エピソード44 バーサス
チンパオは魔法の島を進み行く。そして、森の片隅にひっそりとある洞窟で一冊の古ぼけたノートを拾う。「ノルボエラスの手記」と書かれている。唾を飲み表紙を捲るチンパオ。「この手記を最後まで声に出して読まない者には死に等しい災禍が訪れるだろう…」チンパオはまだ死にたくないお年頃。なので、この手記を音読し始める。
「7月19日、明日から夏休み、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんと、あと最近私に殴られて右腕がポキッといったお母さんと、旅行に行きます。どんな旅行になるのかな? 7月20日、沼津でしらす丼を食べました。おじいちゃんがしらすって男の人にしか作れないもんに似てるよな、なんのことだろう? 7月21日、泊まってる旅館の半分がボンといった。ボイラーという機械がオーバードライブってかっこいい技を使ったからだとお父さんが教えてくれました。凄いサービスのいい旅館だと思いました。7月22日、旅館の中に骸骨が飾ってある神社みたいのがあり…」
つづく…
テッツが指の隙間に挟んだドリルの芯を八本射出すると、それは綺麗に一直線に都原達目掛けて飛んで来る。
それを都原達を守る様に前衛に立ったシェリー・マクセラスのバスタードフィストの光と、サイモン・スペンサーのスライサーの鋭い剣撃が撃ち落とす。
「へし折れろーーーーーーーーーーーー‼︎」
その合間を縫ってドルチェが背中のスラスターを噴かしテッツに向かい拳を振るう。
「もうその単調な攻撃は通じないぜ・・・」
テッツはドルチェの拳が当たる瞬間を狙ったように身を翻す。
今のドルチェの認識ではエレメントフィストの攻撃の長所は、飛行機並みの直線のスピードで接近し放たれる拳による攻撃の威力の高さである。
その特性上の短所はそのスピード故の急な方向転換が難しいことだった。
避けると同時にテッツは制動しようとしてやや減速したドルチェの片足を掴み、横にある培養カプセルに叩き付ける。
「・・・っ‼︎」
培養カプセルのガラスは硬く、腹部を打つ衝撃にドルチェは肺に溜まった息を強制的に吐き出させられる。
しかし、ドルチェは追撃を逃れる為に地面に伏せる前にスラスターを噴射し距離を取り、なんとか立った状態を保つ。
「お子様の割には動きが賢しいな、ソーディスの生徒か・・・」
「油断大敵っ‼︎」
ドルチェに顔を向けたテッツの背後に、乱立するカプセルの影を利用し忍び寄ったリッジスが中近接戦用の拳銃を手に現れる。
ダンッダンッ‼︎
甲高い音を響かせ放たれる銃弾は距離と相手の反応速度を鑑みるに確実に当たるビジョンがリッジスには見えた。
が。
テッツの身体から数センチで弾丸がスローモーションの様に減速する。
「な・・・マジおっさん・・・?」
リッジスがこめかみに汗を浮かばせる。
もはや空中に留まるだけの弾丸をテッツは片手の指三本で挟みニヤリと笑う。
「おっさん言うな・・・俺の空間の歪みっつうのは限られた距離の空間を何重にも折り畳んで重ねて一メートルの距離を百にも千にも万にも出来る。つまりお前と俺の距離はこんなに近いが、俺の意思次第では十キロ以上の距離にも出来る。この銃弾もこうやって指で受け止められるほど推力を失わせることも可能ってわけだ・・・それは逆にも使える」
指の力を抜き銃弾を地面に落とすと、テッツは身を屈めると、
「・・・こういう塩梅に・・・・・・」
リッジスの目の前に消える様に移動したテッツの拳が鳩尾を打ち抜く。
二メートルくらい地面を転がったリッジスが腹部を抱えて激痛に身を捩る。
「くあ・・・・・・ああ・・・が・・・」
ツカツカとリッジスの傍まで来るとテッツはしゃがみ説明を続ける。
「逆というのは一の距離を0.1にも0.01にも縮められるという事だ。把握出来る空間内だけで出来ることだけどな・・・おそらくお前の真骨頂はこんな豆鉄砲ではなく、その脚のPWだろうが、使いこなすにはまだまだ技量が足りないみたいだな・・・もう1人の未見はどこいった?」
つまらなそうな顔で都原を目で探すテッツだが、その肩にいきなり激痛が走る。
「いっ・・‼︎」
左肩を見ると白いコートに切り裂いたような裂け目が出来て血が滲み出てくる。
いつの間に切られた?
思考を巡らすテッツの頭上に影が、
「脇見はしないほうが良いですよ‼︎」
反射的に横に飛ぶテッツ。
そのもと居た場所にしなる金属の棍棒が通り過ぎ地面を打つ。
「随分、殺しにくるじゃんお嬢様・・・・・・」
巻き上げた埃の中、少女ー篤国沙耶は立ち上がりながら棍棒を横に振って視界を晴らす。
「貴方相手に殺すつもりでいかなければ此方が死んでしまいます。リッジスさん大丈夫ですか? カイトさん‼︎ すみません、打ち損じました‼︎」
「まあ、不意打ちは通じるってわかったから暁光だなー‼︎」
十メートルは離れたカプセルの後ろから現れる黒髪の少年を見ると、テッツは歯軋りしてから笑う。
「空間影響系のPWってわけか・・・面白え・・・」
「我々も忘れるな‼︎」
左右から現れたサイモンのスライサーによる鋭い連撃と、
「はあーーーーっ‼︎」
その反対から繰り出されるシェリーの蹴りと拳を体捌きと両手足で柳の様にいなしながら、2人の頭部に向かい魚眼レンズで見たような空間をぶつけ、よろめかせるとテッツは後ろに飛ぶ。
「逃がすかよ‼︎」
すかさず都原が龍鱗の剣を振いテッツのいる場所に斬撃を発生させるが、
「一回喰らえば大体わかる・・・・・・」
切り傷が一つ増えるはずのテッツの身体に変化は無い。
「?」
都原は何度か龍鱗の剣を振るうが、テッツに変わりはなかった。
「斬撃が・・・発生しない?」
それをテッツは首を横に振って否定する。
「発生はしているが、別のところに発生している。俺がそうした」
「どういう理屈だ?」
「お前のその攻撃はお前の空間認識能力に左右される。特に視野による認識に頼るところが大きい。お前が目で見てここに攻撃しようと思えばそこに空間の裂け目が出来るというものだと仮定すると、俺がお前の攻撃しようとした場所の空間の縮尺を変えれば、お前の思った場所に攻撃は発生しても当たりはしない。俺に当てようとしても、実際空間の裂け目は俺の体の一個となりに生まれるという具合にな。さっき喰らった一撃の時に軽く空間を膨脹させてみたが傷の大きさからすると、縮尺を変えても斬撃の大きさは変わらないようだ。なら、空間の拡大縮小で位置はずらせる道理・・・」
「この少しの時間でそこまで思考したのか?」
都原自身もまだ理解しきれていない龍鱗の剣の性能までペラペラと述べるテッツ。
それが本当だとしたら、このテッツ・コット・ミロットという男の頭脳は相当なものだ。いや、実際にやってのけているから事実だろう。
「そんなに難しい話じゃないぜ? 俺たちカウンターとお前ら王都側の戦いで、これくらいの仮説を瞬時に立てられないようじゃ、今頃俺はあっちの世界だ。そこのお嬢様の護衛二人は運良く生き延びたてい・・・」
「どっせーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ‼︎‼︎‼︎」
まだまだ語りたりなさそうなテッツの背中をドルチェの拳が捉え、カプセルに叩きつけた。
チンパオと魔法の島、前書きで連載します٩( 'ω' )و




