聞いてドルチェが洞話を嘲るように返す。
「それって空気に触れただけで死んじゃう、あの地球にこの目玉ドリアンのお陰であたしたちが住むことが出来るようになるってこと? それに人工の木で浄化って、一体何百年かかるわけ?」
「ああ、ただその木ってのの規模が大分違うがな…」
得体の知れない敵勢力の人間のいい加減な話だと思っていたが、付け足すように説明が入ると嘘とは一様に思えなくなってきた。
「大樹というやつだ。そのは幹の太さはおよそ3900キロメートル…オーストラリアの東西幅に匹敵するようだ。俺はデータを一瞬見ただけで理屈は詳しく分析しなければわからないが、植物と生物の特性を掛け合わせる必要性を説いたのはウーディー・ロア博士の発想のようだ。浄化にかかる時間は約6ヶ月」
「「6ヶ月っ⁉︎」」
ケビンに指示されながら都原を両手で抱き抱えたリッジスとその胸の出血をドルチェがハンカチで圧迫止血しながら目玉が飛び出そうになるくらい眼を見開き驚く。
「あなたはおじいちゃんのその絵空事のような研究を信じるんですか?」
「ああ、ここまで厳重に隠されている物が嘘だったら、俺は飛んだ徒労をしたことになる。まずは信じる、それだけだ。今俺はお前らを利用するために話しているが嘘は言っていない。その方が都合がいいからな。そしてこのデータの後半は見たこともない暗号化がされ最も重要な部分と思われる箇所が読むことができない。ただ、そのバイオシードが地球で発芽するにはいくつかのピースが必要なようだ。一つは分かる。地球共鳴者だけは読めた、あとは解読不能の物が二つ、そしてこの計画の名前がRS計画と言うようだ」
「リ……バイ…バルシード……」
反芻する様にケビンが呟くとテッツは、
「本当ならお前らはここで殺そうと思った。でも、今俺が話した事で俺たちには共益関係が出来た。って訳で、俺はもう帰る。アーカム‼︎」
テッツが叫ぶと、天井をぶち破り一機の平均的なVSAのサイズより一回り小型の紫色の表面が水銀の様に流動性のある凹凸の無い、ただ人型のVSAがテッツの横に静かに着地する。
そのVSAが片膝を突き手のひらを上に向けテッツを拾う。
「毎度会うたびに邪魔をして来た大金持ちのお嬢様でウザかったが、その他大勢もこれからもよろしくな?」
そのテッツの片腕の肘から下が地面に落ちる。
「⁉︎」
手を触れていたリッジスとドルチェに気付かれずに、都原カイトが無言で剣を片手にテッツを見上げている。
痛みを全く顔に出さずにテッツは傷口の血を片手で掬うと、
「お前の攻撃には常に気を配り空間斬撃は届かないはずだが…何をした?」
「・・・・・・・・・」
都原はただ力強さだけある無の瞳でテッツを見つめている。
「意識が無いのか・・・なら聞いても無駄だな。そのうちまた会うだろう。精々俺に利用されてくれ。創造主ヒロルの為にもな…それが嫌なら殺せるくらいに鍛えろよ。じゃあな。アーカム、行くぞ」
アーカムと呼ばれた機体はテッツを手に乗せたまま跳躍するでもなく、水の中を浮上していくように天井に空いた穴から出て行く。それと同時に、サイモンの頭部から水がテッツの能力の支えを失いダバッと下に流れ落ちる。
「サイモンさん‼︎」
駆け寄り肩を摩る沙耶には目もくれず精一杯の肺活量で空気を吸うサイモン。
「サイモン、酸素剤です。脳に障害が出ないよう息が整ったら口に含んで」
コインの様な錠剤を摘みシェリーがサイモンを介抱する。
「かはっ‼︎はあ…はあ…‼︎ お嬢様…大丈夫…です…私より都原少年を…」
「そうですね‼︎」
リッジスとドルチェ、ケビンに支えられ立ったまま気絶している都原の胸と腹部の中間の深い傷に手を当て、淡い水色の光を放ち癒す沙耶。
その時だった。
テッツが去っていった穴のさらに上の方からズズンッと巨人が暴れるような音が聞こえた。
「アルバ艦長だとは思いますがらしくない音ですわね。まだ終わりじゃないですわね…」
呟き見上げるシェリーの表情はどこか凶兆を感じるものだった。




