エピソード3 ジョブ 上
暗い部屋の窮屈な机の下で、一人の少年がカタカタとノートパソコンのキーボードを叩いている。年齢は14歳ほどか、大きなゴーグルのような眼鏡をかけ、頭にはちまきのようにバンダナを巻き、耳にはワイヤレスイヤホンを差している。
「市街地…9番街で喧嘩…13番街で年齢制限に引っかかるゲームを買った生徒…ふ〜ん…」
と、少年は腰に巻いたバッグに手を突っ込むと、携行食のグミを取り出し、片手と口を使って封を破る。
それを齧りながら再びキーボードを叩き始める。画面はスイスイと表示する画像を変えていき、あるところで止まる。
「ふんふん、王都の船が来てるのか…見た事ない船だけど新型かな?」そう呟きながらグミを食んでいく。
ディスプレイには広い空間に無数の無人ロボットが漂い、発着用のホームに幾つもの宇宙船が、USBメモリのように刺さって停泊している映像が映っている。
「船っていうか戦艦だな…砲門の数からしてデブリを避けるためというより、弾幕を張る必要のあるガチな戦艦…待てよ…これって…折り畳み式のロングバレルキャノン…船の名前は…INO…船名を表面から探して拡大…」
AIに指示を出すと、ディスプレイが自動的に画面に映る戦艦の表面から文字を探して拡大し修正する。
「修正かけても画像が粗いな…メ…イルス…トローム…メイルストローム号か…」
グミの最後のひとかけらを口に詰め込むと、天井からゴソゴソッと何かが走る音。
「げっ…またネズミか…苦手なんだよな…また…なんかの実験のモルモットが逃げ出して繁殖したのかな…それにしても…」
薄暗い天井を机の下から顔を出して眺めながら、少年は少し機嫌悪そうに、
「都原君達おっそいな〜…もう時間になっちゃうよ…」
いろんなギミックが備わってそうなゴツゴツした形の腕時計を見ると、もう13時15分を過ぎている。
5時限目のジョブの授業の始まる時間だ。
「また変な寄り道とかしてんのかな?」
小言の様に少年が言うと、部屋の外で騒がしい足音が聞こえてくる。
足音は、この部屋の前で止まる。
シュッという音と共に自動ドアが開き、三つの人影が部屋に入ってくる。
「ケビーン‼︎ 悪い、遅れちまった‼︎」
「ケビンくんごめんね‼︎ 何もしないから出ておいでー‼︎」
「バラカイが、バギー乗ってたら横断歩道でおばあさんなんて珍しいって道案内しちゃってさー‼︎」
人影の一つがドアの脇に手を伸ばす。カチッと音がすると、部屋の照明が明滅してから安定した光で部屋を照らす。
少年、ケビン・C・ロアは机の下からのそりと出ると顔を上げた。
「遅かったね〜、おばあさんの道案内なんてみんならしいや」
と、幼い笑顔を3人に向ける。
都原カイト(バラカイ)、ドルチェ・ド・レーチェス、リッジス・クウ・エンハムの3人だ。
「ごめんな、遅刻ばっかで」
都原が片手を顔の前まで垂直に上げ、謝る。
「ううん、気にしないで、悪い事してたわけじゃないなら問題ないよ。でも、ドルチェちゃん、僕を犬みたいな感じに呼ぶのやめてくれる?」
「だって犬っぽいんだもん…」と、頬を膨らますドルチェ。
まあ、確かにバンダナからはみ出て垂れた髪が、犬の耳っぽく見えなくもない。
「ケビ助、大学って今日は3時限で終わり?」
「そうだけど…って、もう…リッジスくんはいつもその呼び方…」
「初対面の時ケビ助が言ってたんじゃん‼︎ 主任だけど歳下だから好きに呼んでってさ?」頭の後ろで腕を組んだリッジスが軽い調子で笑う。
ケビンは14歳ですでに大学三年生だ。レゾナンスでは実力さえ証明することが出来れば、基本飛び級は積極的に行う姿勢で教育に当たっている。ケビンの場合、ずば抜けた理数系の成績が、彼を大学生まで昇華させたという経緯がある。
「時間押してるんだったよな…ほんとごめん‼︎」
都原は手を合わせて謝る。
「ははは…日本人は礼儀正しいと聞くけど、本当みたいだ」
朗らかに笑うケビンに、都原は安堵すると、
「ハリス先生は?」
「あー…んん…あの人はしっかりしてるのか違うのか測れない人だから…」
ケビンは困った口調で目を泳がせる。
「またか…」
ドルチェがそばにある机に手を突いて、首をガクッと落とす。
「そのうち来るんじゃない? 何なら先にやっちゃおうよ?」
「リッジスアウトー…VSA関連の作業は主任と監督が揃ってないと問題になるからな?」
「いー…」
四つのコンソールが円を描くように配置された部屋である。
その円の中心には、クレーンのアームに吊るされた人型の防護服のような物がある。
「そもそもハリス先生ってなんなの!? いくつもの教科を教えられる教師なのは知ってるけど、この前、小学生に飴もらってたり、中学生に酢イカもらってたり、高校生にポテチもらってたわよ!?」
スーパーに電話してくるクレーマーの喋り方でドルチェ。
「あとは大学生にカップラーメンもらえばコンプリートだな...」
都原が顎に左手の親指を当て考え込む。
「子供にお菓子貢がせるなんて最悪じゃん! もうこうなったら愚痴大会だ! 先生がいない間に...」
「いるよぉーーーーーーーーーーーーーーーー」
ドルチェが手を突いてる机の下の隙間から、突然台車に横になったまま白髪眼鏡のおっさんがスーーッと出て来たのであった。
とうとうこの序章のメインになるキャラは揃いました。読み返してみると変なヤツばかりですね。創作とは楽しいですね、1週間で結構書けました。これはクセになりそうだ。次回はエピソード3の続きです。また読んで頂けたら嬉しいです。ではでは〜。