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エピソード36 合言葉

 白い壁に薄くだが確かに彫られた縦の溝。

 一見するとどこにでもある壁の板の継ぎ目に見えるが、このレゾナンスの地下研究所の壁には他にそれらしきものは無い。 

 だからわかる、と言ってもそれは注意深く見ていた場合だ。

 よく考えると、他の研究室の入り口らしきものも無かった。もしかしたら他の場所にもこうやって他の壁と違う特徴があったのかもしれない。


「カイトッ‼︎ あたしはカイトがあんなんことで死ぬなんて微塵も思ってなかったわ‼︎」

 合流早々、ドルチェが真っ先に都原カイトに抱き付いた。

「ある意味、もう一人の俺は隣にいる人に召されました」

 鉄球に追い回されて汗ばんだ少女に頬擦りされながらもあまり動じずに都原は横に佇むもう一人の少女を指差す。

 一瞬、目を丸くして固まった深緑にも見える黒髪を二つに結った少女は言葉を失った。

「あれはノーカウントでしょうっ⁉︎ 誰が好き好んであな・・・・たな・・・・んかと・・・?」

 と、顔を赤くして両手の指先を突き合わせモジモジする。

「何かあったの沙耶とカイト?」

 そう言って軽く眉間に皺を寄せるドルチェに都原は、

「プールに落ちて気絶している間に、こちらの少女に口を犯・・・・ガボボボッ‼︎」

「ちょっと黙れ〜〜〜〜〜〜っ‼︎」

 沙耶が都原の口を後ろから両手で必死に塞ぐ。

「はっ? ねえカイト? 何があったか正直に話してもらいましょうか?」

「なんでもないんですよドルチェさん。この人気絶してる間に出会ったばかりの私の淫らな夢を見たそうです。このくらいの歳の男の子にはよくある事ですね☆」

「なにその星? ねえ、カイトそれ本当?」

 ドルチェも都原に上半身を密着させて問う。

「ガボボボボッ‼︎」

 抵抗する都原を謎の怪力で抑え込みながら篤国沙耶は、

「よくある☆ よくある〜〜☆」


「いつの間にか都原くんモテるようになった様だね〜〜ラブコメみたいな状況って本当あるんだ〜〜」

「バラカイ‼︎ お前はオレと同じ女っ気の無い人生を共に歩むものだと信じてたのに‼︎ 死ねリア充‼︎」

「君たちアレがリアルエロゲシチュだ‼︎ よく覚えておきなさい‼︎」

 シェリーのお姫様抱っこから解放されたケビンと、リッジスとハリスが羨ましい状況(?)の都原にそれぞれ自由に言っているが、今はそれより気になることがある。

「ハリス先生さっきの鉄球に何して止めたの?」

「ああ、これの事?」

 そう言いながらハリスは指で摘んだ鉄球を二人に見せる。

「どうやって縮んだのコレ?」

 不思議そうにリッジスがビー玉サイズに小さくなった鉄球を眺める。

 黒々と金属の光沢を放つ球。

「持ってみる?」

 ハリスに促されるまま手を出すリッジスだが、

「まあ、大きさが変わっただけで重さは変わってないから、持った途端腕が潰れるけどね」

「ヒッ‼︎」

 反射的に後ろに跳んで手も引っ込めるリッジス。

「重さは変わっていないのに先生は軽々持っていますが?」

「それがこの男の能力だからですわ、ケビンちゃん」

 シェリーの会話への参加に肩を萎縮させて若干の恐怖心を抱きながらもケビンは聞く。

「もしかして、先生も?」

 ケビンに頷きで返すハリス。

「ああ、この男も地球共鳴の能力者だ」

 シェリーの斜め後ろに立ちサイモンが続ける。

「魔術士の異名の理由の一つらしい」

「やっぱりそうなんですね。あの、その異名ってなんだか地球共鳴の能力者の中でも特別な存在に聞こえるんですが・・・・?」

「そんな面白くもない話する必要ないでしょ〜〜?」

 頭の後ろで手を組みハリスが話を遮る。

「それより今は・・・・これでしょ?」

 そう気楽そうな口調で言いながら、沙耶とドルチェに後ろからは口を塞がれ、前からはボディブローを喰らって問い詰められている都原の傍の壁をハリスは指差した。

「ガボグボブボボッ・・・・」


「鍵穴・・・・は、無いよな? 取っ手、も無い。キーボードも無い。どうやったら開くんだこれ?」

 辿り着いたは良いが、中に入れないのでは意味がない。ただ首を傾げる都原。

「君たち、王都の遣いも開け方は知らないのかい?」

「はい、鍵は渡されましたがこんなカードスロットも無い扉だとは思わなくて・・・・」

「ふ〜ん、王都も相変わらず不親切だね。鍵を見せてくれるかな?」

「わかりそうなのか? 沙耶お嬢様、ここの鍵はお嬢様が預かっていますよね?」

 沙耶は少し口元に躊躇いを見せるが、ベルトに着けたポシェットから一枚のカードを取り出しハリスに渡す。

 ハリスはその表と裏を一瞥すると、

「本当にこれ?」

「「どういう意味です?」」

 沙耶とその護衛が聞き返す。

「いや、多分これだけじゃ開かないからさ」

「ハリス冗談はやめていただけます?」

 シェリーが怪訝な目をハリスに向ける。

「そんなに露骨に睨むと昔したセクハラより数十段上のことするよ?」

「なっ・・・・」

 こんなこと言えば殴りそうなのだが、シェリーは歯を食いしばり黙る。

「・・・・あれ絶対トラウマ級なことされた顔だぞ」

「それの数十段上する気なのあの変態?」

「聞こえてますから‼︎ うるさいですわっ‼︎」

 屈辱の表情のシェリーにリッジスの鼻の穴が広がる。

「こういうのは僕よりケビンくんの方が詳しいかな?」

 ハリスがカードキーをケビンに手渡す。

「これは世間一般によく使われるカードキーですね」

 ケビンはカードキーを眺めると、

「多分これかな?」

 カードキーの端に指を当て滑らす。

 するとカードキーはパシュッと音を立ててさらに細く二つに割れる。

 その中には黒くて薄いセロハンの円盤の様な物が納められていた。

 それをケビンはポケットから取り出した薄いゴム手袋を装着し手に取ると、小型端末のディスクスロットに入れ画面を見ながら、

「パスワード検索ツール起動・・・・チェック・・・・自動検出・・・・入れた・・・・二重ロックか・・・・手動検出・・・・暗号化」


 念仏の様に一人喋りながらカタカタとキーボードを叩く少年を沙耶とシェリー、サイモンは驚いたように見つめる。

「ケビンちゃんて何者なんです?」

「いわゆる、本当の天才というやつです」

 都原の説明になぜか三人は納得してしまった。

 それほどまでに集中の気を纏い、口の端から涎を垂らし端末に向かう少年。

 


「解錠と解除・・・・タイプ、ランプの精か・・・・音声入力式、合言葉は・・・・彼、セフィロトの奥に住まう者・・・・」

 ケビンが呟くと、縦に掘られた溝の周りが青く光り、轟音を響かせ横に開き始める。


「まるで私たちがケビンちゃんを連れてくるのを知っていたみたいだわ・・・・」




自分の読書量が少ないことを痛感する毎日です。

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